第7話 【悲報】俺たちの婚約、もうバレそう 2/2

 学校に近づいたところで、俺たちは距離を取った。

 そして時間をずらして、教室に入る。


 ちらっと横目に確認すると、結花ゆうかちゃんは既に席についていた。


「おっす、遊一ゆういち


 着席と同時、後ろから声を掛けてくる友人・倉井くらい雅春まさはる

 相変わらずツンツンしてる髪が、俺の肩に当たってきて、ちょっとウザい。


「どこ見てんだよ、ボーッとして」

「え!? い、いや……」


 マサの黒縁眼鏡の奥が、きらりと光る。


「分かったぞ、お前――ゆうな姫が見えるようになったんだな!?」

「…………ん?」


 いや。確かにゆうなちゃんの『中の人』は見えるようになったけど。

 多分、こいつが言いたいのはそういうことじゃない。


「ゆうな姫を愛するあまり、お前はこの教室にゆうな姫を幻視している――そう! お前の網膜には、既にゆうな姫が焼き付いているから!!」

「お前、自分で言ってて恥ずかしくないの?」


「分かる、分かるぞ遊一! お前も『こっち側』に来たんだよな? 俺は既にっ! らんむ様の姿が見えているっ!! むしろ、教室のあらゆる人間が、すべてらんむ様に見えているレベルだ!」

「それは病院行けよ、今すぐ」


 マサと他愛ない会話をしつつ、俺はふっと結花ちゃんの方に視線を向ける。


 あの子、学校だとどんな感じで過ごしてるんだろ?

 これまで接点がなかったから、分かんないけど。


 極力黙るようにしてるとは言ってたけど、まぁ最低限のコミュニケーションくらいは取ってるだろ多分――。



綿苗わたなえさーん、ちょっといい?」

「…………なんですか?」


「昨日の宿題さぁ、難しくなかった? あたし、何書いてあるんだか分かんなくてさぁ。もうさっぱりだよぉ。綿苗さん、あれ分かったぁ?」

「はい」


「へぇ、すごーい! 綿苗さん、頭いいよねぇ。じゃあさ、この問題教えてくれない?」

「いいえ」


「えー、なんでー?」

「教えるのは、苦手です」

「……あ、うん」



 ――硬っ!?


 なんだ、今のスマホのAIみたいな受け答え。


 抑揚もないから、ますます「OK、goo○le!」感がひどい。

 その上、表情の変化も皆無。


『眼鏡が拘束具』とか言ってたけど、拘束されすぎてもはや別人だよ。

 昨日、俺とアニメ談義で盛り上がってたときの笑顔はどこにいったのか。


 ってか、こんなんでよく、ゆうなちゃんを演じられてるな……。


「なあ、遊一……お前の目に映るゆうな姫は、どんな顔して笑ってんだ?」

「見えねーよ、馬鹿」


 深刻な顔で、何を言ってんだこいつは。

 とはいえ、変に勘繰られても面倒だし。


 いったん結花ちゃんから視線を外すと、俺は気持ちを切り替えて、マサとの雑談をはじめ――ようとしたところで。


 ブルブルっと――スマホが振動して、RINEの通知が来た。



ゆうくん、学校だとイメージ違うね。これはこれで、格好いいと思うよっ!』



「――ぶっ!?」

「ん? 遊一、どうした?」

「あ、いや……なんでもない」


 思わず吹き出してしまったけど、取りあえず気を取り直して。

 俺はゆっくりと顔を上げた。


 そこには――眼鏡の奥の鋭い瞳で、俺を無表情に見つめてる結花ちゃんの姿があった。


 普通に、睨んでるようにしか見えない。

 知らない人にやられたら、恐怖しか覚えないやつだ。


「……ん? 綿苗さん、なんかこっちの方見てね?」

「え? そ、そう?」


 おい、マサの奴に気付かれてるぞ!!

 俺は慌てて目をぱちぱちさせて、結花ちゃんにアイコンタクトを図る。


 ――――ブルブルッ♪



『なんで目をぱちぱちさせてるの? 大丈夫? 目薬いる?』



 違う、そうじゃない!!


「お、おい。遊一……なんか綿苗さんが、すっげぇ表情悪くなったぞ……なんだろ、億千万の胸騒ぎ……」


 俺は慌てて、スマホの画面から視線を上げた。

 そこには、陰のようなものを背負った結花ちゃんの姿が。


 多分だけど……俺の目を心配してる顔、なんだろうな。

 はたから見ると、人でも殺しそうな顔、してるけど。


 マサに気付かれないように、俺は端的な文だけ、RINEで送る。


『あんま見ない』


 ――――ブルブルッ♪


『え、あんまり見えないの!? 眼病じゃない!? 病院行かないと、心配だよ!』


 違う、そうじゃない!!



「佐方くん」



 そうやって、俺がやきもきしている間に。

 結花ちゃんはいつの間にか、俺のそばに移動してきてた。


 マサが好奇に満ちた瞳で、俺たちのことを見守っている。

 あー……これ、開始早々クラスにバレる展開だわ。終わり終わり。


 黒板に相合い傘書かれて、茶化されんのかな?

 授業中に発言したら、「ヒューッ!」とか不快な合いの手を入れられんのかな?


 そうして、絶望に心を支配された俺に向かって。

 結花ちゃんは、きっぱりした口調で――言った。



「……病院行けば?」



 ――――シンッ。


 周囲の空気が、一瞬のうちに凍りついた。

 結花ちゃんがくるっと俺に背を向けて、自分の席に戻る。


「お、おい遊一? お前、綿苗さんに何やったんだよ?」

「い、いや。何もしてないけど……」

「何もしてないのに、病院行けとか言われるかよ!? マジギレじゃん。頭おかしい奴認定じゃん! お前、三次元に嫌われる呪いにでもかかってんの?」

「余計なお世話だ」


 そうこうしているうちに――ブルブルッと。

 俺の手の中で、RINEの通知を知らせるように、スマホが振動した。



『心配だよ? 早く眼科に行った方がいいよ? 私も一緒に行こうか?』



 急いで『大丈夫、ありがと』とだけ送る。


「遊一、なんで呑気にスマホいじってんだよ? そういうとこだぞ!」

「どういうとこだよ……」


 ゆっくりとスマホをポケットにしまい、俺はため息を吐いた。


 綿苗結花――確かに、自己申告どおりだな。

 喋りすぎても、黙りすぎても、極端なコミュ障。


 本人的には「病院に行った方がいいよ?」って心配を伝えたかったんだろう。

 でも、周囲は完全に「頭の病院行け」って罵倒だと解釈してる。


 まぁ、俺たちが許嫁同士だってバレなかったから、結果オーライなんだけどさ。



 クラスメートにとっての綿苗結花は、『近づきがたい硬い人』だろう。


 だけど、俺だけは。


 こんな『外向けの綿苗結花』も。

 声優の『和泉いずみゆうな』も、演じている『ゆうな』も。

 そして――家で素を出してる『結花ちゃん』も。


 全部知ってる。

 俺だけが……知ってるんだよな。



 結花の方をちらっと一瞥する。


 硬い表情の結花が、一瞬だけ――ニコッと微笑んだ。

 きっと今の表情は、このクラスの誰も気付いてない。

 そう考えると、ちょっとだけ……嬉しいような。


「おい遊一! また綿苗さんが見てるぞ……お前、普段の行いを改めた方がいいんじゃね? マジで」



 うん、訂正。


 対応に困るから、ちょっとは自重してくれ――頼むから。

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