【朗報】俺の許嫁になった地味子、家では可愛いしかない。

氷高悠

第1章

第1話 【速報】高二の俺、親に結婚させられそう……

「……はい? 結婚? 俺が?」

『うん。おめでとう。明日から兄さん、既婚者だってさ』


 妹があっさりした口調で、俺が結婚するって俺に言ってる。

 意味が分からないので、聞き返してみた。


那由なゆ……誰と誰が、明日から結婚するって?」

『しつこいな。兄さんと、見ず知らずの女の子だし』

「んーと、確認だけど。兄さんって、誰?」

『はぁ? 佐方さかた遊一ゆういち。高校二年生。なんもパッとしない、あたしの兄さんだけど? 何か? けっ』


 なんだよ「けっ」って。

 悪態吐きたいのは、こっちの方だわ。


 佐方遊一。それは確かに、俺の名前だ。

 那由の言うとおり、特に目立ったところのない高校生。

 茶髪にしたりとか、制服の下に赤いTシャツを着たりとか、そういう高校デビューっぽいことは一切なし。

 ぼさっとした黒髪で、中肉中背。

 学校指定のブレザーは着崩さないタイプ。成績はまぁまぁ。運動はあんまり。


 そんな俺が、明日から結婚?

 しかも、見ず知らずの女子と?


「当人が直前まで聞いてない。相手も知らない。そもそも、まだ結婚できる年齢ですらない。なんの冗談だよ、その話?」

『あたしに言うなし。文句あんなら、父さんに言ってよ。替わるから』


 吐き捨てるようなセリフと、ガチャガチャ耳障りなノイズが、同時に聞こえる。

『やぁ、我が息子。パパだよ!』

 えらくご機嫌なテンションで、親父が喋り出した。


 仕事の都合で去年から、親父は海外に赴任している。

 まだ中学生な那由は、親父と一緒に海外で生活中。

 一方の俺は、日本に残って一人暮らしをはじめて、そろそろ一年が経つ。


「その意味分からん結婚とやら、本気で言ってんの?」

 俺が低い声で言うと、親父はこほんと咳払いした。


『父さんはな、大事な時期なんだよ。海外の新しい支所の重要なポジションを任されて、このまま出世ルートを歩むか、失墜して窓際に追いやられるか』

「うん。それで?」

『そんな中、父さんは得意先のお偉いさんと親しくなった。先方の娘さんは、高校から上京して一人暮らしをしているそうでな。男親としては、防犯とか悪い虫とか、色んな心配があるらしい』

「……なんとなく先が読めた。そのお偉いさんの娘が、俺の結婚相手なわけか」

『お前の結婚に、佐方家の命運が掛かってるといっても過言ではない』


 なんて勝手な理屈なんだ。

 俺は小さくため息を吐き、電話口の向こうにぼやく。


「あのさ、親父……母さんと離婚してボロボロになった親父を見て、俺が結婚に夢を持てなくなったの、知ってるよな?」

『あと中三のとき、黒歴史を刻んだしね』

「そうそう……って、やかましいな那由! つーか親父はどうした!?」

『自分の部屋に逃げた』

「ふざけんなよ、もう……那由からも説得してくれよ、本当に」

『知らないし。とにかく明日、あたしが仲介に行くから。じゃあね、けっ』


 うわっ、一方的に切られた!

 なんであいつが不機嫌なんだよ。理不尽だな。



 っていうか、本気で言ってんの? 結婚? 俺が?

 勘弁してくれよ……人生の墓場になんか、絶対行きたくないのに。


          ◆


 不穏な電話を受けた翌日。

 俺は心ここにあらずな状態で、始業式を終えた。


「なんでそんな暗い顔してんだよ、遊一!」

 ボーッと席に座ってたら、バシンッと背中を思いきり叩かれた。


「なんでお前はそんなテンション高いんだよ、マサ」

「だってぇ、五年連続でぇ、遊一くんとぉ、同じクラスになれたんだもんっ!」

「やめろ、マジで気持ち悪い」

「んだよ、ノリ悪ぃな。目を閉じて、美少女に言われた想像してろよ」

「声が野太い。却下」


 こいつは中学校時代からの友人・倉井くらい雅春まさはる

 ツンツン頭に黒縁眼鏡。

 年中ヘラヘラしてるもんだから、とにかく女子が寄ってこない。

 だからこそ、俺はこいつと一緒にいる時間が心地良いんだけどな。

 三次元女子と関わるのは、やっぱ怖いし。


「にしても、五年連続だぜ? 中学三年間に加えて、高校でも二年目! とんでもない腐れ縁じゃね? はぁぁぁぁ美少女だったらフラグ立ってたのになぁぁぁ……」

「クラスが一緒なだけじゃ、フラグは無理だろ」

「……夢を壊すな。まぁ確かにその理屈だと、俺は二原と付き合ってるはずだもんな。中三からずっと同じクラスだし」


 そう言ってマサが指差す先には、ケラケラ笑ってる二原にはら桃乃もものがいた。

 二原さんもこのクラスか。


 ふわふわの茶髪を揺らす、ギャルっぽい見た目の彼女に――俺はため息が出る。

 二原さんは何が楽しいのか、やたら俺に絡んでくるから、正直苦手だ。

 俺は三次元女子と、できるだけ距離を置きたいのに。


「……ん?」


 ぼんやりとそんなことを考えていると。

 視界の隅に、眼鏡の冴えない少女の姿が映った。


 ついさっき、自己紹介の時間があったにもかかわらず。

 顔を見た覚えもない。名前すら分からない。

 ポニーテールに結った黒髪。

 細いフレームの眼鏡から覗くのは、少しつり目がちな瞳。

 着席してるからはっきりとは分からないけど、細身で小柄そうな体格。


 たとえるなら――空気のような存在だった。


 良い意味でも悪い意味でもなく、純粋に記憶に残らなそうな。

 同窓会とかやっても、連絡することすら忘れられそうな。

 そんな彼女の姿を見て、俺は思わず呟いた。


「……いいなぁ」


 それはまさに、俺が望む青春を体現した姿だった。

 誰かから、必要以上に話し掛けられることもなく。

 空気のようにみんなをすり抜けて。

 平和な毎日を過ごしていくんだ。


 できるなら俺も……そんな静かな学生生活を送りたい。


          ◆


 中三の頃を思い出す。


 当時の俺は痛々しいくらい、陽キャ……のつもりで生きていた。

 マンガやアニメが好きなオタクだったけど。

 男子同士でムカつく先生をネタにしてたし、女子とだって気軽に話してた。

 オタクだけど、男女問わず広く友達がいる。

 ――そう自己評価して、俺は『イケてる』『クラスの人気者』だと錯覚していた。

 オタクで陽キャ。そんな選ばれた存在だと、調子に乗っていた。


「遊一ー。明日、買い物付き合ってよー」

「えー、やだよ。女子の買い物って、どうせ長いだろ?」

「けちだなぁ。こーんな可愛い女の子が、頼んでるっていうのに?」


 そんな軽口を女友達と叩き合ってた、遠い日の放課後。

 誰もいない教室で、夕陽に照らされた彼女の横顔を見て。

 俺はふっと――呟いた。


「なぁ。俺たち……付き合わないか?」


 驚いたように、彼女はこっちを振り向いた。

 そして、もじもじしながら俯いて。前髪を指先でくるくる弄って。

 その可愛い声で、答えたんだ。


「えっと……ごめんね。それは、できないんだ」



 フラれるなんて、そのときは思ってもいなかった。

 フラグを着々と立てて、相手も同じ気持ちに違いないって、確信してたんだ。

 だけど――現実は違った。

 その上、なぜか俺が告白して玉砕したことは、翌日にはクラス中に知れ渡っていて。


 いじられた。

 からかわれた。


 そうして俺は、思い知ったんだ。

 自分は陽キャなんかじゃなく、ただの……痛い奴だったんだって。


          ◆


 あー……帰りたくないな。


 俺はうな垂れながら、とぼとぼ校舎を後にした。

 今日は半日授業だったから、まだ太陽が燦々と輝いている。


 みんなはまだ、教室で楽しく盛り上がってるんだろうな。

 それか、ファミレスにでも移動してるかも。

 まぁ……自分とは縁遠い世界の話だけど。


 そうしてため息を吐きながら。

 俺はポケットから、ひとつのキーホルダーを取り出した。


 ――――ゆうなちゃん。


 その無邪気な笑顔に、思わず頬が緩む。

 茶色いツインテールに、きゅるんとした口元。

 世界が平和になった気がする。

 景気が回復した気がする。

 やっぱ、ゆうなちゃん……神だわ。


「どうせなら、ゆうなちゃんと結婚したかった……」


 冗談じゃなく、本気でそう思う。

『ラブアイドルドリーム! アリスステージ☆』

 このソシャゲがリリースされたのは、ちょうど俺が中三の冬だった。


 百人近い『アリスアイドル』と呼ばれるキャラには、フルボイス実装。

 イベントも目白押し。

 定期的な人気投票で、上位キャラにはスペシャルエピソードが追加される。

 ちなみに『アリスアイドル』と声優名は、全員同じになってるのが特徴。

 ゆうな CV:和泉いずみゆうな  らんむ CV:紫ノ宮しのみやらんむ  ……みたいな感じ。


 これには新人声優を売り出したいって制作側の意図があるみたいで、声優が交代でパーソナリティを務めるネットラジオもはじまった。

 そんな大手ソシャゲにドはまりしたのは……手痛い失恋から登校を拒否して、数日間引きこもっていたときのこと。


『ゆうながずーっと、そばにいるよ! だーかーら……一緒に笑お?』


 ガチャを引いた瞬間、俺は彼女に心を奪われた。

 その声に、その表情に、その雰囲気に、そのすべてに。


 あのとき、ゆうなちゃんに出逢ってなかったら、俺の引きこもりは一週間じゃ済まなかっただろう。


 ……正直あの事件以来、俺は三次元女子との恋愛が怖い。

 だって、どんなに俺が相手を好きだったとしても、相手の気持ちはゲームのように分からないから。

 傷つくかもしれない。反対に、傷つけるかもしれない。

 そんな思いをするくらいなら、俺は一生――ゆうなちゃんだけを見ていたい。


 二次元は、裏切らない。

 そりゃあ現実世界で付き合うなんてできないけど……傷ついたり、傷つけたりするくらいなら。俺は画面の向こうの彼女を、全力で想い続けていたい。


 だから俺は――ゆうなちゃんとの結婚を、想像する。


 白いウェディングドレスを纏ったゆうなちゃん。

 もともと大きな胸は、コルセットでウエストを絞ってるおかげで、驚くほど目立つ。

 そして、トレードマークの茶色いツインテールを翻し。

 ぱっちりした瞳を潤ませて。

 猫みたいにきゅるんとした口を、ゆっくりと近づけてきて――――。


「……ん?」


 完全に妄想トリップしてた俺は、ふっと我に返った。

 なぜなら、目の前でつま先立ちしてる、奇妙な女子がいたから。


 あれは……教室で見掛けた『空気』の子だ。

 街路樹目掛けて、ぷるぷる震える腕を伸ばして。

 一体、何をそんな一生懸命になってんだろう?


「……ああ、あれか」


 街路樹の枝先には、ピンク色の封筒が引っ掛かってる。

 風にでも煽られたのかな。それを必死に取ろうとしているらしい。

 あの『空気』な佇まいの彼女を、何がそこまで駆り立てるんだか分かんないけど……。


「はい」

 彼女のそばに寄ると、俺はひょいと枝先から封筒を取った。

「え?」

 突然出てきた俺に驚いたのか、彼女はずざざっと後ずさる。

 俺より頭ふたつ分くらい小さな背の彼女。


「困ってたんでしょ? ほら、俺の方が背が高いし」

「え。あ、えっと……」

 あまり深く関わりたくない俺は、ぶっきらぼうに封筒を渡す。

「――ありがとう」

 そんな俺を見ながら、彼女は瞳を細めた。


「これ……とっても、大事なものなんです」


 花が咲くような、屈託のない笑顔。

 透き通るような、綺麗な声。

 それはまるで、ゲームのワンシーンのよう。


「あ。い、いや。そ、それは……うん」

 思わず見惚れてしまってた自分に気付いて、俺は慌てて頭を振った。

「じゃ、じゃあ……俺、急ぐから」

 急いでゆうなちゃんの顔を思い浮かべた。彼女の笑顔を打ち消すために。


 だって相手は三次元。

 俺は二次元にしか興味を持たないって、もう決めてるんだから。

 そして俺は、足早に――その場を立ち去ったんだ。


          ◆


 ――足早に立ち去った、はずだったんだけど。


「……えっと」

「あ、あれ……?」


 我が家の前で振り返っても、なぜか未だに彼女の姿がある。

 ポニーテールを風になびかせて。

 それでも封筒だけは、大切そうにギュッと握って。

 彼女は不安そうに、小首をかしげて呟く。


「ど、どうして、あなたがここに……?」

「いやいや。ここ、俺の家だし」


 そうして、なんとも言えない空気で見つめ合っていると。

 ガチャッと、我が家の玄関が開いた。


「兄さん。うっさい」

 ふわっとした黒髪のショートヘア。前髪から覗く目元は鋭い。

 Tシャツの上にジージャン。

 ショートパンツから伸びた素足は、すらっと白くて長い。

 これっぽっちも女子っぽい肉付きじゃないし、顔つきも中性的だから、よく『美少年』と間違えられるけど。

 こいつは佐方那由――中学二年生になる、俺の妹だ。


「遅いんだけど。待ちくたびれた」

「しょうがないだろ。学校帰りなんだから」

「うっさい」

 ポケットに手を突っ込んだまま、那由はギロッと俺を睨んでくる。

 そして、大きなため息を吐いて。


「どうせ、またあのキャラの妄想でしょ。ほんと、むり」

「無理ってなんだよ!? ゆうなちゃんはなぁ、人類の夢なんだよ!」

「ソシャゲができなくなるのが困るって理由で、自分だけ日本に残ったしね」

「ああ。当然の義務だからな」

「兄さんが社会的に駄目だから、父さんも余計なことすんだよ。それで迷惑すんのは、妹のあたし。マジないわ」

「あ、あの!」


 そんな俺たちの横で、『空気』なあの子が声を上げた。

「えっと……ゆうなって。『和泉ゆうな』が演じてる、アリステのゆうな……ですか?」

「知ってるの!?」

「あ、えっと……ゆうなのこと、好きなんですか?」

「はい、大好きです」


 食い気味に答える。那由が舌打ちする。

 そして彼女は――恥ずかしそうに笑った。


「そうなんですね……ありがとうございます」

「ありがとう?」

「あ、はい。私、『和泉ゆうな』なんで」


 はい?

 何を言ってるんだ、この子は。


「あ……そっか。同姓同名的な? まぁ、いない名前じゃなさそうだし……」

「あ、いえ。本名は、綿苗わたなえ結花ゆうかで……」

「綿苗結花?」


 今度は那由が、怪訝な顔をした。

 そして「けっ」と吐き捨てると。


「ああ……そう。兄さん、結婚おめでとう。じゃ、あたし帰るわ」

「は!? 待て待て! お前、親父が決めた結婚相手と引き合わせるんだろ!?」

「いや、もう会ってるし」

「……え?」


 俺はふっと、顔を上げた。

 目の前には、綿苗結花と名乗った、ポニーテールに眼鏡のクラスメート。


 ――――え? ってことは?


「綿苗結花ちゃん。この人が、父さんの得意先の娘さん……兄さんの、結婚相手だよ」

「は、初めまして。綿苗結花です。えっと……まずは、応援ありがとうございます」


 動揺のおさまらない俺に向かって。

 彼女は……とんでもないことを、口にした。


「一応、ですね。声優『和泉ゆうな』として――アリステのゆうな、やってます」




 ――――どうせなら、ゆうなちゃんと結婚したい。

 確かにそう、願ったけどさ。

 中の人は違う。そういう趣味の人はいるかもだけど、俺は違うんだ。



 だって、中の人は――三次元女子だから。

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