第19話 陰キャ「一般人の前で歌える曲ない……」 許嫁「……」 1/2

「いえーい!! 乗ってるかーい!!」

 パーティー用のカラオケルームで、マサがマイクを片手に叫んだ。


 …………なんでお前、そんな盛り上がってんの?


 完全に異物感丸出しなのに、なぜか二原にはらさんたちと大盛り上がりしてるマサ。すげーな、お前。


 そんなカオスなカラオケ会場で、名前も知らないクラスメートたちが騒いでる。怖い。


 あ、なんかタンバリン叩きはじめた。怖い。

 マラカス振ってる。怖い。


「よーっし! じゃあ今度は、うちが歌うー!!」


 マサからマイクを奪い取ると、二原さんがおもむろに歌いはじめた。


 みんなが「うぇい!」とか「ふぅ!」とか、合いの手を入れる。

 そんな馴染めない空気の中、結花ゆうかは……。


「…………」

 俺の隣で、デンモクを片手に固まっていた。


「えっと……結花。大丈夫?」

「う、うん……」


 小声でそう答える結花だけど、全然大丈夫そうじゃない。

 いつも以上に表情がないし、頬とかピクピクしてるし。


「無理して来るから……」

「だ、だって……」


 デンモクに目を落とし、結花はぽそっとぼやく。


「……『あなたの隣は、絶対にゆうななんだからねっ!』じゃんよぉ……」


 う……それは先々月のツンデレキャンペーン『ゆうな(ノーマル)』のボイス。

 ゆうなちゃんのふくれっ面を想像して、不覚にもキュンとしてしまう。


佐方さかた、入れたぁ?」

 二原さんが唐突に、隣から話し掛けてきた。


「う、歌い終わったの二原さん?」

「えー? 聴いてなかったのぉ? うち、歌は結構イケてると思うんだけどなぁ」


 近い近い。

 なんで俺の膝に手を置いて、上目遣いにこっち見てんのこの人?


「――ごほん」

 そんな格好したら、襟元が緩くなるから。ほら。


「ごほん、ごほん」

 胸元のあたりがね……。


「ごほん! ごほんごほんごほんごほん!!」


 反対側にいる結花が、凄まじい勢いで咳き込んだ。

 俺は我に返って、ゆっくりと結花に視線を向ける。


 ――ちょんちょん、と。

 結花が自分の胸元を指差しながら、ジト目で睨んできた。



『やっぱり、胸なの?』

 ジェスチャーで焼きもちを表明してくる結花。



 だから違うってば! 見えちゃうものは仕方ないでしょ!?


「ねぇ佐方? なんか歌わないのぉ?」

「ちょっ!? に、二原さん!」


 急に身体をくっつけてきた二原さんを、俺は間髪入れず振りほどいた。


 危なかった……なんか、すごい良い匂いがした……。

 そして反対側から、なんか凄まじい殺気を感じる……。


「うちが代わりに入れたげよっか? これとか知ってるっしょ? うちとデュエットでもしよーよ」

「い、いや。聴いたことない……」

「えー!? 最近やってるドラマの主題歌じゃん! 佐方、TV持ってない系!?」

「何その系列……いや、持ってるけど。そういうのは、あんま観ないっていうか」


 深夜アニメなら観てるけど。


「じゃあ、歌とかあんまり知らない感じ?」

「正直……」


 アニソンなら歌えるけど。


「むー。それは由々しき事態だねぇ」

「だから俺は、みんなのを聴いてるだけ――」

「じゃあ、これなら知ってる?」


 やんわりと歌わず逃げようとした俺に、二原さんがデンモクを押し付けてくる。


 画面には――汎用性のある人型で決戦できる兵器が出てくる、ロボットアニメの主題歌。


「佐方、確かこれ好きじゃなかったっけ? 中学の頃、よく教室の後ろで、倉井くらいと物真似してたよね? ぐおーってやつ」


 はい。暴走した初号機ごっこ、やってましたね。

 誰か俺を殺してくれないかな。


「じゃあ佐方……歌ってくれるぅ?」


 イエスともノーとも言ってない笑顔で、俺は二原さんを見る。


 いや、確かに逃げちゃ駄目なんだろうけどさ。

 さすがに「この曲は知ってる! 最高!!」って反応しちゃうと……中学でオタク全開だった頃の自分みたいになりそうで、躊躇してしまう。


「だ、だからさ、二原さん。ちょっと俺、歌うのは――」



 ――――ガタッ。

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