ドッカ~ン! 4-5「古より紡がれてきた、この絆!」

 着ていた服が弾け飛んで、わたしは懐かしい水の中に入った。


 手にしたキューティクル勾玉に、口付ける。


 すると泡が噴き上がり、カーテンのような形状へと変化した。


 泡のカーテンの裏側。そこでわたしは、コスチュームに着替えを済ませる。


 相変わらずのセルフサービスな変身を終えて……わたしは最後に、黄色いリボンを手に取った。



「……もう一回だけ、よろしくね。わたしの、魔法少女」



 リボンを髪に巻き付ける。同時に、髪の色がサーモンピンクに変化する。


 眼鏡? 変身の途中で、どっかに消えたっての。



 さぁて――行くよ。



 わたしは水中から飛び上がり、大地に着地した。



 フリルだらけの衣装に、ブレザーをあしらったマント。

 短いスカートから覗く脚には、縞のオーバーニーソックス。


 相変わらず年甲斐もない――わたしの、懐かしいコスチュームだわ。




 雪姫ゆきひめは、草原の上に降り立つと。


 空を舞うキューティクルミラーから出現した七人の小人に、コスチュームを手渡される。


 備えられた薄地のカーテンの裏側。そこでささっと着替えを終えて――最後に白銀のティアラを身に付けた。



 雪色に変わったロングヘアは、自動的にツインテールにセットされる。

 脇や生脚が露出された、際どい水色のコスチューム。



 そんな優雅な格好で――雪姫はゆっくりと草原を、モデルみたいに歩いてくる。




 薙子なぎこは、磨りガラスの裏に立つと。


 うっすらとシルエットが見える状態で、着物を身に纏い、帯をギュッと締めた。


 着替え終わると同時に、手にしたキューティクルソードで、磨りガラスを切り裂く。出来上がるのはガラスの靴。


 切り裂かれたガラスの隙間から、薙子は威風堂々と現れる。



 オレンジ色の、腰まで伸びたロングヘア。

 肩と胸元を大胆に露出させた、花魁みたいな黄色い着物。



 そして、背中には――鉄パイプ。




「あー……なんか、三人揃うとテンション下がるな、これ」


「なんで!? 魔法少女姿での再会を祝する場面でしょ、ここはっ!」


「いや、まぁ言いたいことは分かる。やる気満々だったが――いざ変身すると、なんだかな。嫌な気持ちになるな」



 そんな風に、軽口を叩き合ってから……誰からともなく、三人揃って吹き出した。


 嫌な気持ちになるのは多分、年甲斐もない格好だから。

 後はなんか、辞められなかった時代の苦しみが思い出されるから。



 だけど……最後の一回だからなんだと、思うけど。


 そうじゃなかったら、マジで本気で、嫌でしかないと思うんだけど。



 ほんのちょっとだけ、初めて変身した日みたいに――ドキドキしてる、自分がいる。



 そんな気持ちを噛み締めながら。


 わたしは魔法の洗剤スプレー『マジック☆凛々』を引き抜いて、回転させてから正面にノズル口を向ける。



「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」



 次は雪姫。


 ビシッと正面を指差して、ぐるりと右腕を旋回させると――空から、筋肉質な魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』が降ってくる。


 そんな『しずねちゃん』に、ギュッとくっついて。



「林檎がなければ毒を喰え! チャームパウダースノウ!!」



 最後は薙子。


 魔法の鉄パイプ『巌流武蔵がんりゅうむさし』を背中から抜いて、そのまま眼前のガラスの靴を木っ端微塵に粉砕した。


 そして鉄パイプを数回転させてから、右手側に構えて。



「ガラスの靴を叩いて壊す! チャームゥゥゥ……番長!!」



 そしてわたしたち三人は、右手を重ね合わせて、天まで届けと空にかかげる。



「「「世界に轟く三つの歌は、キュートでチャームな御伽のカノン」」」


 さぁ、半年振りに――決めるよ!



「「「我ら魔法少女! キューティクルチャーム!!」」」



 そして、リーダーのわたしが、両手を腰に手を当てて。

 きっぱりと言い放つ。



「ちまたに溢れる社会のクズ共! この魔法少女キューティクルチャームが、今日もシュシュッと……お掃除しちゃうゾ☆」



 ウインクとか、マジで半年振りだわ。


 普段の生活じゃあ絶対、ウインクとかしないもんな。



 まぁいいや。


 そんな無駄なこと考えてる暇はない――とっとと後輩たちに、加勢しないとね!



「さぁ、みんな――アドレナリン全開で、行くわよ!!」



 わたしの言葉を契機に、キューティクルチャームの三人は駆け出した。


 その先に映るのは、今回の諸悪の根源――最後の魔女ヤーガ。



「忌まわしき魔法少女めが……蘇ってまで尚、我の邪魔をすると言うのか……っ!!」


「ねぇぇぇ、ヤーガぁぁぁぁぁ? あいつら、私が相手していーいぃぃ? ……駄目って言われても、っちゃうけどねぇぇぇぇ!? きゃっははははハハハハハハハッ!!」



 ボイスチェンジャーでも使ったみたいな、奇妙な笑い声を上げながら。


 最後の魔女ヤーガの正面に現れたのは、『鉄仮面』をかぶった、黒い魔女帽をかぶった異様な存在。



 夜の魔女ヴァルプ――とか言ったか。



「殺す! 殺す! 殺すよぉぉぉォォ!? 魔法少女なんて……一人残らずさぁぁぁぁ!!」


 そんな絶叫を上げながら、ヴァルプは――鎖に繋がれた鉄球をぶん回して、こちらに向かって投げてきた。



「ちょっと!? 魔女とか言ってるくせに、物理攻撃とかおかしいだろ!?」

「いいだろ。マジカル物理攻撃も……悪くないぞ」



 言うが早いか、チャーム番長は目の前で鉄パイプを回転させて、鉄球を弾き返した。


 鉄パイプVS鉄球。



 マジカルって付ければいいってもんじゃねーだろ。ただの物理攻撃戦じゃねーか。



「ふぅ……やっぱり馴染むな、鉄パイプ」


「癖になって、一般社会で振り回すなよ。マジで逮捕されるからな」


「よぉっし! 次は任せてねっ★」



 チャームパウダースノウが、わたしと番長の前に躍り出た。


 そんなパウダースノウに向かって――まるで弾丸のような速度で、ヴァルプが飛び込んでくる。


 ヴァルプが右手で回転させているのは――強力な魔力を帯びた鉄球。



「ぶっ殺してやんよぉぉォォぉ!? 魔法少じょぉぉぉぉォォぉぉ!!」

「おいで――『しずねちゃん』!!」



 ドンッと、大地を踏み鳴らし。


 パウダースノウの横に並び立つのは、魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』。



「なんだ、そのぬいぐるm――ぶふぉぉぉぉォォォォっ!?」



 まさに鉄球をぶん投げようとしてきたヴァルプの顔面を。


 仁義なき白熊ぬいぐるみの右ストレートが、割と凄まじい勢いでぶん殴った!


 カウンターを食らう形になったヴァルプが、反動で後ろに吹っ飛んでいく。



 ……って、また物理攻撃じゃねーか!


 久しぶりに復活してこれとか、どうなってんだよ南関東魔法少女!?



 とかなんとかやってると――ヤーガが凄まじい殺気を放ちはじめる。



「魔法少女キューティクルチャーム……ふざけおって」


「カリカリしないで落ち着けっての。あんたの敵は、わたしたちじゃないんだよ……この、最後の魔女気取りが」



 その瞬間。


 空高く浮遊している魔女宮殿バベルの大地が――凄まじい轟音とともに、震動した。



「な、なんだこれは!? ……まさか、『断罪のソドム』が!?」


「なんだよ、その中二病チックな名称!? クソダサいネーミングだけど――レーザーの射出口のことだったら、多分ぶっ壊されたと思うわよ」


「馬鹿な! 『断罪のソドム』を並の魔法で壊せるはずが……は、反応がない、だと!?」


「ワタワタしちゃってしょぼいわね、あんた。最強の敵なら、最強らしく堂々としてろっての。まぁ……確かにレーザーの射出口を壊した人たちは、あんたなんかよりもっと最強だと思うけどさ」



 わたしたちが魔女宮殿バベルに潜入して、まだ十分も経ってないってのに。


 仕事が早いっていうか、相変わらず強すぎっていうか――頼りになりすぎなんだよね、うちの先輩たち。



「……よくも、『断罪のソドム』を。こうなれば、そなたらも『断罪のソドム』を破壊した者どもも、我がまとめて……」


「だーかーら。あんたの相手は、わたしたちでも、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルでもないっつってんの。あんたの敵は――そこに寝転がってんでしょうが」



 最後の魔女ヤーガに、そう大見得を切ると。


 わたしはゆっくりと……地べたに突っ伏してる、もゆたち三人を指差した。



「いつまで寝てんの? さっさと起きて戦いなさいよ、もゆ」


「……びっくりして、起きるのも忘れていたのですよ。どうしてサーモン先輩が、また変身を? もう消費期限を過ぎているのですから、腐りサーモン先輩なのでは?」


「この魔女気取りたちと一緒に、あんたもぶっ飛ばしてやろうか?」


「あはは……そうですね。魔女気取りとか教祖とか、昔は酷いあだ名で呼ばれてましたね、懐かしいのです……神の子は、ただ孤独でしたから」



 う、そんなネガティブな過去話で返してくんなよ!?


 わたしが酷いこと言ったみたいになるじゃないのさ。いつもみたいに自信満々で偉そうな態度で返してこいよ、もゆ。



「――てめぇらあああアアアアアッッ!! まとめてぇ……ぶっ潰してやんよぉぉォオ!?」


「……今じゃないでしょっ!」



 瓦礫の中から飛び出して、わたしたちの方に向かってきたヴァルプに対して――パウダースノウが即座に『しずねちゃん』をぶつけた。


 鉄球を右手に構えて、まるでパンチグローブみたいに振り上げていたヴァルプに対して、『しずねちゃん』は足技を掛けて転ばせると、なんか寝技みたいなのを決める。


 武術に長けたぬいぐるみだな、相変わらず。



「もぉ! 魔法少女の敵なら空気読んでよねっ!! 大事な話の途中は、攻撃禁止っ!」


「そういうの守らないの、どっちかというとあたしらの方だけどな。雛舞ひなむも昔、話してる最中の風仁火ふにかさんを奇襲してたし」


「うちは……奇襲に関してもトップに立つ魔法少女……だからね」


「ったく……いつも口だけは達者っすね、雛舞は。言葉と行動が、合ってねーっすよ」



 ぐったりと魔女宮殿バベルの屋上に転がっていた雛舞と百合紗ゆりさが――ゆっくりと上体を起こす。


 そんな後輩たちを、穏やかな笑顔で見るパウダースノウ。



「ほぉら、百合っぺ★ 魔法少女は、いつだって笑顔。ピンチのときこそ、笑わなくっちゃっ」


「……そういうキャラじゃねぇっすよ、自分。っていうかなんで変身してんすか、先輩たち。引退したのに変身とか――フェスじゃねぇんすから」


「フェスみたいなもんだよっ! 特別に変身はしてるけど、あくまでも復活ライブ的なゲスト枠だから――メインは、百合っぺたち」


「復活ライブが豪華すぎると、メインが霞むんすよ……後輩潰す気っすか?」


「――潰れないように、頑張れって言ってんだよ。百合紗・・・



 憎まれ口を叩く百合紗に対して、雪姫が――雪姫ゆきひめ光篤みつあつとして返す。



「僕たちも、魔法乙女隊も、もう……過去の魔法少女なんだ。君たちしか、この先の未来は護れない。そんな役割を、僕たちは君たちに託したんだ。だから――ゲストに負けるような、ダサいフェスはしないでよね?」


「……引きこもりには、刺激が強すぎる激励じゃねぇっすか、雪姫さん? でも――なんかすっげぇ、ロックを奏でたくなりましたよ。この魔女どもをぶっ倒すっていう……ハードロックを!!」



「――お前も、さっさと立て。特攻隊長を託しただろう?」



 顔も見ずに呟いたかと思うと。


 番長は跳躍して、『しずねちゃん』の寝技に掛かってるヴァルプの顔面目掛けて――鉄パイプを振り下ろした!


 ドゴォッという、凄まじい音が響き渡る。



「ほれ、ほれ」

「ぐふっ!? がはぁ!?」



 そのまま鉄パイプを振り回して、左右上下から無慈悲にヴァルプの顔面をボコボコにしていく番長。


 なんであんただけ、ヤンキーの抗争みたいなテンションで戦ってんの?



緒浦おうら雛舞。お前は頂点に立つんだろう? ディアブルアンジェという、魔法少女チームとして」


「そ、そうよ! うちは最強の魔法少女! この三人で歴代最強の魔法少女チームになってみせ――」


「じゃあ……ごちゃごちゃ言ってないで、立って戦え。阿呆」



 ドスッと、ヴァルプの顔面に鉄パイプを突き立てて。


 番長は凄まじい殺気を纏った目で雛舞を睨みつけ――ドスの利いた声で言う。



「御託はいい。態度で示せ。お前が背負った『剣』は――新寺しんでら薙子なぎこ穂花本ほかもと風仁火ふにか。その先々代、そらにその前の代……何人もの戦士たちを巡ってきた代物だ。それを越える最強になると見栄を切るなら……その剣で、今すぐ敵を裂け。あたしを、がっかりさせるな」


「…………言うじゃん、先輩。じゃあ、そこで見ててよ。うちを誰だと思ってんの? 先輩たちをがっかりさせないことでも――うちは頂点に立つ、緒浦雛舞なんだからさぁ!!」



 ――雪姫も薙子も、熱いなぁ。


 二人に鼓舞された百合紗も雛舞も、瞳に炎を宿らせて……また立ち上がったよ。



 んじゃ、わたしも――恥ずかしながら、一言伝えさせてもらいますか。



「もゆ。わたしから言えることは、ひとつだけだ」

「……なんでしょうか? ほのり先輩」



 片膝をついて呼吸を整えながら、もゆはこちらに視線を向けた。


 その瞳は――わたしの言葉を待ちわびてるみたいに、爛々と輝いていて。


 わたしまで思わず、笑っちゃうってーの。



「もゆ。今は、あんたたちの時代だ。いつか辞める日が来るまでは、この世界を……頼んだよ。可愛い後輩――殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ」


「――承ったのです。先輩方から、もゆたちは世界を託された。微笑みに溢れたこの世界を……決して哀しい葬送曲レクイエムで終わらせたりしません。だから、見ててください! 大好きな先輩――魔法少女キューティクルチャーム」



 もゆが立ち上がった。


 そんな彼女のそばで、百合紗と雛舞が寄り添うように立ち上がる。



「おいおぉぉぉぉい!? まだ立つ気かよぉぉォォおおお!? このヴァルプが、もう一回ぶっ潰し――ぐぎゃああ!?」


「うっさいんだよ、鉄仮面馬鹿」



 わたしは有無を言わさず、魔法の洗剤スプレー『マジック☆凛々』から、合成洗剤を噴出させた。


 地味だけど、利くでしょ? 目元だけスリットになってるあんたには。



 夜の魔女ヴァルプは、絶叫するが――その腕は『しずねちゃん』に押さえつけられてて、目元は拭えない。あと、なんかずっと『巌流武蔵』で、アゴをゴンゴン殴られてる。



「このよく分かんない中ボスは、わたしたちに任せな! その代わり、あんたたち現役はそのラスボスを必ずぶっ倒すこと!! わたしたち、過去の魔法少女は――劇場版のゲスト出演くらいのポジションが、ちょうどいいからね!」


「調子に乗るなよ――愚かな魔法少女どもが!!」



 瞬間。


 視界がすべて、真っ赤に染め上がったかと思うと。



 わたしたちも、後輩たちも――――。



 …………なんともなかった。



「――な!?」



 杖を振り、おそらくわたしたちを地獄の業火並の炎で包んできたであろう、最後の魔女ヤーガは……無傷な魔法少女六人を見て、驚愕の表情を浮かべる。


 だけど、まぁ……流れを考えたら順当なところよね。



「助かったわ、お母さん!」


「戦闘中は魔法少女名で呼ぶのがマナーってもんよ……チャームサーモン!」



 そんなセリフを吐きながら、空からゆっくりと降りてきたのは――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人。



「……なーんか、外野が最強レベルに盛り上がってるんですけど? これはちょっと――いつも以上にトップレベルに頑張んなきゃ、一段落ちちゃうね!」


「自分たちのステージを、先輩方が温めてくれたんすよ……このフェスはさすがに、最高潮までロックしないとっすね!!」


「そうなのです……南関東において、いにしえより紡がれてきた、この絆! 今、わらわたちが花となり、この理想郷ユートピアに咲き誇るときなのです!!」



 緒浦おうら雛舞ひなむが、黒い刀身の竹刀『魔天の剣』を。


 茉莉まつり百合紗ゆりさが、キャスター付きの黒縁の姿見『魔天の鏡』を。


 鈴音りんねもゆが、左手の薬指に付けた黒いエンゲージリング『魔天の雫』を。



 それぞれ構えて。



「魔天の雫の加護を浴び……」

「魔天の鏡の加護を浴び……」

「魔天の剣の加護を浴び……」




「「「――――今、咲き誇れ! 百花繚乱!!」」」

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