第10話 【助けて】非モテなのに、浮気を疑われたんだが…… 1/2

 俺と結花ゆうかは、今日も一緒に家を出た。


 そして最初にきょろきょろと左右を見回して、ゆっくり歩きはじめる。


「今日もゆうくんと、一緒に登校ー♪」

「それ。毎朝の挨拶みたいに言ってるよね」

「だって、声に出して読みたい日本語だからねっ! 夫婦で登校」

「辞書に載らないよ、そんな変な日本語。あと、まだ夫婦じゃないし」


 そんな他愛ない会話をしながら、学校へと向かう俺たち。



 ひとけがない場所では、結花は家にいるときと同じテンションで、ニコニコしてる。


 格好はポニーテールに眼鏡という、学校仕様だけど。

 表情は完全に対俺専用の、スマイル搭載。


 だけど……学校に近づいたところで、どちらからともなく離れる。

 そして、少しだけ時間をずらして登校するんだ。



 ――これ、やるたびに背徳感だけが増していくんだよな。いいんだけどさ。


          ◆


 そして今日も、俺と結花は親しげな様子も見せず、それぞれの学校生活を送る。


 ――――ブルブルッ♪


『遊くん、こっち見てー』


 ……たまにこうやって、RINEトラップが仕掛けられるけど。

 俺は鋼の意思で、これをスルーする。


『こっち見てよー。もー』


 やめなさいってば。


 見たら絶対、結花の方が変な反応するんだから。

 しかも、フォローするのはこっちだし。


「なぁに、真剣な顔してんのさー」


 マサが席を外してるから油断していたら。

 誰かがぐいっと、肩に体重を掛けてきた。


「……二原にはらさん」

「やっほ、佐方さかた!」


 へらっと笑って、ぐいぐい顔を近づけてくるもんだから……俺は慌てて顔をそむける。


「近い、近いから」

「大丈夫じゃん? 別に佐方が動かなきゃ、なんも起きないってー。そりゃ佐方が動いたら、ちゅっ、てなっちゃうかもだけど?」

「それ、大丈夫って言わないから」

「ふはは、よいではないか、よいではないかー」


 これ、完全に俺が困るのを見て、面白がってるよな。

 はぁ……こういうところが苦手なんだよな、この子は。



 二原桃乃ももの

 クラスの女子で、俺に親しげに話し掛けてくる数少ない……というか、唯一の人間だ。


 茶色く染めたロングヘアから、おでこが出てるのがチャームポイント。

 メイクをしてるせいか、目元は物凄いぱっちり。

 胸のボタンを少し多めに外して着崩したブレザーは、内側からだいぶ窮屈そうに押し上げられてる。


 そんな感じの、なんていうかいわゆる――ギャル風の格好の女子だ。



 ギャルって人種は、なんかやたらと距離感が近い。

 その割に、こっちがなんか変なことをすれば、一気に責め立ててくる。


 そんな危険なタイプの女子なんだ……ただのイメージだけど。


 だから俺は、二原さんに対して最大限の警戒レベルで接してるんだけど……なぜか向こうは、やたらと俺に話し掛けてくる。


「ってかさ。最近の佐方、なんか教室の中をきょろきょろ見てること多くない? 前は窓の外ばっか見てたのにぃ」

「なんで俺の視線を……いや、なんでもない」

「なぁにぃ? 気になる子でもできたん? お姉さんに話してみ?」

「お姉さんて。同じ学年でしょ」

「んー、精神的お姉さん? ほら、佐方。うちの胸に、飛び込んでおいで!!」


 そう言って両手を広げるもんだから、ただでさえ大きな胸が目立つこと、目立つこと。


 まぁ俺は紳士だからね?


 ちょっとだけ見たら、すぐに目を逸らしたけど。

 ちょっとしか見てない俺を、誰か褒めてほしい。


「もー。ノリが悪いんだよなぁ、佐方は」

「えっ!? ちょ、ちょっと!!」


 右腕をぷにょんと、二つの塊が圧迫してきた。

 うわっ柔らか……ここが天国か……。



 って、まずいまずい!



 慌てて振り払おうとするけど、二原さんはギューッとしがみついて離れない。

 ぷにょぷにょって、俺が動くたびに柔らかい感触が伝わってきて、俺の脳がどんどん破壊されていくのを感じる。


 そんな俺の慌て様が面白いのか、二原さんはにんまり笑った。


「はい、うちの勝ちー。おとなしく、うちのハグを堪能したまえよ」

「あのさぁ……前から思ってたけど。なんで二原さん、こんなに俺に絡んでくるの?」


 俺の腕にくっついたまま、「んー」と二原さんは思案する。


 そして、ニカッと笑って。


「もっかい、昔みたいに明るい佐方が、見たいから?」

「うわぁ……」


 俺はそのコメントに、心の底からげんなりする。


 俺と同じ中学出身なのは、この高校では二人だけ。


 一人はマサこと倉井雅春。

 そしてもう一人は――二原桃乃。


 高校で知り合った連中は、俺のことを空気みたいだと認識してるはずだけど。

 二原さんは……それ以前の俺を知っている。


 陽キャぶって、クラスでパリピもどきの振る舞いをしてたことも。

 勘違いしてコクってフラれて引きこもって――物静かな闇の住人と化したことも。


「昔みたいにさぁ、もっといっぱい喋りゃいいじゃん? なーんでこんな、一匹狼気取ってるん? なんなの、中二病ってやつ?」


 何が面白いんだか、けたけたと腹を抱えて笑う二原さん。

 その隙にバッと二原さんを振り払い、俺は席を立った。


「はぁ……陽キャなギャルはすぐ、こうやってボディタッチするんだから。勘違いする人もいるから、やめときなって」

「えー? 別にうち、陽キャでもギャルでも、ないんだけどなぁ」

「じゃあ、なんなの?」

「陰キャな町娘?」


 どこがだよ。

 っていうか、なんだよ町娘って。ギャルの対義語でもないし。


「ってかさ。うちだって、別に誰にでもベタベタしないしー? うち、そんなに軽い女じゃないよー」


 わざとらしくそんなことを言って、二原さんは胸元を腕で覆って、頬を膨らませる。

 そして、俺の耳元に唇を寄せて。


「――佐方にだけ、なんだけど?」

「はぁ!? それって、どういう……」

「……ぷっ。あはははっ! 佐方、めっちゃ動揺してるー!!」


 再び腹を抱えて笑い出す二原さん。


 ――ああ。

 やっぱギャルは苦手だ。なんか古傷が痛んできた……。

 早くスマホを起動して、ゆうなちゃんを摂取したいなぁ。


 とかなんとか、考えてると。



 ――――遠くの席から、ぞくっとするような冷たい視線を感じた。



 そこには、一人の『修羅』がいた。


 いつもの、コミュ障ゆえのお堅い綿苗わたなえ結花ではない。

 ……結構マジで機嫌悪そうな結花が、そこにいた。


 俺はおそるおそる、スマホを手に取って、RINEを起動する。




『あれ? 遊くん、二原さんと仲いいの?』


『あのー……ちょっと距離が、近すぎる気がするんだけど……離れない、かな?』


『胸を見ましたね?』


『胸が当たりましたね?』


『結局、胸ですか』


『胸と結婚すればいいのに』


『ばーか』




 段々とテンションが冷えていく様がリアルで、さすがに背筋が凍る。


 どうしよう……陽キャなギャルのせいで、さっそく夫婦の危機なんだけど。

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