第2話 【誰?】俺の結婚相手、二次元じゃない 1/2

 ダイニングテーブルの椅子に腰掛けて。

 綿苗わたなえさんは所在なさげに、脚をそわそわ動かしてる。


 一方の那由なゆは、その隣にどっかりと偉そうに座っていやがる。

 なんなんだ、この状況……。


「え、えっと……綿苗さん。取りあえず、お茶……いる?」

「あ、ありがとうです……」

「あ、兄さん。冷たいのにして」


 那由のオーダーどおり、三人分の麦茶を用意する俺。

 そして再び、俺は綿苗さんの正面に座った。


 麦茶を飲みながら、ちらっと彼女の顔を見る。

 こうして見ると、鼻筋は通ってるし、ぱっちり大きな目をしてるし。

 整った顔立ちなんだよなぁ。

 眼鏡を掛けてるせいで、パッと見じゃ分かんなかったけど。


 そんな俺の視線に気付いたのか、綿苗さんは頬を赤くして俯いた。


「あ……ご、ごめん……」

「い、いえ……こちらこそ、すみません」

「けっ。どーも、初々しいこって」

「やかましいな、お前は。毒づいてないで、手助けしろって」

「やだよ、めんどい」


 何しに来たんだ、お前は。

 仕方ないので、俺の方から話を振る。


「えっと。綿苗さんも、事情は聞いて……?」

「は、はい……私のお父さんが、取引先の人と仲良くなって……お互いの子どもを結婚させる約束をしたって……」

 何回聞いても理不尽だな。

 光の速さで明日にダッシュしてやがる。


「結花ちゃんは、高一の頃から上京してんだって?」

 那由がだるそうな顔で尋ねる。


「あ、はい。地元は関東じゃなくって……高校から、一人暮らしです」

「そ。ちな、兄さんも一人暮らし」

「ああ。うちの親父が海外赴任中で、こいつも向こうに……」

「とりま、こっちに越してくるでいい? 結花ちゃん」

「待て待て」


 いきなり話をまとめはじめた那由を、俺は制する。

「なんでお前、勝手に引っ越し決めようとしてるの?」

「は? だって、こっちの方が家広いっしょ? 結婚するなら、同棲だし。何か?」

「電話でも言ったろ? 俺も相手も高校生。法律的に結婚はできないの」

「事実婚ってやつっしょ。両家の親も了解してるし」

「外堀は埋まっても、本丸同士が納得してないんだけど」

「それは父さんに言えし。あたしは知らん」


 那由が露骨に不快な顔をする。

 まぁ確かに、那由が決めたわけじゃないし、言っても仕方ないんだけど。


「あのさぁ……那由」

 それでも言わずにいれなくって、俺はぽつりと呟く。


「俺がさ。もう三次元と恋愛しないって決めたの、知ってるだろ?」

「父さんが離婚して、結婚に夢が持てなくなった。中三でフラれてから、二次元にしか興味がなくなった。耳にタコができるほど聞いたし」


 親父が母さんと別れて、もう死ぬんじゃないかってくらい落ち込んでる親父を見て、結婚の末路は地獄なんだって知った。


 そして中三のあの事件をきっかけに、傷つくことも傷つけることもない、二次元しか愛さないって決めた。


 それが俺――佐方さかた遊一ゆういちだ。


「はぁ……あのキャラには、『結婚したい』とか『幸せにしたい』とか言ってるくせに」

「那由。あのキャラじゃなくって、ゆうなちゃんだ。きちんと名前で呼べ」

「うわ……ツッコむの、そこ?」

 ドン引いた顔で俺を見て、那由はふぅとため息を吐いた。


「ま。平面も組み合わせれば、立体になるし。二次元がなんか合体したものと思えば、結婚にも慣れるんじゃん? 知らんけど」

「何その、謎理論。まったく意味が分かんないけど」

「兄さんも、大体いつもイミフっしょ。まぁいいからさ。せいぜいリアル嫁を堪能しなって。けっ」

「だから、なんでキレ気味なんだよお前は!?」


 俺の質問に答えることなく。

 那由はこちらに背中を向けたまま、言った。


「はい、この話は終わり。あとは若い二人で、ごゆっくり。それじゃあね兄さん……幸せに死ね」

「死ね!? なんだその、最大レベルの暴言!」


 そうやって、有無を言わさず話を打ち切ると。


 俺が止めるのも聞かず、那由はそのままさっさと家を後にした。


          ◆


 ――拝啓、那由さま。お元気でしょうか?

 あなたがいなくなって一時間。部屋は静まり返ったままです。


「…………」

「…………」


 俺と綿苗さんはお互い視線を逸らしつつ、椅子から立ち上がることさえできずにいた。

 気まずくて気まずくて、震える……。


 ――とはいえ。

 いつまでもこんな、膠着状態でいるわけにもいかない。

 俺はこほんと咳払いをして、綿苗さんの方に視線を向けた。


 頑張れ、遊一。


「なぁ、綿苗さん。俺さ……結構な陰キャなんだよ」

「……はい?」


 未来へ進むための、後ろ向きな一言。

 綿苗さんは首をかしげてるけど、それでもおかまいなしに俺は続ける。


「だから俺には、女子と盛り上がれる話題なんかない。おいしいスイーツの店は知らないし、タピオカとところてん一緒じゃんとか思ってるし、Jソウルが何代目かも知らない。アニメとマンガとゲームの話しかできない。女子受けする話題なんて……皆無なんだ」


 途中からやや早口になって、自分でも引く。

 でもいいよ。ドン引きでもなんでもしてくれ。


 それで解散。この結婚話は終わり。

 それが一番、誰も傷つかない。


 はぁ……それにしても、こんな結婚を企んだ親父はマジで末代まで祟ってやりたい。

 あ。でも親を末代まで祟ると、自分を祟ることになるのか。

 そんな、益体のないことを考えていると。



「―――ーさ、最近の推しヒロインは、誰ですか?」

「…………はい?」



 綿苗さんが肩を震わせながら、ギュッと目を瞑った。

 思いがけない言葉に、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。


 そして、脳細胞をトップギアにして、俺はそのセリフを適切に解釈した。


「……どれが48とか、どこの坂道とか、分かんないよ?」

「私だって、四十人以上いるアイドルの顔判別はできません!」


 あれ?

 今どきの女子が『ヒロイン』って言うから、三次元アイドルグループの話だと思ったんだけど。

 動揺する俺をジト目で見て、綿苗さんは唇を尖らせる。


「だから、最近の推しヒロインですって。言ったじゃないですか、さっき。アニメとマンガとゲームの話なら、できるって」

「それを聞くことで、俺をどうするつもりなのか」

「……どうするつもりだと、思ってるんですか?」

「壺か絵画か、あるいはサプリメントか」

「なんで何かを売りつける前提なんですか! 私はただ、純粋に!! あなたの趣味が聞きたいって言ってるんです!!」

「何も売りつけないの? じゃああれか。SNSで小馬鹿にして、バズらせ……」

「あーもぉ! どこまでこじらせた思考回路なんですか!?」


 最初こそこわごわした口調だったけど、言い合ってるうちに段々と、綿苗さんの声のボルテージも上がってくる。

 そして最終的には、深々とため息を吐いた。


「……ちなみに私は、四女派です。元気だけど闇を抱えているとか、最強の萌えポイントだと思いません?」

「――――!? 四……女……?」

 そのフレーズを聞いて、ピンとこないオタクはいないと思う。


「ひ、ひょっとして綿苗さん……『五分割された許嫁』の話してんの!?」

「さっきからそう言って――」

「俺は三女! ヘッドフォン萌えなんだよ、俺」


 唇を尖らせる綿苗さんの言葉を遮って、俺は叫んだ。

 そんな俺を一瞬ぽかんと見てから……綿苗さんは、くすっと笑う。


「ふふ……なんですか、そのニッチな趣味は」

「だってヘッドフォンしてる女の子って、なんか萌えない? 普段は露出してる耳をあえて隠すことで、むしろ背徳感が増すっていうか」

「じゃあ、露出控えめな方が好きなんですか?」

「う……そ、それは時と場合によるかな……露出の多いキャラも、作品によっては好きだし……」

「えー? さっきと言ってること違うー」


「そ、そういう綿苗さんには、ニッチな趣味とかないの?」

「え、わ、私は別に……」

「あ。それ、絶対あるときの反応でしょ。綿苗さん、おとなしそうな顔だけど案外……」

「な、何を想像してるんですか!? 違います! 私のは健全なやつです!!」

「じゃあ、なんなのさ?」


「うー……説明が難しいんですけど。シャツを着るときって大体、一番上のボタンって開けとくじゃないですか。首元が苦しいから」

「確かに。ネクタイでもしない限り、開けてるね」

「そう! じゃあネクタイもないのに、首元までボタンを締めてたら……どうです?」

「……どうって?」

「ほら、萌えるじゃないですか! 普段は露出してる鎖骨や首筋をあえて隠すことで、むしろ背徳感が増すっていうか!!」

「何その、ニッチすぎる趣味は」


「えー!? 佐方くんのヘッドフォンフェチほどじゃないです!」

「いや、さすがに首元ボタンフェチの方がやばいでしょ」

「もぉー」


 ドン引いたふりをする俺に抗議するように、綿苗さんは頬を膨らませた。

 ふっと目が合ったから、思わず二人で吹き出してしまう。



 そして俺たちは――そのままひたすら、オタク談義に花を咲かせることになった。

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