第20話 陰キャ「一般人の前で歌える曲ない……」 許嫁「……」 2/2

 二原にはらさんとの攻防を繰り広げる俺を尻目に、結花ゆうかが無言で立ち上がった。


 両手で握り締めたマイク。

 流れ出すメロディー。


 そして、結花がすぅっと、大きく息を吸い込んで。



 残酷な天使のように、その歌を歌いはじめた。



 相変わらずの無表情だけど――その声は、透き通るような美声。


「あ、これなんか歌番組で聴いたことある!」

「うわぁ、綿苗わたなえさん上手すぎっ!!」


 さすがは声優・和泉いずみゆうな。

 俺なんかと比べものにならないほど、歌唱力が高い。


 そしてその圧倒的な上手さが、これがアニソンかどうかなんて、どうでもいい空気に変えてしまってる。


「綾○がいる……おい、遊一ゆういち! 俺の前に綾○がいるぞ!!」


 いねーよ。なんで泣いてんだよ、マサは。

 まぁ確かに……学校での『綿苗さん』は、ちょっとだけ似てるかもだけどさ。




 そうして、結花の歌で大盛り上がりになったカラオケルームだけど。

 俺はなんか違和感を覚えて、考え込んでしまう。


 ――なんだろ?

 いつも聴いてる、ゆうなちゃんのキャラソンと声が違うような……。


          ◆


 こうして恐怖のカラオケ大会は、無事に解散の運びとなった。


「綿苗さん! また遊ぼうねぇ!! うち、綿苗さんが来てくれて、めっちゃ嬉しかったからさ!」

「気が向いたら」


 綿苗さん、驚きの塩対応。


「じゃあマサ、またな」

「おお……またな」


 どんよりとしたオーラを纏ったまま、マサがとぼとぼ帰っていく。


 みんなに伝わらない電波ソングを歌いまくって、女性陣から大バッシングを喰らったからな。空気読んで歌えって、マジで。



 全員と別れた俺は、いつもより遠回りして家に帰る。


 ……いや、大丈夫だとは思うんだけどね。

 万が一、俺と結花が同じ家に入るところを見つかったら、目も当てられないから。


 玄関の前できょろきょろ辺りを見渡してから、俺は家の中に入る。


「おかえりなさーい!!」

「わっ!?」


 瞬間、巨大なわんこ――と見紛うほど目をキラキラさせた結花が、飛び掛かってきた。

 ギューッと俺に抱きついたまま、結花が「ぶー」と声を漏らす。


「待ちくたびれたんですけどー」

「いや、三分くらいしか待ってないでしょ。絶対」

「三分のうちに、私がぐったり伸びちゃったら、どうすんのさー」

「カップラーメンより、伸びるの早いなぁって思う」


 結花がくすくすと、楽しそうに笑う。

 その表情は、さっきまでとは打って変わって――くつろぎに満ちている。


 結花の自然体を見て、俺もすっと肩の力が抜けるのを感じた。


「はぁ。一般人とのカラオケ、疲れた……」

「ねー! もっと歌いたい曲いっぱいあったのに、歌えないんだもん!!」

「知らない曲ばっかなのに、『知ってるよね?』とか聞かれるし」

「デュエットとかね! コミュ障を殺す気だよねっ!?」


 コミュニケーション苦手同士、人前では口に出せない愚痴を言い合う。

 そんな分かり合えてるやり取りが、なんだか心地良い。


「あー、そうだ。ゆうくん、一曲聴いてくれる?」

「はい? カラオケ終わったばっかなのに?」

「うん。それではどうぞ、ご静聴くださいー」


 結花がすぅっと、大きく息を吸い込んで――歌いはじめた。



 それはカラオケのときに歌ってた、超有名アニソン。



 だけど、なんか――さっきとは声の感じが違う。


「……ゆうなちゃんだ」

 俺がぽつりと呟くと、結花が嬉しそうに微笑んだ。


「あれ? でもさっきは、なんか今と違ったよね? あれ?」

「うん。さっきはわざと、歌い方を変えてたの!」

「なんで?」

「みんなの前で本気で歌って、身バレしちゃったら、遊くん嫌でしょ? 倉井くらいくんもアリステに詳しいって、遊くん言ってたし」


 ああ、確かに。

 納得したように頷く俺を上目遣いに見て、結花が頬を赤くする。


「……でも、それだけが理由じゃないんだけどね」

「他にもなんかあるの?」


 身バレ防止以外に、何があるんだろ?

 本気で分からない俺の様子を見て、結花は呆れたように笑うと。


 自分の唇に指を当てて――言った。




「私と遊くんだけの秘密の方が……なんか嬉しいんだもんっ」

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