最終話 チャームアップ☆明日に向かって

ドッカ~ン! 4-1「何もせず見てるだけなんて、わたしにはできないから」

 ――――気が付いたらわたしは、冷たい風が吹く中、全力で走っていた。


 試験会場だった大学を飛び出して。

 ひとけのない道を、ただひたすらに、がむしゃらに。


 走っていた。



「……もゆ……百合紗ゆりさ……雛舞ひなむ……みんな……っ!」



 緊急ニュースによると、魔女連合サバトの地上侵攻が本格化したらしい。


 魔女連合サバト――殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェにとって最初の敵組織。


 この半年間、ディアブルアンジェは魔女連合サバトと戦い続けてきた。

 そして、ついに千葉県上空に出現した本拠地・魔女宮殿バベルに乗り込んだディアブルアンジェは、最後の魔女ヤーガとの最終決戦を開始した。



 だけど……ヤーガの力は、想像を絶するもので。

 ディアブルアンジェは、かつてない苦戦を強いられる。



 そんな中、魔女宮殿バベルが放ったのは――地上を一掃する力を持つレーザー光線。


 ディアブルアンジェが決死に防衛して、どうにか太平洋まで逸らしたものの――南関東を揺るがす大地震が発生した。


 ……そして、今に至るってわけ。



「待ってなさいよ……後輩たち」



 そんな南関東――ううん、地球の危機を受けて、わたしがまさに臨もうとしていた大学受験は順延になった。当たり前だけどね。


 で、試験監督からはその場での待機を言い渡されたんだけど……わたしは我慢できなくって、飛び出してきたってわけよ。



 飛び出して何ができるのかって?

 ……うん。わたしもそう思う。



 わたしの手の中にはもう、キューティクル勾玉はない。


 八年三か月もの間、嫌々ながら変身してきたチャームサーモンには……もうなれない。



 魔法少女でもない普通の十八歳が、地球のピンチにできることなんか、あるわけないだろって?

 うっさいな。だから、わたしもそう思うって。



 キューティクル勾玉をニョロンに返した時点で、有絵田ありえだほのりは普通の女子高生に戻ったんだ。


 だから、今のわたしは受験会場で待機してる――その他大勢と、何も変わんない。



 でも。だけど。


 自分たちが役目を引き継いで。


 自分たちの教えを胸に戦ってる、大切な後輩三人を。



 …………何もせず見てるだけなんて、わたしにはできないから。



「やっぱり、ほのりんはずーっと、ほのりんだねっ!」



 そんなことを考えながら走ってるわたしの横に――一人の少女が追いついてきた。


 いや……少女じゃねーか。


 このくだりも、もはや伝統芸能みたいだな。



 なんて思いつつ、わたしは女装が習慣づいた色々手遅れな幼なじみ――雪姫ゆきひめ光篤みつあつを見る。



「……ちょっとぉ。フルネームを思い浮かべるの、やめてよねっ? ゆっきーはぁ、あくまでもぉ……美少女戦士ゆっきー★ なんだからっ!」


「なんであんた、普通にわたしの思考を読み取ってんだよ、魔法少女でもないくせに……でも、そこまでわたしのことが分かるってんなら……どこに向かってるのかも、当然分かってるんでしょ?」


「もっちろん! 殲滅魔天ディアブルアンジェのところ、でしょ? ほのりんの考えることなんて、いつだってお見通しだよっ!」



 OK。


 そこまで分かって一緒に来るってことは。



 雪姫、あんたも――わたしと同じ気持ちって解釈で、いいんだよね?



「――お前ら。走って魔女宮殿バベルなんて、どれだけかかると思ってるんだ?」



 キキィッと――タイヤがアスファルトを切りつけて。


 わたしたちの目の前に、グリーンカラーの見覚えのあるバイクが停止した。



 わたしと雪姫は、慌てて足を止める。


 そんなわたしたちの前で、ヘルメットを脱いで……艶やかな黒髪のポニーテールを露わにしたのは。



「……薙子なぎこ

「おう」



 気安い感じでそう応えると、もう一人の幼なじみ――新寺しんでら薙子なぎこは、わたしと雪姫に向かってヘルメットを放り投げてきた。



「乗れよ。どうせ、行き先は一緒だろ? ひとっ走り付き合え」


「何よ、あんた……まさかサボり魔のあんたが、魔女宮殿バベルに行こうとしてたってわけ? どうしたの、魔法少女辞めておかしくなったの?」


「……お前だけ置いていってやろうか? ほのり」



 いや、だってさ。


 現役時代にあれだけサボりまくってたくせに……こんなときだけ格好いい登場するから。茶々のひとつくらい、入れたくなるでしょうよ。



「でも、薙ちゃん。さすがにバイクの三人乗りは厳しくない?」

「ん。ほれ」



 雪姫の当然の疑問に、薙子がバイクを切り返し、わたしたちの死角になっていた左サイドを見せてくる。


 そこに取り付けられてるのは――同じくグリーンカラーの、サイドカー。



「うちのバイク店から、借りてきた。ほのりはあたしの後ろ、雪はサイドカーに乗れ」


「……あんた、マジでどうしたわけ? こんな用意周到なこと、する奴だっけ?」


「普段なら、しない。が……後輩を放って惰眠を貪れるほど、あたしも人間腐ってないんでな」


「そういうところ、薙ちゃんらしいよね。義理と人情! ってとこ……昔っから変わんないねっ★」


「人のこと言えるか? 誰にでもフレンドリーで、仲良くなった相手の面倒はとことん看る――無邪気で優しい、雪が」


「褒めてる?」


「まぁまぁ、な」



 そんな、どこか懐かしいやり取りをしてから。


 雪姫はニコニコしながら――薙子のバイクのサイドカーに乗った。



「ほのり、早く乗れ。お前みたいな奴が、この状況で魔女宮殿バベルに行かないわけないし」


「あー、それは言えてるねぇ。やっぱこういうとき、最初に突っ走るのは、ほのりんだよねぇ……なんたって、ほのりんは」



「「学級委員タイプだから」」



「……って、うっさいなあんたら!? なんでハモってんだよ!!」



 なんて、照れ隠しに大きな声を上げてから。


 わたしは思わず――ぷっと吹き出してしまった。



 そして、ヘルメットをかぶって、薙子の背中に掴まると。



「まぁ、ぐだぐだしてても仕方ないわ。行くわよ、雪姫、薙子――あの、世話の掛かって仕方ない、可愛い後輩ちゃんたちのとこへ!!」


「うん、もっちろん! 行っくよぉ……魔法少女キューティクルチャームッ★」


「しっかり掴まってろよ、お前ら」




 そして、わたしと雪姫と薙子は。


 二月の冷たい風が吹き抜ける中――後輩たちのもとへと、疾走するのだった。

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