第4話 【驚愕】親の決めた結婚相手、なぜか知ってる関係だった 1/2

佐方さかたくんが……『恋する死神』さん? えっ、えっ!?」


 綿苗わたなえさんが、ふらふらと後ずさる。

 大げさな彼女の反応に、俺は「やっちまった……」と頭を抱える。


 勢いで言っちゃったけど……『恋する死神』だなんて名乗るんじゃなかった。

 自慢じゃないけど、相当な量のファンレターを送ってるからな。


 大手掲示板だったら、「気持ち悪すぎて草」「恋するwww死神wwww」「ガチ通報案件」とか――めちゃくちゃ叩かれてもおかしくないレベル。


 そんな俺の前で、綿苗さんがアゴに手を当てて、黙り込んでる。

 ときおり聞こえてくる「うーん……」なんて声に、内心ビクビクする俺。


 そして、おもむろに立ち上がると――綿苗さんはぺこりとおじぎした。



「ふつつか者ではありますが……『和泉いずみゆうな』こと綿苗結花ゆうかは、今日からお嫁さん頑張ります。なのでどうか、よろしくお願いしますっ!!」



「……はい?」

 予期しなかった展開に、俺の脳は一瞬フリーズする。


「うーん。でも、なんか足りないですよね。何がいけないのかな……ああ、敬語! 敬語だから、なんか変なのかも!!」

「あ、うん……同級生だし、敬語じゃなくていいけど」

「はい、じゃあため口! 夫婦だし、同い年だから、敬語じゃよそよそしいもんね!!」

「え、えっと……綿苗さん?」

「あー呼び方!! そうだなぁ……」


 間髪入れないテンポで、綿苗さんが捲し立てる。


「私のことは『結花』で! 夫婦なのに苗字呼びって、なんか変だもんねっ!!」

「あ、あの」

「それじゃあ、私も佐方くんのこと、『遊くん』って呼ぶね! あとは夫婦らしくするには、何が――」

「あ、あの!」


 ちょっとだけ大きな声を出して、ノンストップな綿苗さんを遮った。

 すると、綿苗さんは一瞬だけ目を丸くして――しゅんと、借りてきた猫のようにおとなしくなって、ソファに座った。


「ごめん……完全に喋りすぎだよね」

「いや、別にそれはいいんだけどね? テンションがすごかったから……」

「私、昔っから凄まじいコミュ障だから。なんか話さなきゃ! って思うと、なんか喋りすぎて空回っちゃうんだよね……」


 そうしてしょぼくれる綿苗さんに、俺はちょっとだけ――ドキドキした。


 だって、捲し立ててくる綿苗さん……ゆうなちゃんみたいだったから。


 元気いっぱいで天然な、中学生アリスアイドル・ゆうなちゃん。

 明るくハイテンションに絡んできたり。

 ときどき、ちょっと小悪魔ちっくにからかってきたり。

 だけど、からかい返すとめちゃくちゃ照れたり。


 まるで万華鏡みたいに、ころころ表情の変わるゆうなちゃんが――俺は大好きなんだ。


「喋りすぎたよね、完全に。あちゃーだよぉ……」

 そんな妄想をしてる俺のそばで、綿苗さんはがっくしと肩を落とす。


「学校の印象とは、だいぶ違うね」

「学校では逆に、そうならないよう極力黙ってるもん。喋りすぎて変な子って思われるのも嫌だし。最低限は頑張って話すけど、そんな感じで過ごしてるから、みんなもあんまり話し掛けてこないっていうか」

「あー……すっごい分かる」


 誰かから、必要以上に話し掛けられることもなく。

 空気のようにみんなをすり抜けて。

 平和な毎日を過ごす。


 それが学校での、綿苗結花さん。


「それで、佐方く……ううん、遊くん」

 大きく深呼吸して、綿苗さんはにっこりと笑った。



「結婚させてもらって――いいですか?」

「駄目です」



 申し訳ないとは思いつつも、俺は間髪入れずにお断りを表明した。


「えぇ!? なんで!」

 それが不満だったのか、綿苗さんは抗議の声を上げる。


「私は、和泉ゆうな。ゆうなの唯一無二の演じ手。親が決めた結婚相手が、偶然にも推しキャラの中の人だなんて――こんなチャンス、滅多にないよ! っていうか、私しかありえないじゃんよ!!」

「うん。でも……中の人は、『人』だから」


 俺はぼそっと呟いた。


「俺は確かに、世界一ゆうなちゃんが好きだ。そして君は、彼女のたった一人の声の主――和泉ゆうな。だけど、だからって、二人をイコールにするのは……違うと思うんだ」


 そして俺は、自嘲するように笑った。


「気持ちは嬉しいんだ、本当に。女子から告白されるなんて、人生初だし。だけど、俺は――もう三次元女子と恋愛なんてしないって、決めたんだ。だって、現実の恋愛は、傷つくものだから。傷つける……ものだから」


 綿苗さんの表情が、見る見る曇っていく。

 その姿がなんだか――あのときの俺と、ダブって見えて。


 ああ。これだ。

 感情を曝け出しあえば、お互い傷つけ合うこともある。



 それが三次元の恋愛で――俺はそれが、怖いんだ。

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