第21話 妹「お兄ちゃん、童貞卒業した?」←どう反論すればいい? 1/2

 ゴールデンウィーク初日。俺は一人で、パソコンをつけてボーッとしていた。


 結花ゆうかは「ネットラジオの収録があるから!」って、朝から出掛けてる。



 去年リリースされた『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』に大抜擢された、新人声優・和泉いずみゆうな。


 今のところ、まだゆうなちゃん役以外だと、モブキャラくらいしかやってないけど。

 俺には分かる……彼女にはすごい才能があるって。


 だって、和泉ゆうなは――ゆうなちゃんという天使に命を吹き込んだ、唯一無二の声優だから。


『お化け屋敷? ぜ、全然、怖くないけどね? え、怖がってるでしょって? ……ち、違うって。これは、えっと……武者震いってやつだからっ!!』

「ふぅ……」


 俺はソファに横になって、そのボイスをエンドレスリピートする。

 ゴールデンウィークキャンペーンのガチャで引き当てた、ゆうなちゃん。


 相変わらず、ノーマルランクのカードだけど。

 俺にとっては、SSSSSSRくらいの価値がある。


 目を瞑れば、ゆうなちゃんの顔が、ほらそこに……。



 ――――ゆうくーん!



 ハッと目を開けて、俺はソファから飛び起きた。


 ドキドキする心臓に手を当てて、呼吸を落ち着ける。


「今……結花の顔が、出てきた……?」


 ゆうなちゃんの声は、結花の声。

 だから、結花の顔が出てきたって、決して間違いじゃない。


 結花とは同棲してるから、顔を合わせる機会だって多いし、変なことじゃない。

 だけど――まさか俺が、ゆうなちゃんより先に、三次元女子を思い浮かべるなんて。


「……いや、結花とゆうなちゃんは、違う。違うから」


 自分に向かって言い聞かせる。


 だって、そうでもしないと。

 俺の中で少しずつ、結花とゆうなちゃんが重なってきてる気がするから……。



 ――――ピリリリリリリッ♪



「うわっ!?」

 そんな絶妙なタイミングで、スマホから着信音が流れはじめた。


 俺は慌ててスマホを手に取り、電話に出る。


「もしもし」

『遅い。兄さん、ワンコールで出ろし』


 不機嫌そうにぼやくのは――我が妹・佐方さかた那由なゆ

 なんて傍若無人ぶり。久しぶりだってのに、まったく変わっちゃいない。


「急に電話がきて、それは無茶だろ」

『言い訳……はぁ』

「いや、言い訳とかじゃなくてな? 人間の反応速度として――」

『いや、そういうのいいし。それより兄さん、今からうちに行くから』

「は? お前、日本に戻って来てるの? いつ頃こっちに――」



 ――――ピンポーン♪



『今、着いたけど』

「急だな! もっと早く電話しろよ!!」

「文句が多いし」


 最後の発言が聞こえてきたのは、電話口ではなくて背後から。

 俺は、おそるおそる振り返る。


 ふわっとした黒髪のショートヘア。鋭い目つき。

 Tシャツの上にジージャンを羽織り、ショートパンツを穿いただけの、ラフな格好。

 胸の起伏もないもんだから、相変わらず『美少年』って感じに見えてしまう。


 スマホを片手に持った那由は、なんとも言えない仏頂面で、室内を見回す。


「部屋は綺麗に片付いてんね」


 さらっとそう言うと、那由はドカッとソファに腰掛けた。

 そしてそのまま、スマホをいじりはじめる。


「兄さん、カプチーノ」

「ねーよ、そんな洒落たもん」

「じゃあペペロンの方で」

「ペペロン……? って、それスパゲティじゃね?」

「お腹空いたの、マジで」


 ここまで、視線をこちらに向けること一切なし。

 相変わらず唯我独尊な妹だな。まぁ、今にはじまったことじゃないけど。


 仕方ないので、俺は冷凍食品のパスタを温めはじめる。


「冷食?」

「俺に料理が作れると思うか?」

「うわ、開き直った」

「んで? 那由、突然どうしたんだ?」

「は? 帰省するのに、理由がいるの?」

「そうじゃないけどさ。急だから、なんかあるのかと思ったんだけど」

「……まぁね」


 スマホをいったん膝の上に置くと。

 那由はソファに肘をついて、ため息を漏らす。



「父さんが、兄さんの同棲生活を心配して、マジうっさいの。『結花さんに失礼なことしてたら、どうしよう』とか。『結花さんが別れたがってたら、どうしよう』とか。あたしは別に……心配してなかったけど」


「なんで心配のベクトルが、俺がやらかす方向だけなのか……」


「日頃の行いじゃね? まぁそんなんで、父さんから頼まれて、こうしてわざわざ来てあげたわけ」


「なるほどな……まぁ親父なら、それくらいのことは言いそうだけど」



 思わずため息が漏れてしまう。

 そんな俺に一瞥もくれず、那由が当たり前のように言った。


「まぁいいや――で? 夫婦の関係は、どこまで進んだ? 繁殖したわけ?」

「いきなり何を聞いてんだ、お前……」

「うっさい。したの?」

「してねーよ!」

「……あれ、マジで?」


 ずっとぶすっとしてた那由の表情が、初めて和らぐ。

 そして俺の方を、横目に見ながら。


「で、でもゴム製品によって防ぎながら、疑似繁殖行為を行うには至った?」

「遠回しすぎて分かりにくいわ! してないっつってんだろ!!」

「え……マジ?」


 那由がぽかんと口を開けて、こちらを見てる。

 やめろ、その童貞を見るような目は。本当にやめなさい。


「そっか。思ってたより進展なくて良……くないか。彼女いない歴=年齢の、限界を感じるね」

「童貞いじりはやめるんだ……っていうか、俺が現実世界で女子と一緒に暮らせてるんだぞ? それだけで十分だと思わな――」


「頭を撫でるくらいは、した?」

「は? ……いや、それくらいは、まぁ」


「けっ。じゃあ、キスは?」

「けっ、てなんだよ!?」

「いいから。イエスかノーで答えて」

「……ノー」


「ふむ。裸を見た?」

「ノー」


「ふむ。結花ちゃんが、裸を見せてきたことは?」

「どんな痴女だよ! ノーだよ、ノー!!」



 こいつは一体、俺たちをなんだと思ってんだ。

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