ドッカ~ン! 4-4「もう一度だけ……力をちょうだい!!」

 もう一度――魔法少女キューティクルチャームに、変身する?



 トライアングルサガの放った、思いがけないその問い掛けに。

 わたしは固まったまま……何も答えられない。



 地獄みたいな日々だった。


 魔法少女に憧れてた小さな女の子が、成長とともに恥を覚えて絶望して。

 それでも辞めさせてもらえなくって……どんどんやさぐれて。


 半年前、ようやく役目を終えたんだ。


 地獄アルスマギカを抜け出して――やっと普通の女の子に戻ったんだ。

 


 だから。わたしはもう。


 二度と魔法少女なんて――――。



「――――やるわ。わたしはまた、魔法少女キューティクルチャームに……変身する」



 ……ああ。


 わたしって本当に、くそ真面目な性格だな。


 自分でも笑っちゃうよ、ほんと。



 でも――地球の危機を。先輩の無念を晴らす手伝いを。後輩の大ピンチを。


 スルーできるほど、わたしは……普通の女の子じゃ、ないみたいだわ。



雪姫ゆきひめ薙子なぎこ。あんたたちは――どうする?」


「……わざわざそれ、聞くのぉ?」



 わたしの質問に、間髪入れずに雪姫が声を上げた。


 呆れたような、ちょっと拗ねたような、相も変わらず可愛い声色で。


 それからわたしの隣に立って、雪姫は「えへへっ」と笑う。



「ゆっきーはね、どんなときだって……ほのりんと一緒だから。ほのりんの想いと、一緒だからさ……行こっ? 地球も後輩も、先輩の心も、ぜーんぶ救うために★」


「うん。ありがとう――雪姫」


「本当にお前は、ほのりのことが好きだな。雪」



 薙子が苦笑しながら、雪姫を見てる。


 そして、ゆっくりとわたしの方へ視線を向けると――。



「いつまで経っても、学級委員タイプだな。お前は」


「一生変わんないんじゃない? 三つ子の魂百までって言うし」


「そうだな。お前も雪も、変わらない……だから、安心したよ。受験が終わったら、たまには遊びに行こうな。二人とも」



 そう言って薙子は、わたしの隣に立った。


 魔法少女のことには触れてなかったけど――肯定だと受け取るわよ。


 義理と人情で生きてる、わたしの大事な幼なじみさん?



「……おそらく、『リバイバルクリスタル』を使えるのは、あと一回だけだお」



 トライアングルイーターが、小さな声で告げる。



「『ミッドナイトリバイバルカンパニー』の一件のときに――相当酷使してたから。エターナル∞トライアングルの復活だけで、少しひび割れたんだお」



 確かに。

 水晶玉を覗き込むと、細かいひびが刻まれてる。



「これでキューティクルチャームを復活させれば、相当な負荷が掛かるだろうからな。貴様らの復活で、おそらく打ち止めだ。だから……私たちにとっても貴様らにとっても、これが本当の――『最後の変身』」



 トライアングルスリーパーが、淡々とした口調で告げる。


 そうか……これが、最後か。



 まぁ、もともと半年前に引退した身だしね。


 最後の花火を――打ち上げてやるとしようじゃない。



「わたし……この戦いが終わったら、魔法少女を完全に辞めるんだ。だから――最後にもう一回だけ、魔法少女をやりたい。二人とも……付き合う準備は、OK?」


「当然っ! よぉっし、頑張るぞぉ★」


「ああ。ラスト一暴れ、するとしようか」



 パチパチパチと……なんか唐突に、拍手が聞こえてきた。


 わたしは思わず、拍手の音の方へと振り返る。



「か、会長! 会長じゃないですか!!」

「それに会長補佐のお二方も……一体、どうされたんですか!?」



 意味不明な盛り上がりを見せているのは、殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの応援団『愛と裏切りの魔天に憂う』(笑)の連中。


 地面に崩れ落ちて悲嘆に暮れていた連中は、一斉に立ち上がると――二列に分かれて、三人の男たちが歩く道を作った。



 そう。その三人の男たちとは…………。



「会長補佐――犬黒いぬぐろまさる! 番長に踏まれる夢を、今でも毎日のように見ます!! 番長……ゴミを見るような目で見てぇぇぇぇぇ!!」


 元・番長応援団長の、やばい性癖を抱えた犬黒。なぜかスーツ姿。



「同じく会長補佐――猿輝さるきつとむ! わしはのぉ……ソーセージを見るたびに、パウダースノウのことを思い出すんじゃ。男のだって、可愛いければ正義ぃぃぃぃぃぃぃ!」


 元・パウダースノウ応援団長の、やばい性癖を抱えた猿輝。なぜかスーツ姿。



 そして――。



「『愛と裏切りの魔天を憂う』会長――雉白きじしろともだ。サーモン……久しぶりだね? 俺たちさ、高校を中退して、全国の魔法少女を応援するNPO法人を立ち上げたんだ。少しでもキューティクルチャームの後続を支えられるようにって……笑っちまうだろ? それくらい……サーモン。俺は君のことが、好きだったんだ」



 いや、笑えねぇよ。


 高校中退して、魔法少女を応援するNPO法人の立ち上げ? 引きこもりの百合紗ゆりさを越える人生の捨てっぷりだな!


 お前の人生それでいいのかよ……元・サーモン応援団長の、雉白よぉ?



「よし、犬黒、猿輝! 久しぶりに決めるぜ?」


 人生を捨てた三人が、スーツ姿でポーズを決めると。



「GOOOOOOOOOOオオオオオオ! キュゥゥティクルゥゥゥゥuuuuッ!! LOVELYYYYYYYYYイイイイイイイイ! チャァァァァァァaaaaaムゥゥゥゥゥuuuuuuッ!! ウリイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


「うっさい、死ね」



 もう言語の体裁すらなしてない絶叫をする三人組に、わたしは思わず暴言を吐く。


 そんなわたしを、苦笑しながら見守ってる雪姫と薙子。



 そのとき――魔女宮殿バベルの下部に据えられた、オレンジ色の球体が回転をはじめた。



「やば……あれ、レーザーの第二波が来るんじゃない!?」


「ほ、ほんとだ! しかもさっきよりなんかエネルギーが強いような……こんなの食らったら、地上は吹っ飛んじゃうよ!!」


「変身……駄目だ。間に合わないだろ、これ」



 ああ、やっちまった。


 こんな元・応援団のくだらない一幕を見ている間に、詰んだ。


 はい。しゅーりょー。今まで応援、ありがとうございました。



 そして、わたしたちの方を目掛けて。


 強力なレーザー光線が、放たれて――――。



「だから……そんな顔、しないんだっての」



 地上に着弾する直前。


 レーザーは何かバリアのようなものに当たって、雲散霧消した。



 そのバリアを作っているのは――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人。



「これ……わたしたちが初めてブラックウィザードと戦ったときに、お母さんたちが使ってた技……」


「ほれ、呆けてんじゃないっての。ほのり! シャキッとしなって!! これからあんたは――後輩たちを助けに行くんでしょ?」


「雪姫。殲滅魔天ディアブルアンジェにヤキを入れてこい。先輩の助けを借りられるのは……これが最後だ。しっかりやれと、一発ビンタでもかましてこい」


「薙子。ディアブルアンジェのことは――頼んだお。ふーちゃんたちはこの、物騒なレーザーを撃てないように、魔女宮殿バベルをぶっ潰すお!!」



 先々代の南関東魔法少女・魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人に、活を入れられて。


 わたしはまっすぐ背筋を伸ばして……どうしても聞きたかったことを尋ねた。



「お母さん。このバリア……なんで『ブラックチャクラ』戦のとき、生身で使え――」


「さぁ、さっさと行ってきな! 魔法のゴム――『♂ラブクリエイター♀』!!」



 無駄にわたしの言葉を遮ったお母さんは、手にした名状しがたいゴムをしならせて。


 わたしたち三人と、白蛇妖精ニョロンを。



 まるでパチンコ玉みたいに――魔女宮殿バベルに向かって射出した。



「ぎゃあああああああ!? し、し、死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」



 上空に浮かぶ魔女宮殿バベルは、雲を突き破るほどの高さにある。


 そこに届くような勢いだから――当然、凄まじい速度でわたしたちは打ち出されてる。


 魔女宮殿バベルよりも高い位置まで飛び上がってから、わたしたちは……放物線を描くように落ちていく。魔女宮殿バベルの屋上を目指して。



 ……って、こんなスピードで着弾したら、絶対死ぬよね?


 まだ変身してないんだぞ!? 正気か、あの母親は!?



「ほのーり、相変わらずにょろね……魔法少女はいつだって無敵のスマイルにょろ。そんな、蛙を潰したような声を出すのは、下品にょろよ?」


「ふざけんな、このクソ蛇! まだ再変身してないんだから、わたしたちは普通の! 人間なの!! 普通の人間は死を悟ったら、全力で叫ぶんだよ馬鹿!!」



 ――ああ、こんなやり取りも、なんか懐かしいな。


 昔はよく、この無神経なニョロンを、全力で蹴りつけたり踏みつけたりしてたっけ。



 …………踏み、つける?



「そっか! よし、雪姫、薙子!! いいこと考えたぞ!」


「奇遇だな。あたしも今……多分、同じことを思いついた」


「えっとぉ……ニョロちゃん、ほんっとーに、ごめんねっ?」


「にょろ?」



 いまいち事態が呑み込めていないニョロンを、無視して。


 わたしは中空を舞いつつ、必死にニョロンを引っ張って、エアバッグ代わりにすると。



 そのまま――ニョロンに向かって三人でボディプレスをするような体勢で、魔女宮殿バベルの屋上に着地した。



「ぐぼらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 ニョロンが、断末魔みたいな叫びを上げたけど……あんたの可愛い魔法少女たちを護れたんだから、本望でしょ?


 いつもクソ蛇なんて言ってごめんね?


 ありがとう、ニョロン――エアバッグ代わりになってくれて。




 ――と、そんなこんなで。


 わたしと雪姫と薙子は、魔女連合サバトの本拠地・魔女宮殿バベルに到着した(ニョロンはぴくぴくしながらへばってる)。



「……なぁに、こいつらぁぁぁ? 殺していい? 殺していい?」

「急くなヴァルプ――そなたらは、何者だ?」



 鉄仮面をかぶった魔女と、銀色の瞳をした妖艶な魔女が、目の前に佇んでいる。



 確かこの鉄仮面は――夜の魔女ヴァルプ。


 そして、もう一人の魔女が――最後の魔女ヤーガか。



「せ、先輩方……? ど、どうしてここに……!?」



 地べたに倒れ込んだまま、ぐぐっと顔を上げるのは――鈴音りんねもゆ。ノワールアンジェに変身する、ディアブルアンジェのリーダー。


 この魔女二人組の攻撃で、変身が解除されたのか、黒いケープ姿でこちらを見ている。



「危ないっすよ、先輩たち……そいつら、相当デスメタルっすから……」


「頂点に立つうちでさえ、苦戦してんだよ!? 先輩たちはもう変身できないんだから、早く逃げなって!!」



 青色ショートヘアの茉莉まつり百合紗ゆりさ

 茶髪にカチューシャをつけてる緒浦おうら雛舞ひなむ



 PCアンジェとトップアンジェの二人も変身解除されて、ぐったりとしたまま、わたしたちに言葉を掛けてくる。



「ぎゃああああ!? なんかニョロン先輩が地球に帰ってきてて、しかも蛇の抜け殻みたいにへにゃって潰れてるがぶぅぅぅ!?」


 あと、三人を遠目に見守ってたワニ妖精ガブリコが、なんか絶叫してる。



「先輩? そうか――そなたらが、先代の南関東魔法少女か」



 そんなざわつきを横目に見ながら。


 最後の魔女ヤーガとやらが、ゆっくりわたしたちに顔を向けて――妖艶に微笑んだ。


 そして、低いようで高いような不思議な声で。



 わたしたち、過去の魔法少女の名を呼んだ。



「魔法少女キューティクルチャーム……その名前は、よく知っているよ。魔法連盟アルスマギカに牙を剥いた『ミッドナイトリバイバルカンパニー』と戦い、それを打ち破った――魔女連合サバトに知らぬ者はいない魔法少女たちだ」


「その言い方は語弊ない? なんかそれじゃあ、わたしたちが魔法連盟アルスマギカに味方したみたいじゃないの。わたしたちも、魔法連盟アルスマギカなんかぶっ飛ばしたいくらい嫌いなんだけど」


「ふふ……安心せよ。そなたらの功績は理解している」



 最後の魔女ヤーガは、両手を広げて穏やかな声で応える。



「あの戦いで、魔法連盟アルスマギカの魔法少女システムの問題が顕在化し――結果的に魔法連盟アルスマギカは革新派により生まれ変わった。それはとても、意味のあることだったと……我は思うよ」


「あのブラック企業より真っ黒な魔法連盟アルスマギカも、あれでちょっとは変わったんでしょ? だったら、あんたがこうしてクーデターを起こしている意味は、なに?」


「――繰り返し、だろう? この世界は」



 最後の魔女ヤーガの声が、少しだけ険しいものになる。



「地球という星も、戦争の悲劇を知りながら、幾度となく戦争を繰り返してきたのだろう? 魔法連盟アルスマギカも同じだ……世界というものは、生物というものは、歴史を知りながらも同じ過ちを繰り返す。なんとも虚しいとは思わないかね?」


「……虚しかったとしたら、なんなわけ?」


「一度変わったとしても、必ず歴史は繰り返される。そうだとすれば、この歴史にピリオドを打つことこそが、世界が滅びることこそが――本当の意味での解決ではないか?」



 はぁ……と、わたしはため息を吐きながら、偉そうな講釈を垂れる魔女を睨んで。



「――ばっかじゃねーの!? このクソ魔女が!!」



 繰り返すのが虚しい? 滅ぼして解決?


 あんた、それを――8年3か月、89組織と戦う間、魔法少女を辞められなかったわたしに言うか!?



 ああ……なんかすっげぇ、ムカついてきた。



「雪姫! 薙子! 行くわよ……この思考停止した、安直な馬鹿の計画なんざ、ぶっ潰してやるんだから!!」


「ほのり先輩、何を言っているのです!? 先輩方は、今や普通の人間! この魔女と戦う力なんて、あるわけが……」



 そうよね、普通はそう思うわよね。


 だけど、わたしの手の中には今――『リバイバルクリスタル』がある。



 お願い、時の宝珠『リバイバルクリスタル』。


 わたしたちに、もう一度だけ……力をちょうだい!!



「な……なんだこの光は!?」



 わたしの持つ『リバイバルクリスタル』から、虹のような光が溢れ出す。


 ビシッと、さっきまでよりも深いひびが、『リバイバルクリスタル』に刻まれた。


 そして――わたしたちの手の中に現れたのは。



 キューティクル勾玉。キューティクルミラー。キューティクルソード。



 あの、忌まわしくも懐かしい、変身アイテムたちだった。



「さぁ変身よ、みんな! キューティクル勾玉エナジー……」

「もっちろん★ いっくよぉ! キューティクルミラーエナジー……」

「久々に、暴れるか。キューティクルソードエナジー……」




「「「――――チャームアップ!!」」」

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