第25話 【感動】無愛想な妹と、俺の許嫁が仲良くなったんだ 1/2

 長いようで短かったゴールデンウィークも、明日で終わり。

 太陽はすっかり西の空に沈んで、庭先はすっかり真っ暗になってる。


 そんな景色を、バルコニーでぼんやり眺めながら。

 俺は大きく伸びをした。


結花ゆうか、遅いなぁ」


 今日はアリステの収録があるらしく、結花は夕方近くに出掛けていった。

 そろそろ二十時を回るけど、大丈夫かな。迎えに行った方がいいかな。


「心配?」


 なんとなくそわそわしてた俺の後ろから、冷静な声が聞こえてくる。


 振り返ると、そこにはバスタオルを肩に掛けた那由なゆの姿があった。

 きちんと拭ききれてない髪の毛が、いつもよりぺちゃっとなってる。


「自分は家にいるのに、嫁がこんな時間まで働いてるのって、どんな気分?」

「その言い方、語弊があるだろ」

「けっ」


 湿ったショートヘアをくしゃっと掻き上げて。

 白地のTシャツにショートパンツというラフな格好の那由は、ぽつりと呟いた。


「明日、あたし帰るから」

「そっか。身体、気を付けろよ」

「ん。ありがと」


 空の遠くの方で、飛行機の飛ぶ音が聞こえた。

 星の少ない都会の夜空だけど、こうして見るとそれなりに綺麗だ。


「結花ちゃんさ」

「うん」

「結局どうよ。一緒に暮らしてみて」

「んー……思ったほど悪くはない、かな。割と楽しく過ごせてる」


 夜の空気のせいか、あるいは妹ゆえの気安さのためか。

 普段は言えない気持ちが――今日はなんだか、はっきり口にできた。



「あたしさ。兄さんが不登校になった中三の頃のこと、よく覚えてんだ」

「忘れていいけどな。黒歴史だし」


「兄さんがコクった相手が、クソ女で。フッた上に、クラス中に言いふらしやがった」

「落ち着けって、那由。あれは、突っ走りすぎた俺にも原因があるんだから」


「そうは言うけど。兄さん、みんなにからかわれて、いじられて……完全に部屋に引きこもって。一週間くらい、出てこなかったし」

「まぁ……あの頃は、さすがにメンタル死んでたからな」


「今もじゃん」



 吐き捨てるように、那由が言った。


 俺はふと、隣に立った妹の横顔を見る。

 その表情からは、なんとも言えない――寂しさを感じた。


「確かに兄さんは、学校に行くようになった。表面上はうまくやるようになった。けど、マジで上辺だけ……昔はもっと、心から笑ってたし」

「そんなに変わんないよ」

「嘘吐き。妹なんだから、それくらい分かるし」



 中三の冬、確かに俺は、どん底まで落ちてた。


 そして、そんな俺を『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』が――ゆうなちゃんが、救い出してくれた。


 ゆうなちゃんが、いつも無邪気に笑ってくれたから。

 ゆうなちゃんが、いつも明るく話し掛けてくれたから。


 俺は立ち直れた。



 もう誰かに恋なんかしない。この画面の向こうの彼女だけを、一生愛していく。


 そう決めたからこそ――今の俺があるんだ。



「兄さん。あたしが小さい頃、ちょっとだけ不登校になったの、覚えてる?」

「ん? 小学校の三・四年生くらいだっけか? あったあった」


「あの頃のあたし、今と違って……もっと女子っぽかったっしょ。可愛いもの好きで」

「女子っぽいってか、ぶりっ子キャラじゃなかったっけ?」


「うっせ。マジうざい」


 ぶりっ子に近いくらい、ザ・女子って感じだった那由。

 だけど学年が上がるにつれて、からかいの対象になることも増えていって。



「あんとき、あたし――決心したわけ。あんな連中に負けた感じになるの、マジで嫌だったし。だから、自分を変えて……で、今のあたしになったし」


「確かに。あの頃からお前、喋り方とか見た目とか、今みたいになったもんな」


「でしょ」


「そうやって、自分を変えて――那由は、満足したのか?」



 俺の問い掛けに、那由はちょっとだけ考えてから。


「今となっては、ね。楽しいよ、マジで」

「だから俺にも、そうしてほしいって?」

「違うし……そこまで言ったら、傲慢だし」


 那由はふっと、遠い目をする。

 そして俺に横顔を向けたまま、ぽつりと呟いた。



「あたしは、ただ。兄さんが、昔みたいに笑ってくれれば、それでいい。腐っても兄妹だし。兄さんが辛そうなのは、あんま見たくないっていうか。だから――結花ちゃんと結婚するんなら、せめてさ……」



 くるっと那由が、こちらに向きなおった。

 そして、少しだけ寂しげに笑って。



「兄さんを笑顔にできる、お嫁さんになってほしい。これだけは、マジ」

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