第9話 友達「俺の嫁!」←なれなれしくない?

『ゆうな……まだ帰りたくない。だって、今日がとっても楽しかったから。だから一生、帰らないっ! そしたら――ずーっと楽しいままでしょ?』



「ふぉぉぉぉぉぉ!! 神イベントじゃねーかぁぁぁぁぁ!!」


 隣のマサが奇声を上げて騒ぎ出したもんだから、爆上がりしかけたテンションが、すっと沈静化した。


 そんな俺には目も暮れず、マサはスマホを片手に謎のステップを踏みはじめる。

 それはさながら、どこかの民族が豊穣を祝う踊りのよう。


「おい、遊一ゆういち! なんでお前、そんなに冷めてんだぁ!? お前の推しの、ゆうな姫のイベントだろぉぉぉ!?」

「お前が盛り上がりすぎて引いてんだよ」


 マサの自室に集まって、各自アリステのガチャを回す――それが今日の目的だ。

 そして、俺がゆうなちゃんのSSRを当てたところで、スペシャルエピソード解放。


 その全容は、こうだ。



 見栄っ張りなゆうなちゃんを連れて、絶叫系マシーンの多い遊園地でデートする。


 日本一の速度を誇るジェットコースターにビビりながらも、「べ、別にゆうなは平気だもんっ!」なんて強がって。


 ――結果的には、大絶叫。


 ジェットコースターを降りたら涙目のまま、ぽかぽか叩いてくるゆうなちゃん。


 そうして、日が落ちるまでデートを漫喫した俺たちは、ゆっくりと出口の方に歩き出したんだけど。

 ギュッとこちらの裾を掴んで、ゆうなちゃんが上目遣いで言うんだ。



「ゆうな……まだ帰りたくない。だって、今日がとっても楽しかったから。だから一生、帰らないっ! そしたら――ずーっと楽しいままでしょ?」



 控えめに言って、神だった。


 一生を遊園地で終えても、かまわないと思った。


 やっぱり、ゆうなちゃんは――俺に元気と笑顔を与えてくれる。



「やっぱ、ゆうな姫は俺の嫁だな!」


 興奮したマサが、そんなことを言うもんだから。

 俺はイラッとして、マサのことを睨んだ。


「マサ……お前の推しは、らんむちゃんだろ?」

「ふぁぁぁらんむしゃまぁぁぁ」

「幼児退行すんな」

「らんむちゃんはなぁ……俺のママなんだよ! そして、ゆうな姫は俺の嫁」

「自分のこと、どれくらい気持ち悪いと思ってんだ、お前……」

「うっせぇな! 俺はアリステのために生きてんだ!! 他人がどう思おうが関係ねぇ!」


 ある意味すごい覚悟だな。

 一周回って感心……しないな、やっぱ。



「とにかく。ゆうなちゃんは駄目だ。ゆうなちゃんは……俺の嫁だから」



『――アリステファンのみなさーん、こんにちは! ゆうなを演じてます、和泉いずみゆうなですっ!!』



 そのときだった。


 俺のスマホの画面に、アリステのPR動画が流れはじめたのは。


 学校みたいに黒髪ポニーテールじゃなく……ふわっとした茶色いロングヘア。

 多分だけど、キャラ作りと身バレを防ぐために、ウィッグをかぶってるんだろう。


 服装はピンクのチュニックに、チェックのミニスカート、黒のニーハイソックス。

 ファンサービスなんだろう……ゆうなちゃんが着ているのと、まったく同じ衣装。



 そこにいるのは、綿苗わたなえ結花ゆうかじゃなくって。


 紛れもない――和泉ゆうなだった。



『アリステ、楽しんでますかー?』

「うええええええええいッッッ!!」


 耳元で奇声を上げたマサを、取りあえずしばく。


 そしてじっと、画面の中で動く彼女に目を凝らした。


『ゆうなは天真爛漫で、いたずらっ子なところがあって、だけど天然だからうまくできなくって……そんな感じの、無邪気な子です!』


 和泉ゆうなが、笑顔を絶やすことなく喋り続ける。



『これからもアリステ、よろしくね! じゃないと、ゆうな……許さないんだからっ』



 PR動画が消えて、いつものソシャゲの画面に戻った。


 だけど俺は、なんだか放心してしまって、スマホを持ったまま動けずにいる。


「和泉ゆうなちゃん……推せるな」

 ぼそっと、マサが呟いた。


「この子は、アリステでデビューしたばっかりなんだぜ? しかも、俺たちと同じ高校生。きっと声優に夢を見て、こんな小さな身体で頑張ってんだろうな……なのに、ニコニコ笑顔を忘れなくって。可愛すぎない?」


「……そうか?」

 俺は視線を泳がせつつ、言葉を濁す。


「そりゃ、声優としては頑張ってるんだろうけどさ。なんかこういう子、二面性ありそうじゃない?」

「いいじゃねぇか。俺はそういうギャップも大好物だぜ!」

「マサは守備範囲広すぎなんだよな……いや、和泉ゆうなはやめた方がいい。絶対に」

「なんでお前、そんなに批判すんだよ? 可哀想だろ、俺の嫁が!」



「誰がお前の嫁だ! 俺の嫁だよ!!」



 言ってから、俺は慌てて口を塞ぐ。

 やば……マサのテンションに引きずられて、俺たちの関係を、つい……。


「お、お前……まさか……」

 マサが未だかつてなく真剣な目つきで、俺を見る。


 冷や汗が滲んできた。

 心臓がバクバクと鳴る。


 ま、まずい……バレた!?



「和泉ゆうなちゃん、推してんのか……っ!?」



 ……って。そんなわけないか。


 冷静に考えて、若手声優のガチ嫁がその辺の高校生なんて、思うはずないよな。


          ◆


「――――ってのが、今日の出来事」


 結花と夕飯をつつきながら、俺は今日の一部始終を話した。


 本当に何気ない、ただの雑談。

 だけど、結花は――。


「……ふへっ。『俺の嫁だよ!!』だってぇ……ふへぇ」


 顔面を笑顔で崩壊させて、ふへふへ言ってる。

 あまりに嬉しそうな反応をするもんだから、俺は念のため訂正する。


「いや、この場合の『嫁』は、二次元とかに使うやつだからね?」

「ふへー」

「だから別に、そこまでの他意はないからね!?」

「ふへー」

「聞いてないよね、絶対!?」



 ……まぁ、確かに。


 マサなんかに『嫁』を連呼されるのが、嫌だったってのもあるんだけど。



 これ以上は、言わないでおこう。

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