ドッカ~ン! 4-2「何か問題が起こったときは……連帯責任だと」

「……なんだ、あれ?」


 薙子なぎこのバイクに乗りながら、目的地を探していると。


 なんだか地面に座り込んだり突っ伏したりして、悲嘆に暮れてる人たちが視界に飛び込んできた。



 あれは確か……。



「あ、殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの応援団――『愛と裏切りの魔天に憂う』だっ!」


雪姫ゆきひめ……あんたよく、そんなふざけた名前、さらっと出てきたわね。わたし、マジで思い出せなかったわよ」


「どうでもいいけど、名前ダサいな」



 薙子が応援団のそばで、バイクを停めた。

 応援団たちは空を見上げて、思い思いの言葉を叫んでる。



「嗚呼……我は何故、前世の主人であるノワール様の傍にいられないのか……この終末の空で、貴方は何を想うのでしょう……ノワール様」


「ぎょぎょーん ぎょぎょーん 愛する貴方は♪ うおーん うおーん 釣れない男♪ 想いはくるくるお寿司のように♪ 回って回って へい一丁♪」


「トップアンジェ萌えぇぇぇぇぇぇぇ!! 世界一しゅきれしゅううううううううう!!」



 ……控えめに言って、ドン引いたわ。


 さすが『愛と裏切りの魔天に憂う』なんてクソみたいな名前付けて、魔法少女の追っかけやってる奴らなだけある。格の違う気持ち悪さだわ、これは……。



 こいつらよりはまだ、キューティクルチャーム応援団の方がマシだったかもね。


 あー、そういや雉白きじしろくんって生きてるんだっけ? なんか急逝したって思ってたけど、勘違いかな?



「ほぉら、ほのりんっ。ボーッとしないのっ! ここはそう、修羅の場所なんだよっ!!」


「まぁ確かに、かつての群馬以上だもんな。現状のやばさ」



 雪姫と薙子が、そんな風に言うので。


 わたしも気持ちを切り替えて、ゆっくりと顔を上げた。



 ……そこにあったのは、黒く輝く宮殿だった。



 宮殿とともに、岩肌をそのまま削り取ったような地盤も、宙に浮かんでいる。


 そして、その真下に当たる部分にはオレンジ色のメカニカルな球体が埋め込まれていて、妖しい光を放ってる。


 千葉県の上空を、まるでおとぎ話のお城みたいに浮遊する……そんな不気味な宮殿。



 ――魔女宮殿バベル



 殲滅魔天ディアブルアンジェの最初の敵組織である、魔女連合サバトの本拠地。


 その異様な光景に、ごくりの生唾を飲み込むわたし。



「あのオレンジ色の丸いやつが……さっきニュースで言ってた、レーザー光線の射出口ってわけね」


「ねぇ、ほのりん、薙ちゃん……なんかきゅるきゅるーって、変な音しない?」


「おそらく、第二波に備えてエネルギーを溜めてるんだろ」


「威力が強いからチャージしないと撃てない系か……でも、最後の魔女とやらに押されてるってなると、ディアブルアンジェが次のレーザーを食い止められる気がしないわね」



 考えれば考えるほど、状況がやばいってことが伝わってくる。


 魔法少女キューティクルチャーム時代も――クライマックスで地球の危機になることはあった。



 第3の敵組織『デススウィーツワールド』をはじめ、10番目くらいまでは、そこそこピンチになってた気がする。


 それ以降は、どうしようもない雑魚が大半だったけど。まぁそれはそれとして。



 中でも最大の危機に陥ったのは――間違いなく、第1の敵組織『ブラックチャクラ』の支配者・ブラックウィザードとの最終決戦のとき。



 あのときを思い出すだけで、身震いしちゃう。


 それくらい、あの戦いは凄まじいものだった。



 わたしたち魔法少女キューティクルチャームは追い詰められて……もう駄目かもって、諦め掛けるほどだった。



 だけど、そんな大ピンチに。


 先輩が――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルが駆けつけて。


 わたしたちの背中を支えてくれたから……どうにか撃破することができたんだ。



「……雪姫、薙子。わたしたちって、無力だよね……」



 悔しくって情けなくって、わたしは拳を握り締めたまま俯く。


 本当にごめん……もゆ、百合紗ゆりさ雛舞ひなむ



 わたしたちのときに助けにきた先輩たちは、もう変身なんてできなくなってたのに――当たり前みたいに、無変身のままバリアみたいなのを張って、ブラックウィザードの攻撃を防いだ。



 あんな力は……わたしたちにはない。


 っていうかあれ、八年近く経った今でも、どうやったのか分かんないんだけど。


 あの人たち、本当に人間なのかな……?



 ――とにかく。



 駆けつけはしたけど、わたしたちに何ができるのか。


 分かんなくって、本当に……本当に。



 悔しい。悔しいよ、ちくしょう……っ!



「なぁに、情けない顔してんのよ」



 そうやって、呆然と立ち尽くしているわたしの後ろから――。


 十八年間聞き慣れた……優しい声がした。



 わたしは弾かれるように振り返る。


 そこにいたのは。



 有絵田ありえだ麦月むつき塔上とうじょうどくみ。穂花本ほかもと風仁火ふにか


 先々代の南関東魔法少女――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人だった。



「な……お、お母さん……? それに塔上先生、風仁火さんも!? な、なんでここに!?」


「いやぁ、ほのりを見送ったのはいいけどさ。やっぱり可愛い我が子の大学受験だし、なーんか落ち着かないじゃない? で、学校までどくちゃんに会いに行ったわけよ」


「勘違いされるのが不愉快だから補足するが、職員室に入ってきた時点で、私は窓から突き落とそうとしたんだぞ? だが、校長たちに止められて……やむをえず生かしている」



 そりゃあ校長も止めるだろうよ。


 急に職員室で、担任教師が生徒の保護者を殺害しようとしてるんだから。



「そんなこんなで、どくちゃんとドライブに行くことになったわけよ。今日は受験だから、どくちゃんも授業とかなくて暇そうだったしね! あっはっはっは!!」


「殺すぞ。誰が暇だ。騒々しい生徒どもが不在の時間帯こそ、雑多な業務を片付ける絶好の機会だというのに……貴様が盛りのついたガキのように騒ぐから」


「それで、このどくろ女が、ふーちゃんに連絡してきたんだお。『二人でいたら頭がおかしくなりそうだ。地獄まで道連れになれ』って……もちろん、断ったお」



 断ったんだ。まぁ断るか、そんな文面じゃあ。



「既読無視なんて、豚肉風情がいい度胸だと思ってな。こいつの家のインターフォンが壊れるまで、チャイムを乱打してやった」


「楽しかったよねぇ! なんか、ピンポンダッシュしてるようなイケない感じが!!」


「ふざけるなお、鶏ガラも、淫らも! こっちは一時間近くチャイムが鳴り続けて、おかしくなるかと思ったお!!」



 鶏ガラと淫ら……うちのお母さん、淫らとか言われてんのか。最悪だな。


 とんでもない暴言のオンパレード。


 さすが魔法少女の先輩方は格が違う。ぜってー真似したくないけどな。



「……えっと。まぁそれはいいとして……なんで三人揃って、ここに?」


「いやさ。楽しくドライブしてたら、ラジオで殲滅魔天が大ピンチだって流れてきてね」


「私は放っておいて、現役に任せろと言ったんだがな。この色情魔が騒がしいのと……風仁火がな。どうしても行きたいと」


「――ふーちゃんに、責任がないわけじゃないからね」



 風仁火さんがふっと、上空に浮かんだ魔女宮殿バベルに視線を向ける。



「パオンとふーちゃんが『ミッドナイトリバイバルカンパニー』を結成して、魔法連盟アルスマギカに対して反乱を起こしたことが――魔女連合サバトを生み出すきっかけになった。だから……この地球の危機は、ふーちゃんにも責任があるんだお」


「風仁火さん……」



 風仁火さんは元々、責任感が強い人だからね。


 パオンが帰ってからも人知れず、悩んでいたのかもしれない。


 だからこそ、この危機的状況を……見て見ぬふりなんて、できなかったんだ。



「風仁火さんの気持ちは、分かります。麦月さんも、まぁこういうの喜んで来そうだし……どくみさんが来たのは、あたし的には、ちょっと意外ですけど」


「なに言ってるの、薙ちゃん! 塔上先生はね、こういうときは絶対来るに決まってるよっ。だって、風仁火さんの――『心残り』なんだもんっ★」


「――ちっ。勘のいい後輩は、嫌いだよ。あ、いや! 雪姫はまぁ……理事長の手前、好きだがな」



 凄まじい忖度の現場を目撃した。


 そして塔上先生は、雪姫や薙子から視線を逸らすと――風仁火さんの隣で、一緒に上空を見上げた。



「よく学校で教えるだろう? 何か問題が起こったときは……連帯責任だと。だから、この馬鹿の起こしたツケは――一緒に払ってやるしかないんだよ。一応、かつて……魔法少女チームを組んでいたわけだからな、私たちも」


「ツケを払うだけじゃなくって、ぷにちゃんの無念を晴らすのも……手伝いたいしね!」



 塔上先生と風仁火さんの肩にガシッと腕を回して――お母さんが、ニカッと笑った。



「なんたって、私らは――南関東史上、最強の魔法少女チーム。魔法乙女隊エターナル∞トライアングルなんだから!!」



 ――――そのときだった。


 ボタッと言う、嫌な音がしたかと思うと。


 ゆらゆらと陽炎のように揺れながら、地面から『黒い影』のような人の形をした何かが、無数に出現した。



「な、なにこいつら!?」


「ほのりんっ! これは魔女連合サバトが魔女の血液から造り出した――ダストウィッチ!! いわゆる、雑魚兵士系の敵だよっ!」


「ちっ……囲まれたぞ。失敗したな……鉄パイプ、持ってくればよかった」



 相変わらず鉄パイプしか脳のない二十歳は置いといて。


 さて、この状況……どうやって乗り切るか……。



「よーっし! じゃあ、久しぶりに行くよ――どくちゃん、ぷにちゃん!!」


「仕切るな淫獣。おい、風仁火……久方ぶりの運動で、脂肪と一緒に溶けるなよ? 後はついでに――ツケと無念は、まとめて精算しろ」


「うっさいわね、このどくろ女! 言われなくても分かってるお、ふーちゃんがやるべきことくらい……ありがとうね。麦月、どくみ」



 お母さんが髪の毛を掻き上げて、右耳を露出させた。

『♂♀』という嫌なマークが彫られた、桃色の勾玉型イヤリング――『サガジュエル』。


 塔上先生が、ポケットからコンパクトを取り出した。

『枕』の絵が背面に彫られた、青色のコンパクト――『スリーパーミラー』。


 風仁火さんが、ポシェットから食事用のナイフを取り出した。

『マンガ肉』が刀身に彫られた、黄色いナイフ――『イーターナイフ』。



 そして三人は、口を揃えて。


 あの呪文を――唱えたんだ。




「「「ふーわふわふー、ふわふわふー!」」」

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