ドッカ~ン! 3-8「今宵、この世界は……」

「それでは、受け取ったテスト用紙は、裏返しにしたままでお願いします」


 そんなアナウンスをしてから、試験監督の人がテスト用紙を受験生に配布した。



 テスト開始まで、あと一分くらいか。


 わたしはゆっくりと顔を上げて、天井を見上げる。



 緊張は、してる。

 だけど、朝みたいなお腹の痛みは、引いている。



 ――頭をクールにするわよ、ほのり。


 これまで戦ってきた、あほ丸出しの敵組織たちを思い出して。



 あいつらと対峙したときみたいに、緊張も不安もすべて、アドレナリン全開で吹っ飛ばして。


 わたしは、この受験戦争アルスマギカに――必ず勝ってやるんだから。



「はい。それでは、試験をはじめてくださ……」



 ――――――そのときだった。



 グラグラグラと、受験会場の教室が軋むほど揺れはじめたのは。



 切ってあるはずのみんなの携帯電話が、一斉にアラート音を鳴り響かせる。



 何これ?


 まさか、こんなタイミングで緊急地震速報!?



 混乱とざわつきの中で、みんながスマホを見はじめたから、わたしも横に習えで自分のスマホを取り出して画面を見る。


 そこには――――。



『緊急魔法速報』という赤文字が、表示されていた。



 …………なんだこれ?



「き、緊急魔法速報だよ、ほのりんっ!」


 少し離れた席にいた雪姫ゆきひめが、ガタンッと立ち上がると、声を張り上げた。



「皆さん、落ち着いてください。『緊急魔法速報』が出ました。いったん試験は、中断してください」



 試験監督の人が冷静な態度でそう言ったかと思うと、教室の前に設置されている大型TVをつけた。


 画面に映し出されるのは――L字テロップの入った、緊急生放送。



殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ 魔女連合サバトとの最終決戦に苦戦中 魔女宮殿バベルが射出したレーザーで大地震】なんて……やばそうな文言のL字テロップ。



 何これ……さっきの地震は、魔女連合サバトの仕業だってこと?



『くっ……頂点に立つうちに、こんな泥をつけて、なかなかやるじゃないのさ……』


 生中継に映し出されたのは――全身ボロボロになりつつ、よろよろ立ち上がろうとしている、トップアンジェの姿だった。



「な……雛舞ひなむっ!? なんであの頂点娘が、こんなボロボロに……」



 あまりの衝撃に、わたしはつい叫んでしまう。


 けれど、わたしの声も虚しく――真っ白なレーザー光線が、トップアンジェに向かって放たれた。



『――ブロックアバター!!』



 バチバチバチ……と、嫌な音を立てながら。


 レーザー光線が見えない光の壁のようなものにぶつかって、火花を散らしはじめる。



『今のうちに離れるっすよ、トップ!』

『助かったわ。さすがPC!!』



『――――させぬわ。愚かな、魔法少女どもめ』



 男性とも女性ともつかない、中性的な声が響き渡ったかと思うと。


 画面に映し出されてるPCアンジェの前に……いわゆる『魔女』が出現した。



 黒いとんがり帽子。黒いマント。

 片手に構えているのは、古びた木製の杖。


 血のように真っ赤なルージュが目立つ、整った顔立ちの妖艶な美女は……銀色の瞳を歪ませて、微笑む。



『爆ぜろ』



 言葉と同時に、耳をつんざく凄まじい轟音が鳴り響き――PCアンジェがデスクトップパソコンごと、吹っ飛ばされた。



百合紗ゆりさ!」

「百合っぺ!!」



 わたしと雪姫が、大学の教室のTVに向かって、同時に叫んだ。



『魔法のオッドアイ「夜光虫」――空間転移ワープ!』



 中空を舞っていたPCの身体が、ふっと消える。


 生中継のビデオカメラが、消えたPCを探して、ぐるりと周囲を見渡す。



 次に画面に映ったのは――PCアンジェをお姫様抱っこした、ノワールアンジェだった。



『PC、大丈夫なのです?』


『ノワール……ごめん、油断したっす』


『いいえ。仕方ないのですよ。相手は、あの――ヤーガなのですから』



『ふふっ……我をそのように評価してくれるとはな。光栄だよ……ノワールアンジェ』



 再び中性的な声が響き渡ったかと思うと。


 ――ノワールの眼前に、先ほどの『魔女』が出現した。



「もゆ……」


 わたしは独り言ちるように、直属の後輩の名を口にする。



『……最後の魔女ヤーガ。魔女連合サバトにはもう、あなたしか残っていない。終焉の刻は近いのです。魔女宮殿バベルの地上侵攻を止め、おとなしく争いをやめてはいかがですか?』


『この状況で、よくもそのような台詞が吐けたものだな。確かに、我を除く魔女連合サバトの使徒を葬ったことは評価する。だが――最後の魔女たる我は、そなたらよりも強いぞ?』


『強さなら、うちらの方がトップだし! 調子に乗ってんじゃないよ……ヤーガ!』



 相手の言葉に触発されたトップが、マウントを取るように言い放った。


 けれど――妖艶に微笑むその『魔女』は、まるで動じる気配もない。



『殲滅魔天ディアブルアンジェ――哀れな魔法連盟アルスマギカの傀儡どもよ。そなたらが述べたとおり……この戦いで、すべては終焉を迎えるだろう。ただしそれは……そなたらの敗北による、この世の滅びと同義だがな』


『させないっすよ。引きこもりの自分は――この世が滅びたら、引きこもり先がないっすからね!』


『うちの辞書はね……敗北の二文字を黒塗りしてるの! だから、負ける気しないね!!』


『PC、トップ。二人とも――アドレナリンを全開にするのです。わらわたちが負ければ、世界は滅びる。けれど、最後の魔女ヤーガを倒せば、世界は救われる。この最終戦争ハルマゲドンに、わらわたち……殲滅魔天ディアブルアンジェは! 絶対に、負けるわけにはいかないのですから!!』



 ノワールの言葉を契機に。


 ディアブルアンジェの三人が……ヤーガと呼ばれた『魔女』へと飛び掛かる。



 ――――――けれど。



『……きゃっはははははハハハハッ!! ざぁぁぁんねぇぇんでぇぇぇしたぁぁぁぁぁ!!』



 ボイスチェンジャーでも使っているかのような、奇妙な絶叫が聞こえたかと思うと。


 ディアブルアンジェの三人の身体が……地面に叩きつけられた。



『ぐっ……!?』


 苦悶の顔を浮かべるノワール。



 その正面に立っているのは、全身にマントを巻き付けた、てるてる坊主みたいな格好の……鉄仮面の『魔女』だった。



 黒いとんがり帽子と鉄仮面の組み合わせが、その異様さを浮かび上がらせている。



『……なんすか、あれ? 魔女連合サバトの幹部――四死天使ししてんしは、全員倒したはずっすよ?』


『そうよ! 残るは最後の魔女ヤーガだけのはずじゃなかったの、ノワール!?』



 PCとトップが、思い思いの言葉を口にする中。


 鉄仮面の『魔女』は――奇妙な笑い声を上げた。



『きゃっははははハハハハハハハッ!! 四死天使如きを倒して、調子に乗んなよばぁぁぁぁぁぁか!! これから私が――死よりも恐ろしい悪夢を、見せてあげるよぉぉぉぉ!?』



 ――――なんだ、これ?


 わたしはTV画面を観ながら、ぞくっと背筋が冷たくなるのを感じた。



 この鉄仮面も、ヤーガとか呼ばれた奴も……尋常じゃない殺気を纏っている。


 キューティクルチャームが戦った敵に、ここまでの奴らはいなかった。あのブラックウィザードですら……多分こいつらには及ばない。



『四死天使、五番目・・・の魔女。それが彼女――「夜の魔女ヴァルプ」だよ』


『ヴァルプだよぉぉ? よろしくねぇぇぇ? ……今からお前ら、皆殺しだけど』


『ヴァ……ヴァルプだってがぶ!? みんな、こいつはやばいがぶ! 今までの四死天使とは比べものにならない――危険な魔女がぶよ!!』



 ガブリコがディアブルアンジェの三人に向かって、悲鳴のように叫ぶ。


 その光景を嘲笑うように、最後の魔女ヤーガは微笑んで。



 ゆっくりと――告げた。




『さぁ――はじめようか、殲滅魔天ディアブルアンジェ? これが最後の戦いだ。今宵、この世界は……闇に呑まれる』

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