ドッカ~ン! 3-5「いつまでも……自慢の後輩ちゃんだよ」

「ほのり先輩! お元気でしたか!?」



 茉莉まつり家のチャイムを鳴らすと、びっくりするほど素早くドアを開けて――小犬みたいに嬉しそうな顔をしたおちびちゃんが、顔を出した。



 鈴音りんねもゆ。中学一年生。


 わたしから『勾玉』を引き継いだ――ディアブルアンジェのリーダー。



 三つ編みおさげに結った赤茶色の髪と、磁器のように色白な肌という、外国人の血が混じってるんだろうなって感じのお人形さんみたいな風貌。


 びっしりと生えた睫毛に彩られた大きい瞳も、それに拍車を掛けている。


 最初に会ってから一年弱くらいになるけど、ちっちゃくて寸胴な体型なのは、全然変わんないな。


 あと、その身に纏ってる漆黒のローブとか、手に持ってる十字架とかも。



 そういうところが、かぶとの好みなのかな……意外とロリコンだな、うちの愚弟。



「ほのり先輩、聞いてくださいなのです! もゆたちは今、魔女連合サバトとの最終決戦に備えて、会議をしていたのですよ!! チームワークばっちりなもゆたちは、遂にあの悪鬼たちと最後の戦いを迎えるのですよ!!」


「分かった。分かったから落ち着きなさいって、あんたは」



 玄関先で捲し立てるように話しまくるもゆを、たしなめる。



 ――久々に前任魔法少女が三人揃ったんだし、もゆちんたちに会いに行かない?



 女装青年が思いつきでそう言って、勝手に百合紗ゆりさの奴に連絡したもんだから……わたしたち三人は、茉莉家に揃ってるっていう後輩三人衆に顔を見せに来た。


 薙子なぎこが面倒くさがるかと思ったけど、今日は『新寺バイク店』が休みらしく、特に文句も言わずついてきた。


 珍しい。案外こいつも……後輩のこと、気に掛けてるのかもな。鉄パイプ好きな暴れん坊だけど、なんだかんだ義理人情には厚いタイプだし。



 ってなわけで、さらに話し続けようとするもゆを落ち着かせてから。


 わたしたちは二階にある、百合紗の部屋に案内してもらった。



「ユリーシャ! ヒナリア!! 我ら殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの尊敬する先輩方が……最終決戦ラグナロクを前に、エールを送りに来てくれたのですよ!!」


「あ、ちーっす」


「さっすが、うち! うちはエールを送られることでも、頂点に立つ女だからね!!」



 エールを送られることで頂点に立つ、の意味が分かんない。


 相変わらず個性の塊みたいな奴らしかいないな……とか思ってると。


 雪姫ゆきひめがニコニコしながら、ポンッと一人の肩を叩いた。



「やっほー、百合っぺ! 顔合わすのは久しぶりだね?」


「ご無沙汰してるっす、雪姫さん。でも、雪姫さんとは結構やり取りしてますし、久々って感じしないっすけどね。ほのりさんと薙子さんは……どもっす」


「ちょっと、百合紗! なんであんた、わたしと薙子にだけよそよそしいのよ!?」


「や。だって、お二人は話すの超久しぶりじゃないっすか……こわっ。だって自分、引きこもりっすよ? 会わなかった期間の体感時間、人の数倍はあるんで。もはや完全に知らない人レベルっすよ……こんなときどんな顔したらいいか、分かんないっす」



 精神と時の自室か、ここは。


 ちょっと会わない間に他人レベルの人見知りを発動するとか、相変わらずやばい引きこもりだな。こいつ。



 茉莉まつり百合紗ゆりさ。高校一年生。


 雪姫から『鏡』を引き継いだ――ディアブルアンジェの二番手。



 濃い青色に染めたショートヘアは、前髪だけめちゃくちゃ長くて、完全に目元が隠れてしまっている。


 部屋から滅多に出ないから透けるように白い肌で、ちょっと力を入れたら折れそうなほど手脚は細い。


 それでいて、胸の発育だけは妙にいいから、白いTシャツの胸元はちょっと目のやり場に困る。ついでにデニムのショートパンツから伸びる脚は、思いのほか長い。



 ……理不尽だなと、自分の胸にそっと手を当てて思うわたし。



「っていうか、雪姫とはそんなに連絡取ってたの? まぁ直の後輩だからいいっちゃいいんだけど……」


「や。魔法少女の話は、そんなにしてないっす。単純に……コラボの話とかっすよ。ミーチューブの」


「……はい?」



 わけ分かんなすぎて反応に困るわたしの隣で、雪姫がニコニコしながら自分のスマホを取り出した。


 そして見せてきたのは――『プリンセス★スノウの可愛いしかないチャンネル』とかいう、珍奇なチャンネル。



 ……プリンセス★スノウ?



「雪姫……あんた、まさかと思うけど、これって……」


「そう! ゆっきーのチャンネルだよっ!! ゆっきーのメイク動画とか、激辛料理にチャレンジ動画とか、歌ってみた動画とか挙げてるんだぁ★」


「で、『ジャスミン』と『プリンセス★スノウ』でコラボして、名曲カバーとかはじめまして。そのおかげもあって、新曲『慢心してください、吐いてますよ』が大ヒット……雪姫さんには感謝しかないっす! さすが『鏡』の戦士の先輩――超リスペクトっすよ!!」


「えへへ、照れちゃうなぁー。百合っぺとのコラボ、ゆっきーも楽しみにしてるから、お互い様だよっ★」



 えーと、ごめん。


 それ、『鏡』の戦士は関係ねーな? ただのミーチューバー同士の交流だよな?



 っていうか雪姫、推薦蹴って受験すんだろ? 今じゃねぇだろ、チャンネル開設!?



「……確かに『ジャスミン』と『プリンセス★スノウ』のコラボ、控えめに言って最高だけど? うちと同等くらいに? けどさ――魔法少女の先輩をリスペクトすることにおいては、うちが明らかに頂点だからね!」



 そんな、頂点トークを勝手に繰り広げてから。


 相変わらず頂点大好きなそいつは、片膝をついて薙子に一礼をした。


 武士かなんかか、あんたは。



 緒浦おうら雛舞ひなむ。中学三年生。


 薙子から『剣』を引き継いだ――ディアブルアンジェの特攻隊長。



 茶髪のセミロングヘアにカチューシャをつけて、可愛らしいおでこを露出させて。


 ガラス玉みたいに真ん丸な目は、昔と変わらず爛々と輝きを放ってる。


 服装は、フリルだらけのドレス風ワンピースに、黒のニーハイソックスという――いわゆる『オタサーの姫』的な格好。


「プロポーションにおいてもトップレベル!」と自信満々に言うだけあって、出るところは出て引っ込みところは引っ込んだ、中学生とは思えないモデル並みの体型をしてる。



 ……理不尽だなと、自分の胸に再び手を当てて思うわたし。



「ご無沙汰してるね、薙子さん!」


 姿勢は礼儀正しいけど、相も変わらず敬語なんて使えない雛舞。



「うちの活躍……色んなところで聞いてるでしょ? 最強だってさ!」


「いや、ごめん。あたし、魔法少女とか、全然興味ないから」



 考えうる限り、最悪な返答だった。



「なるほど。聞かなくても分かるもんね……うちが。いや、殲滅魔天ディアブルアンジェが。現役魔法少女チームにおいて――頂点に立つ存在だってことくらい!!」


「あー……うん。そうだな」


「これでもうち、薙子さんのこと尊敬してるからね? 『剣』の戦士は特攻隊長であれって引き継ぎ――めっちゃ心に響いたし! だからいつだって、先陣を切るのはうち!! 敵に飛び掛かる速度においては、チームでもトップだよ!!」


「あー。そっかー。すげー」



 驚くほどポジティブな解釈をして得意げに語る雛舞と、棒読みで完全なる適当対応をしてる薙子。


 そんなやり取りを見ながら……素朴な疑問が、ふっと頭をよぎった。



「そういや雛舞。あんた、中三だったわよね? わたしたちと一緒で……受験生なんじゃないの?」


「……甘いよ、ほのりさん。頂点に立つうちのことを、まだまだ理解してないね!」



 あー、ごめん。


 これっぽっちも理解しようと思ったことがないから、まるで分かんねーわ。



「うちはね。魔法少女チームとしても頂点だけど……成績においても頂点に立ってるわけよ。うちの成績知ってる? 学年一位よ、万年ね!」


「あんたの成績なんかはじめて知ったけど、自慢してんじゃねーぞ、この頂点娘! 受験生にとって、成績マウントは喧嘩売ってんのと同義だからな!?」


「ちなみに学年でトップの男子人気だし、プロポーションも頂点に立つけどね! あ……プロポーションは、えっと、気にしないでね? ほのりさん」


「そろそろ殴るぞ。ボコボコに……そう、ボッコボコにな!」


「――ぷっ。あははははっ!」



 そんな、どうしようもない会話ばかりをしていたら。


 自称・神の子が……ツボに入ったように、無邪気に笑い出した。



「がーぶがぶがぶがぶっ!」



 その隣で、ワニ妖精ガブリコが目を細めて、奇声を発した。


 おかしくなって、百日後に死ぬ感じかなって思ったけど……この化けワニ、笑ってんのか。こえーな、は虫類の笑い方。



「もゆもガブリコも、なに笑ってんのよ。久しぶりに会って嘲笑されるとか、気分悪いんだけど」


「嘲笑ではないのです、ほのり先輩。ただ――地球テラが半周する以前の世界線は、このように賑やかな楽園エデンだったなぁって。なんだか、懐かしくなったのです」


「ほのりさんが暴言を吐いて、雪姫さんがのほほんと笑ってて、薙子さんが適当なことを言ってる……懐かしくて、泣きそうがぶ。ニョロン先輩、元気がぶかね……魔法連盟アルスマギカで後輩をいびってないといいがぶが」



 多分だけど、めちゃくちゃ偉そうに後輩に接してると思うわよ。


 なんたってニョロンは、上には媚びて下には当たりが強い、典型的なパワハラタイプの先輩だからね。こっちにいた頃から。



「それでは、いったん作戦会議を休止して、宴としましょうか。せっかく先輩方が、遊びに来てくれたのですから」


「おけ。んじゃ、自分がお茶でも淹れてくるっすよ」


「うちもやるわ! 先輩をもてなすことにおいても、うちは頂点に立つんだから!」


「我が家のコップ、割るんじゃねーっすよ? 雛舞」



 そんな感じで、百合紗と雛舞が仲良さげに部屋を出た。


 その後ろ姿に――わたしはふっと、魔法少女キューティクルチャームの姿を幻視する。



「……どうでしょうか、ほのり先輩? もゆたち、ちゃんと……先輩方の期待に、応えられているのですか?」



 わたしの服の裾をちょいちょいと引っ張りながら、もゆがじーっとこちらを見つめてくる。吸い込まれそうなほどに大きくて、透き通ったその瞳。


 ふっと目を逸らすと――部屋の床には地図が広げられてて、赤ペンで『×』とか『出現予想地点』とか、色んな書き込みがされている。



「――馬鹿な質問しないの。あんたらは、いつまでも……自慢の後輩ちゃんだよ」

「……はい! なのですっ!!」



 半年前よりたくましくなった三人の後輩を見て、わたしは――キュッと胸が苦しくなるのを感じた。



 嬉しい気持ちと、安心した気持ちと、ほんのちょびっとの……切ない気持ち。


 魔法少女を引退して、普通の女子高生になって。受験勉強にひぃひぃ言ってはいるけど、今の暮らしに満足してるんだけどな。




 なんだろうね……この、気持ち。

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