第5話 【驚愕】親の決めた結婚相手、なぜか知ってる関係だった 2/2

「……本当に、ごめん。君に悪いところなんて、なんにもない。ただ俺が、臆病なだけ……なんだ。だから――」


「――私も最初は、こんな結婚、絶対に断ってやるって思ってたよ」


 そのとき、ふっと。

 綿苗わたなえさんの表情が、和らいだ。


 そして、ファンレターの差出人名――『恋する死神』の文字を、指でなぞる。


「私ね。ずっと『恋する死神』さんのことを、大切に思ってたの」

 中二病全開なその名前を、綿苗さんが愛おしそうに呼ぶ。


「私が、ゆうなに声を当てるようになって。全然下手っぴで、失敗続きだったあのときも。偉い人に怒られて、家で泣いてたときも。『恋する死神』さんは――いつだっていっぱい、ファンレターを送ってくれたんだ」


「気持ち悪いくらいにね」


「気持ち悪くなんか、ないよ。『恋する死神』さんは、絶対に私を傷つけるようなことは言わないもん。いつだって私のことを応援してくれて、背中を押してくれて。『ああ、私を見ててくれる人がいるんだ』って思えることが……どれだけ私を支えてくれてたか」


 そんな綿苗さんの表情は、穏やかで、優しくて、無邪気で。

 まるで――ゆうなちゃんみたいだった。


「そんな私の心の支えが、まさか目の前に現われるなんて――思ってなかった。しかもその人は、私が『ゆうな』だから優しいとかじゃなくって。話したこともないクラスメートが道端で困ってたら、当たり前みたいな顔で、助けてくれるの」


「いや、あれくらいは当然だし……」


「ううん。優しいよ、遊くんは。私が想像してた『恋する死神』さん、そのもの。だから私……気持ちが変わったんだ。最初はお父さんが決めた、嫌な結婚だって思ってたけど。今はこう思うの」



 ――――この出逢いは、運命かもって。



 綿苗さんの薄紅色の唇から零れた、その言葉は。

 俺の耳を通過して、頭をぐわんと震わせた。


 何も言えないままでいる俺を見て、綿苗さんはくすっと笑う。

 そして、頬を桃色に染めて。


「どうか、よろしくお願いします。私、お嫁さんとして一生懸命、頑張るから」

「さっきも言っただろ。三次元女子とはもう、恋愛なんてしないんだって」

「うん。だから、私なんだって!」

「…………はい?」


 何を言ってるんだ、この子は。

 頭に疑問符ばかりが浮かぶ俺に向かって、綿苗さんは冗談だか本気だか分からないテンションで……言い放った。



「ほら! だって私は――二.五次元の人だから!!」



 それは、なんの解決にもならない屁理屈。

 だけど、それをドヤ顔で言ってる綿苗さんに……俺は思わず、吹き出してしまった。


「そりゃ、中の人は二.五次元だけど。一緒に暮らして、一緒に学校に行ってたら、それはただの三次元でしょ」

「でも、ゆうなは二次元だよ? 一日の何割、ゆうなのことを考えてるの? 足して割ったら、二.五次元になるよ、きっと!」

「何と何を足して割ったの!? 計算式が分かんな――」


「もぉ、細かいなぁ。とにかくっ! 他の人よりは私の方が、三次元より二次元寄りでしょって、言いたいの!!」


「なんでそんなに必死なの? 壺は買わないよ?」

「壺は売らないってば……言っとくけどね? 私だって、三次元男子と付き合いたいとか、結婚したいとか、まったく考えたことないタイプなんだからね? だからこそ、遊くん以外と結婚する未来なんて、すっごく本気で……嫌なんだもん」


 そうして、お互いに言いたいことを言い合ってるうちに。

 なんだか頑なに断ってる自分が、馬鹿馬鹿しくなってきた。


「あー、なんで笑ってんのさ! こっちが真面目に話してるのにー!!」

「分かってる、分かってるって。そっちの意見も一理あるなって……そう思っただけ」


 呼吸を整えて、俺はじっと綿苗さんのことを見つめた。

 そんな俺のことを、澄んだ瞳でまっすぐ見てくる綿苗さん。


「今回の件を断っても、俺の親父はあほだから。第二・第三の結婚相手を送り込んでくるかもしれない」

「……うん」


「そのとき、相手がゆうなちゃんの中の人である可能性は――限りなく低い」

「低いっていうか、ないよ! ゼロパーセントだって! ゆうなの中の人は、私だけ!!」


「そう。そして普通の三次元女子が来たら、俺は迷わず断る。そして親父は、また新たな刺客を送り込んでくる。迷わず断る。この繰り返しは……正直、面倒くさい」

「でしょ? こんなチャンス、二度とないですよー? お買い得ですよー?」


 なんか売り込みはじめた。

 学校のときと違って、素の彼女は割と明るくて、ちょっとおばかで……。



 なんだか――ゆうなちゃんに似てるんだよな。



「まぁ、やるだけやってみて。先のことは……また考えればいいか」

「うん。まだ籍を入れられる年齢でもないし。まずは――許嫁としてスタート、ってことで!」


 そう言って、はにかむように彼女が笑う。

 俺もつられて、つい笑ってしまう。


「後悔しても知らないからな」

「後悔させないから、覚悟してよね」



「じゃあ……これから同棲生活、よろしくね。結花ちゃん」

「うん。ふつつか者だけど……よろしくね。遊くん」




 こうして俺と結花ちゃんは、ひとまず許嫁ってことになった。


 結婚は人生の墓場って言うけれど。



 取りあえず死なない程度に……頑張ってみようと思う。

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