ドッカ~ン! 4-3「悪い奴らは……皆殺しっ☆」

「ふーわふわふー、ふわふわふー!」…………いい大人が!


「ふーわふわふー、ふわふわふー!」って!! やべぇ、マジしんどい!



 だけど、そんな控えめに言って恥でしかない呪文が……妙に心地良い。


 そりゃあそうか。

 だって、この呪文は。


 わたしがちっちゃい頃に、腐るほど聞いてた……。



 魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの、変身呪文なんだから。



 オーロラのような光に包まれながら、三人がくるくるとアイススケートのように大地を舞い――次第に姿を変えていく。



 まずは――お母さん。


 腰元まで伸びた、ウェーブ掛かったピンク色の髪。瞳の中には、無数の星が散っている。

 桃色ニットのセーターみたいなコスチュームの背中は大きく露出されていて、下にはスパッツを穿いている。


 いわゆる「童貞を殺すコスチューム」。ちなみに脚は、完全なる素足。



 続いて――塔上とうじょう先生。


 真っ青な髪の毛を、左右に二つ、お団子状に纏めている。

 コスチュームは、ただの黒いジャージ。もう、本当にジャージ。


 そして右手に抱えているのは、青色の枕。



 最後は――風仁火ふにかさん。


 黄色い髪をツインテールに結って。

 不思議の国から来たような、可愛らしいチェック柄のエプロンドレスを纏っている。


 そして両手に構えた、ナイフとフォーク。




 お母さんが腰に手を当て、身体を捻って振り返る。


「トライアングルサガだけど、何か質問ある?」



 塔上先生がヤンキー座りをして、睨みを利かせる。


「トライアングルスリーパー。以上」



 風仁火さんが頬に手を当てて、内股気味にウインクを決める。


「今日もあなたを食べちゃうお☆ トライアングルイーター!」



 トライアングルサガ    = 性欲

 トライアングルスリーパー = 睡眠欲

 トライアングルイーター  = 食欲



 三大欲求の戦士――先々代の南関東魔法少女の三人は、思い思いのポーズを決めて。



「鳴り響け、希望の福音!」


「「「魔法乙女隊エターナル∞トライアングル!!」」」



 そして――三人揃って、親指で自分の首元を刈るようなモーションを取りながら。



「「「悪い奴らは……皆殺しっ☆」」」




「エ……エターナル∞トライアングルっ!?」


「な、なんで風仁火さんたちが……魔法少女に!?」


 雪姫ゆきひめ薙子なぎこがめちゃくちゃ驚いてるけど――うん、そうだよね。分かる。


 わたしなんかびっくりしすぎて、声すら出なかったもの。



 マジでなんで変身できるんだ……やっぱり人外なんじゃない? この人たち。


 ちょっとだけ――羨ましいとか思ってしまったのは、絶対に内緒だけどな。



「さぁてっと……欲求不満を、解消しにいこっか? スリーパー、イーター」


「貴様、順応速度が凄まじいな……私は正直、またこの姿になったことに絶望しているよ。イーター、後で請求書を送っておくからな。百万円ほど」


「ふざけるなお! 魔法少女に変身したんだから――ちょっとは真面目にやるお!!」



 三人で、思い思いの気持ちを表明してから。


 最初にお母さんことトライアングルサガが――物凄い勢いで、ダストウィッチたちに向かって飛び出した!



「よーし、久々にイクよ! 覚悟してちょうだい!!」


 サガが四角い小袋を取り出し、ビリッと破った。

 その中から現れたのは――名状しがたいゴム製品のようなもの。



「魔法のゴム『♂ラブクリエイター♀』――膨、らめぇ!!」



 サガのなんとも言えない叫びとともに、とんでも魔法アイテムが肥大化した。


 キノコのような形状に広がったそのゴムの中に、黒い影は吸い込まれて、先端部が――もう説明しなくていいかな、これ?



 ちっちゃい頃は意味も分からず応援してたけど、これ酷いわ。色情魔とか言われるわ、そりゃあ。



有絵田ありえだ……いい顔だ。絶望しろ。自分の母親の、どうしようもない姿にな」


 悪役としか思えないセリフを吐いたのは、トライアングルスリーパー。



 そんな彼女は――車に乗っている。


 ハンドル部分に置かれてるのは、スリーパーの青い枕。



「魔法の車『眠眠大破みんみんたいは』――眠れ愚民ども」



 スリーパーは『絶対零度』の声色でそう言うと、アクセルを踏んだまま……枕に突っ伏して眠りはじめた。


 蛇行運転する車はダストウィッチたちを、容赦なく轢きなが――やっぱ説明しなくていいかな、これも?



 ちっちゃい頃ですら、「これ居眠り運転じゃね?」って思ってたけど。


 大人になって分かった……これ、普通に居眠り運転だわ。


 なんだよ、居眠り運転しながら敵を撥ねていく魔法少女って。



「はぁ……久しぶりに見ても、やっぱり醜悪な仲間たちだお……」


 リバイバルイーターではなく……トライアングルイーターの姿でそうぼやいてから。



 イーターはエプロンドレスのポケットに手を突っ込むと、その中から――大量のお菓子をばら撒いた。



「魔法のお菓子『スイーツバイキング』――お腹いっぱい、メルヘンになぁれ!!」



 飛んでいったマカロンが、シュークリームが、チョコレートが。


 とんでもない火力で爆発したり、凄まじい雷撃を放ったりしている。


 メルヘンっていうか、本当は怖いグリム童話の方が近い気がする。



 まぁ、こんなんでも他の二人に比べたら、魔法少女らしいって思っちゃうけどな。


 これが麻痺ってやつか。



 そのとき――ビシリビシリと、空がひび割れて。


 バリンッと……ガラスみたいに、空間に穴が開いた。



 今から八年九か月前……わたしが、魔法少女になったとき。


 半年前……わたしが、魔法少女を引退したとき。



 見たことのある光景が、今――目の前に広がっている。



「ぱおーん!」

「にょろーん!!」



 そして懐かしい声とともに、目の前に二匹の獣が出現した。


 一匹は、巨大なインド象の姿をした、つぶらな瞳の妖精――パオン。



 それと、もう一匹。


 蛇なのになぜか二足歩行をしてて、ふんどし姿で赤い舌をちろちろさせてる……白蛇妖精の……。



「……ニョロン」

「ほのーり! ゆーき! なぎー! 久しぶりにょろ!!」



 やめろよ、蛇面のくせに笑うのは。


 わたしは、は虫類と再会できた喜びなんかで……泣きたく……ないんだよ。



「パオン!!」



 そして、ニョロンの隣に佇む巨大インド象妖精のもとに――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人が駆け寄る。


 よく見たら、あんなに無数にいたダストウィッチが、一体残らず消滅してる。相変わらず、滅法強いな。この人たち。



「パオン……よかった……生きて……」


「おい。目から肉汁が出てるぞ、食欲魔人」


「ぶっ殺すお! 人の心も持たない、この骸骨女!!」


「風仁火……いや、トライアングルイーター。心配を掛けたでござるぱお。トライアングルサガ、それにトライアングルスリーパーも」


「あっはっはっは! 心配なんかしてないって。パオンなら絶対、生きてまた会えるって、信じてたしね!!」


「まぁ……象皮にされてなかったのなら、よかったよ。本当にな」



 魔法少女の姿になった三人と、妖精インド象パオン。


 それは、わたしが小学生だった頃――まだ魔法少女に憧れていた頃。


 ずっと背中を追い掛けていた、最強の魔法少女チームの集結だった。



「で……でもニョロン。あんた、なんでまた地球に? 役目を終えた妖精は、魔法連盟アルスマギカに帰るんでしょ?」


「それがミーにも分からないにょろ。急にパオン先輩と一緒に、こちらの世界に引き寄せられたにょろ。次元変換コンバーターも使ってないにょろに……それに魔法乙女隊エターナル∞トライアングルまで変身してて……一体、どういうことにょろ?」



「――その答えは、これだお」



 わたしと同じ疑問を口にしたニョロンに、答えるように。


 トライアングルイーターが、見覚えのある水晶玉・・・を天にかかげた。



「――時の宝珠『リバイバルクリスタル』! そっか、なるほどっ!! 願いをかければ、時間を巻き戻すことができる魔力結晶……まだ現存してたんだねっ!」



 相変わらずの記憶力だな、雪姫。


 見ろよ。薙子なんてアゴに手を当てて、首をかしげてんぞ?



「『リバイバルクリスタル』――これを使って半年前、ふーちゃんは『再雇用魔法少女』になったお。それと同じ原理で」


「私たちは、こうして――再び魔法乙女隊エターナル∞トライアングルになった。パオンとニョロンがこうして、魔法連盟アルスマギカからこちらの世界に来たのも、すべて……この水晶の力を使った結果だ」



 すげーな、『リバイバルクリスタル』。


 最初に持ってきたのが、変なカレーの敵組織だったとは思えない活躍っぷりだ。



「……私らは、イーターの無念を晴らすために、もう一度変身する決意をした。そのために、『リバイバルクリスタル』の力を使ったわけよ。そして、『リバイバルクリスタル』に残ってる魔力は――あと僅か」



 そう言って。


 トライアングルサガは、トライアングルイーターから『リバイバルクリスタル』を受け取ると……わたしの前に歩み寄った。



 ピンク色のウェーブ掛かった髪の毛を揺らしながら、柔和な笑みを浮かべている――わたしの先代に当たる、魔法少女のリーダー。



 そして、トライアングルサガは……わたしのお母さんは。


 穏やかな声で、告げた。




「あんたたちは、どうしたい? もう一度――魔法少女キューティクルチャームに、変身する?」

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