ドッカ~ン! 3-7「受験勉強ってのは、魔法連盟《アルスマギカ》みたいなもんなんだよ」

 そして――いよいよ迎えた、第一志望大学の受験日。


 ガチガチに緊張してるわたしは、自宅の食卓に突っ伏していた。



 うぅ……なんかお腹痛くなってきた。


 しょぼい敵組織と戦うときだって、こんな腹痛になったことないのに……これは最強の敵かもしれないわ、大学受験。



「あっははははは! ほのりったら、緊張しすぎじゃない? そんなんじゃあ、受かるもんも受からないわよ!!」



 そんなことを考えてると――バチィンと。


 お母さんが、割と本気で背中を叩いてきた。



「いったぁ!? ちょっと何すんのさ、お母さん! 受験前に背骨にひびでも入ったらどうすんの!! これが親のする仕打ち!?」


「落ち着けよ、姉ちゃん。気合いを入れてくれたんだろ、母ちゃんは……ったく。テンパるとほんと、姉ちゃんはどうしようもないな」


「うっさいわね、かぶと。あんたにはまだ分かんないだろうけどね……人生が掛かってんのよ、大学受験は! そりゃあストレスもMAXよ!!」


「魔法少女やってもストレス、受験勉強やってもストレス……ストレスの権化みたいな人間だな」


「喧嘩売ってんだな、よーし分かった! 試験が終わったら、存分にバトルしてやるから覚悟しとけ!!」



 まぁ確かに……わたしはストレスを抱え込みやすいタイプだけどさ。



 受験勉強ってのは、魔法連盟アルスマギカみたいなもんなんだよ。


 やりたくないけどやらなきゃいけない、だけどどんなに頑張っても報われないこともある――魔法少女みたいに理不尽なシステム。



 そう考えると、わたしの人生……魔法連盟アルスマギカみたいなのに巻き込まれることばっかだな。



 はぁ……憂鬱。

 生きるのって難しい……。



「まぁまぁ、そんなに肩肘張らず、今までの成果を叩きつけてきなさいって!」


「そうだよね、麦月むつきさん! ほのり、大丈夫。魔法少女チャームサーモンとして可愛く華麗に活躍していたときみたいに――やればできる子だって、お父さんは信じてるよ!! なんたってほのりは、麦月さんの娘だからね!!」


「もぉ、あなたったら上手なんだからぁ……忠太ちゅうたくん!」


「えへへ……朝から名前呼びされると照れるね。今日も素敵だよ、麦月さん!」



 ――えっと。


 なんで娘が受験に臨む日に、夫婦でいちゃいちゃしてんだ? この馬鹿親は。



 こんなことばっかりしてっから、塔上とうじょう先生と風仁火ふにかさんから「色情魔」って言われんだよ。言う方もどうかしてるけど。



「はぁ……じゃあ、行ってくるわ」


「頑張っておいで、ほのり!」


「失敗しても、電車に飛び込んだりすんなよ? 寝覚め悪くなるから」



 帰ってきたら、絶対ひっぱたいてやるからな。覚えとけ、かぶと。



「ほのり。はい、これ!!」



 ニコニコ笑いながらお母さんが差し出してきたのは――ホッカイロ。


 そういや、今日はこの冬一番の冷え込みだって、ニュースで言ってたっけ。



 まだ温まりかけのホッカイロを受け取って、わたしは大きく息を吸い込んだ。


 それから、家族三人に向かって決意を込めて、言った。



「……うん。それじゃあ、頑張ってくるから」





「あ、ほのりんだ! おーい、ほのりんー!!」



 受験会場である大学の教室で、自分の受験番号の席を探していたら。


 ぶんぶんと手を振りながら、なんか美少女がこっちに近づいてきた。



 ……あ、ちげーや。


 美少女じゃなくて、美女装男子だった。



「……あんた、受験の日まで女装してんの? どんな心持ちで受験に来てんのよ、雪姫ゆきひめ


「そりゃあ気合い入ってるに決まってるでしょ。だってほのりんと同じ大学で、素敵なキャンパスライフを送るためだもんっ★」



 気合いを入れた結果がこれかよ……と、雪姫の格好を見ながら思う。


 真っ白な膝丈くらいのワンピース。首元にはフリルがついていて、長袖の先はふわっと広がっている。


 黒いニーハイソックスに、水色のハイヒール。


 いつもより化粧に力が入っているのか、目のぱっちりさ加減がやばい。



「あんたの素敵なキャンパスライフは、こんな格好で校内を歩き回ることなわけ?」


「うん、ほのりんと一緒にねっ★ それで二人でミスコンに出場して、一位と二位に輝くんだ……もっちろん一位は、ゆっきーだけどっ!!」



 わたしの方が負ける前提なのも腹立つし、そもそも勝手にミスコン参加の未来予想図を立てるな!


 わたしはそんなのとは無縁な、日陰の地味子として生きていくんだよ……ひっそりと道端に咲く、花みたいになりたい。



 ――なんて、いつもみたいなやり取りを、雪姫とやっているうちに。


 なんかちょっとだけ、リラックスした自分に気が付いた。



「……なんだかんだで、あんたには助けられてばっかりだね。ありがと、雪姫」


「え、なになに!? ほのりんがそんな殊勝なことを言うなんて……大丈夫っ!? 受験勉強しすぎて、頭がバグったんじゃない!?」


「うん。もう二度と、あんたに礼とか言わないから、安心しろ」


「相変わらず、仲良いんだね。有絵田ありえださんと、雪姫くん」



 急に声を掛けられて、びっくりして振り返るわたし。


 そこにいたのは――電脳ライブハウス事件の頃、一時的に仲良くなったクラスメート・まどかまりかさんだった。



「ま、まり……円さん、も、ここ受けてたんだね……」


「うん。私だけね」



 そういえば、一緒のグループだったはずの――てぃろねえさん・みきさやさん・あんこさん・ぽむぽむさんがいない。



「みんな、それぞれの夢があるから。仲良しだからって、ずっと一緒にいられるわけじゃないからね……そんなもんよ」



 あっさりとした口調でそれだけ言うと、円さんはわたしたちに背を向けて、会場の奥の方へと歩いていく。


 けれど、一瞬だけ足を止めて――円さんは独り言ちるみたいに呟いた。



「だから、雪姫くんとこうして一緒にいられるのは……奇跡みたいなことだと思うよ。大切な友達がそばにいるのを――大事にしなね、ほのりちゃん」



 ……まりかちゃん。


 ありがとうね。短い間だったけど、わたしの友達だった人。



 彼女の背中を見送ってから……わたしは、隣に立ってる雪姫の方へと視線を向けた。


 そして、素直な自分の気持ちを――口にする。



「雪姫。お互い頑張るよ。それで、一緒に受かって……また、大学で会おう」


「うんっ! もっちろんだよ、ほのりん★」




 ――――席について、筆記用具を準備する。


 背筋を伸ばして、教室の正面にある時計を見つめる。



 魔法少女なんていう、魔法連盟アルスマギカの理不尽な地獄を、生き延びてきたんだから。


 この、受験っていう魔法連盟アルスマギカにだって……勝ってみせるわよ、絶対。

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