第6話 【悲報】俺たちの婚約、もうバレそう 1/2

「ん……」

 眠い目を擦りながら、自室を出て、階段をおりる。


 あれ? なんでキッチンの方から音がするんだろ……。

 ぼんやりする頭で、そんなことを考えていると。


「あ。おはよー、ゆうくん! 那由なゆちゃんのお部屋、貸してくれてありがとね」


 そこには、ブレザー姿の女子が立っていた。


 肩甲骨あたりまで伸びた、艶やかな黒髪。

 大きくてぱっちりとした、ちょっと垂れ目っぽい瞳。

 細身だけど、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだスタイル。


「あ……ああ。おはよう、結花ゆうかちゃん」


 その相手が、クラスメートの綿苗わたなえ結花だと認識するには、僅かに時間が掛かった。

 そんな様子をめざとく見つけた結花ちゃんは、唇を尖らせる。


「ちょっと今、反応遅くなかったー?」

「いや、学校の感じと違ったからさ。一瞬、分かんなかった」

「ああ。髪型と眼鏡でしょ? そうだよね、確かに雰囲気違うかも」


 えへんと胸を張ると、結花ちゃんはカチャッと眼鏡を装着した。

 そして長い髪の毛を左手で持って、右手で素早くシュシュを巻きつける。


 あ。学校にいるときの『綿苗さん』だ。


 ポニーテールに結ったのも大きいけど。

 眼鏡をしてないと垂れ目っぽかったのに、掛けるとなんだか、つり目っぽく見える。


「すご……一気に印象変わった」

「でしょ? 眼鏡は私の『拘束具』だから」


 そう言って結花ちゃんは、もう一回えっへんと胸を張った。

 そんな様子を見た俺は――。


「三次元女子、こわ……」

「こわっ!? なんで!?」

「そんな瞬時に雰囲気を変えれるとか、怖い以外の感想ないでしょ……ルパンじゃないんだから」

「化粧とかしてる子の方が、もっと変わるじゃんよー」

「ああ……そのレベルになると、もはやホラーだよ。妖怪だよ」


 三次元女子の変幻自在っぷりに怯える俺に、結花ちゃんはため息を吐く。


「ほら、喋ると変にコミュ障っぽくなっちゃうじゃん、私? だから眼鏡を掛けて、真面目そうに見せてるの。コミュ障を隠すには、まず真面目から。眼鏡の力で、賢くてお堅そうな『綿苗さん』にフォームチェンジ、ってこと」

「賢そう……まぁ、眼鏡がないよりは」


 言ってることは、分からなくもない。

 そうやって、人との距離感をうまく取ろうとしているところは、素直に共感できる。

 なんだかんだで、似たもの同士……なのかもな。



 そして俺たちは、一緒に家を出る。


「未来の夫婦が一緒に登校なんて――なんだか禁断な感じがするよね」


 自分で言っといて照れたのか、結花ちゃんは目を細めて笑う。

 その柔和な表情は、確かにクラスで見掛けた『綿苗さん』とは違う。


「あのさ。クラスでは俺たちが許嫁だってこと、くれぐれも内緒だからね?」

「……? なんで?」


 まったく考えてなかった様子の結花ちゃんは、きょとんと目を丸くする。

 俺は歩幅を結花ちゃんに合わせつつ、注意する。


「悪目立ちしたら噂が回って、クラス中からちょっかい出されるかもでしょ? そしたら今までと違って、クラス中から話し掛けられる羽目になるよ?」

「う……それはちょっと、嫌かも」

「あと、君は声優なんだから、普通に自重した方がいいと思うけど」


 声優の結婚はセンシティブな問題だから、気を付けるに越したことはない。本当に。


「分かった! 頑張って普通のクラスメートっぽくする!! でも……私、加減が苦手だから。冷たい態度取っちゃったら、ごめんね?」

「いや。俺も多分、社交辞令程度の反応しかできないと思うし」


 だから……って理由だけでもないけど。

 俺たちは昨日のうちに、RINEコードを交換してる。


 RINE。

 無料でメッセージのやり取りや通話が可能な、かなりメジャーなコミュニケーションアプリだ。


 高校生で使ってない奴は、いないんじゃないかな? 

 俺ですら、クラスのグループRINEには一応入ってる。他は親父と妹くらいだけど。


 そこに新たに追加されたのが――許嫁。


「よし。それじゃあ、学校では気を付けて振る舞おう」

「うん、了解ですっ!」


 俺たちが許嫁同士だってことだけは、絶対にバレてはいけない。



 そんなことがバレれば、千パーセント……中三のときみたいに、いじりとからかいの地獄が待ってるに違いないから。

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