ドッカ~ン! 4-8「頑張れよ――わたしの、最高の後輩」

 殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの必殺技『悪魔は世界を塗り替えるそして天使は救世の光を与える』。



 中二病が極まりすぎて、ちょっと人間の言語体系では表現できない、とんでもない呼称になっちゃったけど。


 その威力は――他に類を見ない、凄まじいものだった。



 その魔法が発動し、わたしたちが瞬きをしたくらいの、僅かな時間で。


 わたしたち九人の魔法少女と、三匹の妖精は――天空じゃなくって、地上に降り立っていた。



 っていうか、魔女宮殿バベルとか天空に浮かぶ島とか、本当に存在したの? なんて思っちゃうほど、その存在は跡形もなく消失してる。


 しかも、魔女連合サバトの強襲を受けて荒れ果てていたはずの地上すら、何事もなかったかのように元通りになっている。



 すべての魔を滅し、救世の光を与える――まさに殲滅魔天らしい、究極の魔法。


 それが三人の合体魔法『悪魔は世界を塗り替えるそして天使は救世の光を与える』(読めない)。



「終わった……ってわけ?」


「分かんねぇっすけど……アンコールは勘弁っすね」


「トップ、PC。安心するのです――わらわたちの魔法は、完璧に成功しました。もうドラグヤーガに、戦う力は残されていないはず。ほら……見るのです」



 穏やかな笑みを湛えたノワールアンジェが指差す先には。


 整った顔立ちをした美女が、力尽きたように横たわっていた。



 やぶれた黒いマント。そばに落ちているのは、穴だらけの黒いとんがり帽子と、折れた木製の杖。


 間違いない。あれは――最後の魔女ヤーガ。



「……んっ」


 倒れていたヤーガが、ゆっくりとその銀色の瞳を開いた。


 そして上体を起こすと、自身の両手に目を落とし、驚愕の表情を浮かべる。



「……馬鹿な。なぜ我は、この姿に? 我は人の身を捨て、世界を滅ぼすための龍と化した。もはや、元に戻れるはずが……」


「魔法少女を、なめないでほしいのです」



 そんなヤーガの前に、ノワールアンジェはゆっくりと歩み寄ると。


 女神のように微笑んだまま、ヤーガを見下ろした。



「わらわたちの魔法は、すべての魔を滅し、救世を与えた。魔女連合サバトの野望を打ち砕き、傷だらけになった地上を修復し、そして――貴方の遺伝子を再変換し、元に戻しました」



 なんだその、オーバースペックな魔法は。



「……馬鹿げているな。それだけの力を持ちながら、なぜそなたらは、あの悪魔の組織――魔法連盟アルスマギカに遣えるというのだ?」


「悪魔の組織とは、なんだにょろ! 魔法連盟アルスマギカは清廉潔白、純真無垢!! 素敵で無敵な、オフホワイトな組織だにょ……」


「ニョロンさん、黙るがぶよ。空気を読むがぶ、同じ妖精として恥ずかしいがぶ」



 うわ、老害が後輩妖精に注意された!


 はっず! あのクソ蛇、はっず!!



 ――なんて、意味もなくテンションが上がってるわたしの目の前で、パオンがのそのそとヤーガに近づいていった。



「……拙者もかつて、汝と同じ思いだったでござるぱお。魔法少女システムは破綻していて、魔法連盟アルスマギカは腐敗していて……変えなければならないと、反旗を翻したぱお。だけど――そんな拙者の目を覚まさせてくれたのも、また……魔法少女だったでござるぱお」



 そしてパオンは、長い鼻を持ち上げて、わたしたちの方を指す。


 そんなインド象の呼び掛けに――わたしは、はぁっとため息を吐いて。



「別に、魔法連盟アルスマギカに恩義なんざないけどさ。あのブラック企業も、ちょっとは改革しようってしてるんでしょ? それから、ノワールたちみたいに、正義のために本気で頑張ってる魔法少女がいる。だから……ごちゃごちゃ暴れんなよ、馬鹿魔女」


「……それでも、世界は繰り返すぞ? 一度は革新派によって、魔法連盟アルスマギカも変わるかもしれない。だが、いずれは再び同じ悲劇が起こるだろう。喉元を過ぎれば熱さを忘れる……生物とは、そういうものだから。戦争、腐敗、混沌――世界は虚しい過ちの繰り返しだ。いつだって」



「だったら――救世だって、何度も繰り返してみせるのですよ」



 世界を悲観する魔女に向かって、わたしの自慢の後輩は――事もなげに言ってのけた。



「世界は過ちを繰り返すかもしれませんが。救世もまた、繰り返される。それは無意味な輪舞曲ロンドに見えるかもですが――幾億年と続く世界の理は、おそらくそんな円環構造なのですよ。だから……わらわたちは、今の世界を護り続けます。そして未来は、わらわたちの後輩が、きっと護ることでしょう。魔法少女キューティクルチャームから、わらわたち殲滅魔天ディアブルアンジェが――バトンを受け取ったように。絶対に」



 無垢な瞳でそう語るノワールのことを、ヤーガはじっと見つめている。


 そしてヤーガは――ふっと、微笑みを浮かべた。



「…………信じて、いるのだな。世界を」


「ええ。世界も、仲間も、信じていますよ。だって、わらわは――神の子ですから」


「…………世界を、任せていいのか? 魔法少女」


「任されたのです」




 こうして。


 殲滅魔天ディアブルアンジェの最初の敵組織――魔女連合サバトとの戦いは、静かに終わりを告げた。


 ガブリコがどこからともなく取り出したマジカル手錠を、抵抗することなく受け入れたヤーガは――青く広がる空を見上げていた。




「あれ? そういや応援団の連中は、どこ行ったの?」


「彼らでしたら、究極魔法発動時に、各々の自宅まで転送しましたよ? 南関東魔法少女の夢の共演、その終幕エンドロールは――わらわたちだけで迎えたかったので」



 そう言って、いたずらな顔で笑うノワールに、わたしは思わず苦笑する。


 ったく。相変わらず可愛いんだから。わたしの――最高の後輩ちゃんは。



 ――そのとき。


 ビシッと、なんだか不穏な音が響き渡った。



 そう、それは……『リバイバルクリスタル』が、崩壊をはじめた音。



「そろそろ、終わりみたいだお。酷使を続けた『リバイバルクリスタル』が、完全に砕けちゃうお」


「ふん。これで今度こそ、永遠に魔法少女にならずに済むと思うと、せいせいするな。こんなカスみたいな格好で、人としての尊厳を捨てて戦うなど、もう御免だ」


「あっはっはっは! まったく、スリーパーは相変わらず、素直じゃないんだからぁ!!」



 トライアングルサガが、笑いながらトライアングルスリーパーの背中をバシンと叩いた。


 ――ドゴォッと。


 冗談みたいな威力で、スリーパーが顔面から地面に埋まる。



 そんな相変わらずな光景を、ため息交じりに見ているトライアングルイーター。


 そして、そんな三人に苦笑する、インド象妖精パオン。



「うん……やっぱ買おうかな。鉄パイプ」


「もぉ、番長ってば! 魔法少女じゃなくなったからって、鉄パイプを振り回す二十歳になるのは、めっ! だよ? 元・魔法少女たるもの、子どもの夢を壊さないようにしなくっちゃ★」


「子どもに人気なんざ、ねーけどな。わたしたちのファン、語るのもはばかれるタイプの男性ばっかだし」



 チャーム番長の軽口を、チャームパウダースノウが可愛くたしなめて。


 そこで、わたし――チャームサーモンが、やさぐれた感じの毒を吐く。


 半年前まで当たり前だった、そんな光景。


 そのそばで、白蛇妖精ニョロンが、「にょーにょっにょっ!」と聞いたこともない笑い方をしてる。お前、復活してからマジで気持ち悪いな……。



「みんな、見たでしょ!? うちら最強の、頂点にふさわしい究極魔法が、すべてを解決するところを! やっぱうちらは、魔法少女のトップに立つチームだよね!!」


「はぁ……ちょっと働きすぎたっすね。引きこもりな自分の体感としては、もう五年くらい連続勤務した感じっすよ」


「トップ、PC。我が血の盟友たち――お疲れさまなのです。連綿と続く南関東サザンクロスの歴史を、こうして奇跡で彩ることができたのは、本当に……神の力ゴッドブレスだと思います」



 トップアンジェが、調子に乗ったことを口走って。


 PCアンジェが、引きこもりらしくダウナー発言をして。


 そんな二人に対して、ノワールアンジェが――中二病全開で、意味不明なことを言う。


 この半年で慣れたらしいワニ妖精ガブリコは、とても穏やかな顔で三人を見守っている。




 魔法乙女隊エターナル∞トライアングル。


 トライアングルサガ=有絵田ありえだ麦月むつき

 トライアングルスリーパー=塔上とうじょうどくみ。

 トライアングルイーター=穂花本ほかもと風仁火ふにか


 インド象妖精パオンとともに、約四年五か月ほど南関東を護った、先々代の魔法少女。


 史上最強に強いのに、史上最凶に仲が悪くて、喧嘩ばかりしてパオンを神経性胃炎に追い詰めたりもしたけど。

 サガが産休・育休を勝手に取得して、スリーパーとイーターに憎悪の感情を植え付けたりもしたけど。



 素敵な魔法少女たちだった。




 魔法少女キューティクルチャーム。


 チャームサーモン=有絵田ありえだほのり。

 チャームパウダースノウ=雪姫ゆきひめ光篤みつあつ

 チャーム番長=新寺しんでら薙子なぎこ


 白蛇妖精ニョロンとともに、約八年三か月も南関東を護った、先代の魔法少女。ちなみにその就任期間は、今のところ最長記録だ。嬉しくないけど。


 その長すぎる在任ゆえに、サーモンことわたしはやさぐれて「辞めたい」を連呼して、ニョロンに暴行を働いていた。

 番長は途中からやる気をなくして、サボり魔を発動しまくっていた。

 唯一真面目だったのはパウダースノウだけど、こいつは元より男のだからな。


 そんなどうかしたメンバーで選出された上に、長すぎる戦いの中でメンタルぐっちゃぐちゃになったもんだから、大暴れしたりもしたけど。



 素敵な魔法少女たちだった。




 殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ。


 ノワールアンジェ=鈴音りんねもゆ。

 PCアンジェ=茉莉まつり百合紗ゆりさ

 トップアンジェ=緒浦おうら雛舞ひなむ


 ワニ妖精ガブリコとともに、最初の敵組織『魔女連合サバト』を打ち破ったばかりの、現役魔法少女。


 ノワールは中二病だし、PCは引きこもりだし、トップは頂点頂点うるさいけど、その魔法は尋常じゃなく強いから。


 もしかしたら、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルを超える伝説を創れるんじゃないかって……思わなくもない。



 素敵な魔法少女たちだ。




 ――――『リバイバルクリスタル』がパラパラと、少しずつ崩れていく。



「三人とも……また会えて嬉しかったにょろ。どうか元気で、楽しく過ごすにょろよ」


「あんたこそ、たいした知識もないんだから、後輩にマウント取って老害扱いされないように気を付けなよ……元気でね、ニョロン」


「ヤーガは、拙者たちが責任を持って魔法連盟アルスマギカに引き渡すでござるぱお。これだけの罪を犯した以上、無罪とはいかないでござるが……ある種、彼女も魔法連盟アルスマギカの被害者ぱお。絶対に、極刑にはさせないと誓うでござるぱお」


「頼んだよ、パオン。マジで困ったときは、いつだって連絡してよ! 私たちは魔法少女じゃなくなったって――魔法連盟アルスマギカまですっ飛んでいって、絶対にパオンを助けるから!! 友達だもん!!」



 そのとき――空がバリンッとガラスのように割れて、空に穴が開いた。


 それは、魔法連盟アルスマギカへと続く空間の裂け目。



 ――『リバイバルクリスタル』が壊れることによって、わたしたちは再び魔法少女じゃなくなる。


 そして、パオンとニョロンはまた魔法連盟アルスマギカへと帰還する。



 半年前は、恥ずかしながら……こんなは虫類との別れと、クソダサ魔法少女との別離に泣いちゃったけどさ。


 今日はなんだか、涙が出そうな感じとか、全然しないや。



 だってこれは――もう魔法少女を辞めたわたしに、最後に起こった奇跡みたいな出来事だったから。


 頼りになる後輩ちゃんたちが、わたしたちの意思を継いで頑張ってくれてるって――分かったから。



 そう。だから、わたしの心は……この晴れ渡った空みたいに、すっきりしてるんだ。



 そして『リバイバルクリスタル』が――粉々に砕け散った。



 トライアングルサガが、トライアングルスリーパーが、トライアングルイーターが……魔法乙女隊エターナル∞トライアングルから普通の人間へと戻る。



 空間の裂け目から降り注いだ白い光が、パオンとニョロンを包み込む。


 そして二匹の妖精は、ふわりと魔法連盟アルスマギカへと続く空間へと……吸い込まれていく。



「ほのり。受験が終わったら、飯でも食うぞ。酒の一杯くらい、奢ってやる」


「馬鹿じゃないの、薙子? お酒は二十歳になってから――ご飯は付き合うけど、お酒はもうちょっと待ちなさいよね」


「相変わらずクソ真面目だな、お前は」



 艶やかな和装姿の魔法少女・チャーム番長が――新寺薙子の姿に戻った。



「よーし、じゃあほのりんっ! 受験頑張ろうねっ★ 大学に入ったらぁ……一緒に暮らそっ?」


「はぁ!? 雪姫、あんた何言ってんのよ! あ、あんたは男のだから、男女で暮らすことになるわけで……それはちょっと、えっと、恥ずかしいでしょ!!」


「……あははっ! ほのりんってば、可愛いんだからっ★」


「人をからかうな、ぶっ飛ばすわよ!?」



 お姫様然とした魔法少女・チャームパウダースノウが――雪姫光篤の姿に戻った。



 わたしの手の中にあるキューティクル勾玉が、段々と薄らいでいく。


 そんな、ダサい勾玉を、ギュッと握り締めて。



 わたしはチャームサーモンの姿のまま、ディアブルアンジェの三人の方に顔を向けた。



「雛舞! 頂点を目指すのはまぁいいけど、勝手なことしすぎんなよ!! 三人で力を合わせて――頑張れ!」


「……分かってるってば、ほのりさん。うちはチームで頂点を目指すって決めたから……期待外れな真似は、絶対にしないからさ。見守っててよ――ありがとう、ほのりさん」



「百合紗! 魔法少女活動以外でも、無理ない範囲で外に出ろよ!! なんだかんだ、仲間思いなあんたなら……しっかりした大人になれるから、多分!」


「……はいっす、ほのりさん。魔法少女になって、殻の外に広がる綺麗な景色を知ったんで――死なない程度に、 羽ばたいてみせますよ。今まで本当……ありがとうっした」



「――――もゆ!」

「…………はい、なのです。ほのり先輩」



 段々と、わたしのブレザー風マントが、透けていく。


 ピンク色に染まった髪の毛が、揺らめいて栗毛色の髪に戻っていく。



 そんな中、わたしはまっすぐに、一番の後輩のことを見つめて。




「……これからは、あんたたちの時代だ。頑張れよ――わたしの、最高の後輩」


「……はい。今までありがとうございました――わたしの、最高の先輩。だ、大好きなのです……これから、も……ずっと……っ!」




 泣くなって、ばーか。

 こっちまでもらい泣きしちゃうでしょうが。


 ったく、勘弁してよ。マジで。


 でもさ……本当に。



 ――未来は任せたからね? もゆ。





 こうして。


 年甲斐もないふりふりコスチュームの魔法少女・チャームサーモンから……わたしは、有絵田ほのりの姿に戻った。



 握っていた手を、そっと開く。

 そこにはもう、キューティクル勾玉はない。



 ……うん。これでいい。



 悔いはない。不完全燃焼もない。消化不良もない。


 わたしが八年以上続けてきた、魔法少女の歴史は――わたしの信じた後輩たちに、きちんと引き継ぐことができたから。




 ……そう。

 だから、今日は。




 わたしの――魔法少女卒業式だ。

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