第27話 【画像】スカートから見えそうで見えないアレ 1/2

 ゴールデンウィークの最終日、那由なゆは再び日本を旅立った。


 俺に対しては、「けっ」とか「うざ」とか、いつもどおり辛辣な態度だけど。

 結花ゆうかに対しては、なんだか知らないけど握手を求めていた。


「兄さんと仲良くしてよ……マジで」

「うん! 那由ちゃんもまた、遊びにおいでねっ!!」


 頭頂部が見えるくらい俯き加減だったから、表情は分からなかったけど。


 那由の声は、心なしかいつもより――穏やかだった気がする。



「那由ちゃん、無事に帰れたかなぁ」

「大丈夫だろ。あいつは飛行機が落ちたって、死ぬようなタイプじゃないから」

「それ、人間やめてるよね」


 俺の軽口に対して、結花が笑いながらツッコんでくる通学路。


 ゴールデンウィーク明けの登校初日は、例年だったら億劫だけど……今年は違う。

 結花がいるから、退屈しない。


 なんかいつの間にか、二人で登校するのも当たり前みたいになってきたな。


ゆうくん、遊くんっ!」


 過剰なまでにくっつこうとしてくる結花には、ちょっと困るけど。

 だってここ、いつクラスメートとバッティングするか分かんないし。



 ――ポニーテールに結った髪が、風に揺れる。



 眼鏡をしてるせいで、家よりは少しキリッとして見えるけど。


 俺に対して無邪気に笑うその口元は、やっぱりいつもの結花なんだよな。


          ◆


「やっほ、佐方さかた! 元気してたぁ?」


 自分の席につくと同時、二原にはらさんがバシッと肩を叩いてきた。


 そして茶色いロングヘアを揺らしながら、自分の机の上にひょいと腰掛ける。

 太ももまでしかないきわどいミニスカートが、さらにきわどい角度に。


「どこ見てんのさー」


 二原さんが笑いながら、とんでもないことを言ってくる。



「ど、どこも見てないけど?」


「うっそだぁ。今、うちのパンツ見ようとしたっしょ?」


「してないです。やめてください」


「佐方だって、男の子だし? こんなスカート穿いてたら、そりゃ気になるよねー」


「やめてください。違うんです。本当なんです。信じてください」



 二原さんは冗談のつもりかもだけど、俺は本当に生きた心地がしない。


 下手したら、社会的に死ぬし。


 痴漢冤罪でしょっ引かれるおじさんたちの気持ちが、今ならよく分かるよ……。



「――――二原さん。ちょっと、いい?」



 そんな空気を一瞬で凍りつかせるような、究極に冷たい声とともに。


綿苗わたなえ結花』がすっと、俺と二原さんの間に割り込んできた。


 二原さんがへらっと笑って、結花に手を振る。


「やっほ、綿苗さんっ。あ、また今度さぁ。こないだみたいに、カラオケ行こ――」

「二原さん……その格好、はしたない」



 眉ひとつ動かすことなく、結花が容赦なく会話をぶった切った。



「キャ……キャットファイトだ……っ!」

 現場を見ていたマサが、わけの分からないことを口走る。


 それが伝播したのか、周囲もざわざわしはじめる。

 だけど、そんな空気を気に留めるような、結花じゃない。



「二原さん。佐方くんが、舐めるように見てる。風紀が乱れる。やめて」


「み、見てな――」


「佐方くん」



 底冷えするような、結花の声。


 ただ俺の苗字を呼んだだけなのに、まるで死刑宣告のような重々しさを感じて……俺は黙ってしまう。


 その異様な空気を察したのか、二原さんはすたっと机から降りた。



「まー、佐方はむっつりだからねぇ。こんな美少女が? あられもない格好してたら? 目に焼き付けちゃうかぁ」


「してないです。やめてください。してないんです。違うんです」


「見たか、見てないか――それは立証できない」



 軽いノリの二原さんとは対照的に、結花は冷たい態度を崩さない。


 そして、家でも学校でも見たことない、氷の表情でもって。




「いずれにせよ、女子の肢体で性的興奮を覚えることは……汚らわしいと思う」


          ◆


「ふーんだ! 遊くんのばーか、ばーか!! 二原さんの生脚で、えっちな気分になっちゃって――けがらわしいっ! 最低っ!!」



 結花のIQが、50くらい下がった。


 早足で帰っちゃったから、怒ってるのかと思ったけど。

 無造作にカバンを放り投げて、リビングで頬をぷっくりと膨らませている様子を見ると、ちょっと違うみたい。



「あ、あのね。結花……」


「見たんでしょ! えっち!!」


「見たか、見てないか。それは、立証できないのでは?」


「あーあー! 言い訳は聞こえませんー!! うわっ、何も聞こえないぞ!? これは言い訳ばっかしてるからだねっ!!」


「耳を塞いでるからでしょ!?」



 俺が何を言おうと、結花はぶーっと拗ねたまま。

 目をギュッと瞑って耳を塞いで、下唇を突き出している。


 なんともいえない、間抜けな表情。

 堪らなくなって、俺は――吹き出してしまった。



「なんで笑ってんのー。私はこんなに、ごりっぷくなのにー」


「はいはい。ご立腹なのね」


「機嫌が直らないなー。あーあ、かわいそうな結花ちゃん」


「ったく。そんなに拗ねる?」


「うわぁ! 開き直り魔神だー!!」



 大騒ぎする結花に向かって、俺はぺこりと頭を下げる。



「はい、結花。ごめんね」


「聞こえないー」


「ごめんって」


「ほんとに聞こえないー」


「耳を塞いでるからでしょ……ってか聞こえてるでしょ!?」



 埒があかないので、俺は結花の腕を握って、耳元から手を離させる。


 結果として、俺が結花の両手を掴んだ体勢になるわけだけど。


「……顔、近いー」


 鼻先が触れそうな距離で、結花がキュッとアゴを引いて、唇を尖らせる。

 俺も慌てて、結花から目を逸らした。



 そうして、なんとも言えない微妙な空気のまま――無言の時間が過ぎていく。

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