第14話 【急募】許嫁と一緒に寝て欲情しない方法

 初対面から、趣味が結構合うって分かっていたのもあって。

 暇な時間があると、俺と結花ゆうかは一緒にアニメを観て過ごすことが多い。


「あ。見て見てー。このヒロイン、可愛くない?」

「そう? 俺はこっちの、先輩キャラの方が好きかな」

「えー!? 幼なじみの方がけなげで可愛いじゃんよ! 主人公と結ばれるなら、やっぱりこういう子だと思うよ!!」

「いや。青髪の幼なじみは、負けフラグだから」

「もー、そういうメタ発言しないのー!!」


 ソファで隣り合って、アニメを観ながら雑談を交わす。


 アニメに夢中になっているときの結花は、とにかくテンションが高い。

 感動のシーンでは涙ぐむし、燃えるシーンでは手足をバタバタさせて声を上げる。


 感情表現が豊かなんだよな。

 そういうところ、さすが声優って思う。


「うわぁ、いいところで終わっちゃったよー!! 気になるなー、もぉ」


 ふぅと息を吐く結花は、いつの間にかソファの上で体育座りをしてる。


 学校では眼鏡にポニーテールな結花だけど、家では全然印象が違う。


 風呂上がりでほどいた黒髪は、肩下まで伸びていて、毛先がふわっと膨らんでる。

 眼鏡だとつり目に見える瞳は、眼鏡を外すとむしろ垂れ目っぽくて。

 寝間着のワンピースから覗くほっそりとした脚は、艶やかで真っ白で。


「面白かったね、ゆうくん」


 結花が脚をもぞもぞさせながら、にっこり笑う。


 体育座りは思いのほか無防備で。

 スカートの奥がちらっと見えそうになったところで……慌てて視線を逸らした。



 ――――そのときだった。



 ピカッと、カーテンの隙間がまばゆく光ったのは。


 それから数拍遅れて、落雷の音が響き渡る。



 そして――我が家の照明が、一斉に消えた。


          ◆


「ごめんね……遊くん」

「いや、いいんだけどね」


 それからの数分間、それはもう大騒ぎだった。


 雷鳴と暗闇に半泣きになって、結花は俺にしがみついてきて。

 むぎゅむぎゅ身体を押し付けてくるもんだから、慌てて引き剥がそうとしたんだけど。

 もう恐怖でパニック状態の結花は、ぜんっぜん離れてくれなくて。


 最終的に――こうして。

 俺の部屋に結花の布団を運んできて、ちょっと距離を置いてセットしたわけだ。


「じゃあ、結花。そっちの布団で寝――」

「やだ!」


 結花はいそいそと自分の布団を、俺の布団とくっつけた。

 隙間なく並んだ、二つの布団。


「いやいや。これはまずいでしょ」

「だって……怖いもん」

「いやいや。そうかもだけどね。でもね、さすがにまずいでしょ?」


 雷が怖くて泣きそうな結花を見てると、その気持ちは分かるんだ。

 婚約してるんだし、一緒に寝るってのも――まぁおかしくないんだろうけど。


 それは危険だと、俺の直感が知らせてくる。



 結花と一緒に暮らすようになったとはいえ、俺は未だに三次元女子と恋愛することに、抵抗がある。



 だって中の人とはいえ、ゆうなちゃんと結花は……違う人だから。

 変な期待をして、傷つけたり、傷つけられたりするのは、やっぱり怖い。


 ――だけど。


 隣で無防備に寝てるとなったら、話は別だ。

 怖いとか怖くないとか関係ない。刺激のレベルが違いすぎる。


「遊くん……本当にお願い」


 そんな俺の苦悩に、気付いた様子もなく。

 結花が目元に涙を滲ませて、ギュッと服の裾を掴んできた。


「怖いから、隣で寝て……?」


 ピカッと窓の外が光って、雷鳴が轟いた。

 結花は「ひゃっ!?」と小さく声を上げて、布団に頭まで潜り込む。


 そして――ひょこっと顔を出して、窺うように俺を見てきた。


「分かったよ……一緒に寝るから」

「……ありがと」


 俺は布団に入ると、さっと結花と反対方向を向いて、目を瞑った。


 結花の顔を直視したりはしない。

 だって、暗闇に包まれた部屋で、布団を並べて寝てることを意識したら……さすがに冷静じゃいられないだろうから。


「…………」


 ごそごそと、隣の布団が擦れる音が聞こえる。

 静寂に包まれた室内。


 ……結花、寝たかな?

 俺はおもむろに寝返りを打ち、結花の方に視線を向ける。


「あ」

「あ」


 布団から顔だけ出していた結花と、ばっちり目があった。

 視線が交わった瞬間、結花はしゅしゅっと、布団の中に潜り込む。



「……ちらっ」

 小声で呟いて、結花が再びにゅっと顔を出す。すると当然、俺と目が合う。


「きゃっ」

 結花がしゅしゅっと、布団の中に潜り込む。


「……ちらっ」

 再びにゅっと顔を出す。俺と目が合う。


「きゃっ」

 しゅしゅっ。


「……ちらっ」

 にゅっ。


「きゃっ」


 ――――いやいやいやいや。やめようか、それ?

 そんなんされたら、俺のドキドキが止まらなくなるから。マジで。



「――――ねぇ、遊くん?」



 鼻より上だけを出した結花が、上目遣いにこちらを見てくる。

 その潤んだ瞳がやけに色っぽくて……俺は慌てて目を瞑った。


「あー。寝たふりしたでしょー」


 結花が不満げに言うけれど、断固として目は開けない。

 確固たる決意のもと、俺は眠ろうと意識を集中させる。


「もー……遊くんの、ばか」


 結花が深く深く、ため息を吐いたのが聞こえる。

 そして……ぽつりと呟きを漏らした。



「私の方は……覚悟、してたんだけどな」



 その言葉をトリガーに、俺は反射的に上体を起こした。


 隣にいるのは、口元まで布団で隠した結花。

 その瞳は相変わらず潤んでいて、頬は薄紅色に染まっている。



「覚悟……って?」

「女の子に、そういうの聞かないの……ばか」



 結花の肩は、ちょっとだけ震えてる。

 そんな、儚げな結花を目にして。


 ――――俺の中の何かが、一気に弾けるのを感じた。




 外から聞こえていた雨の音は、いつの間にか聞こえなくなってる。

 雷も、完全におさまってる。


 だから俺たちが、一緒の部屋で寝てる理由は……もう、ない。


 でも、だけど。

 いや――だからこそ、か。


 俺はゆっくりと、布団から這い出ると。

 結花との距離を縮めた。




 こうして。

 俺たちの――長い夜が、はじまった。

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