ドッカ~ン! 3-3「美しき毛髪の郷愁」

「やっほー、ほのりんっ★ ひっさしぶりー」

「あんたは相変わらず、変わんないわね」



 先に喫茶店に来ていた雪姫ゆきひめは、ソーダフロートなんて飲みながら、わたしに向かって大きく手を振ってきた。


 雪姫の対面に着くと、取りあえずホットコーヒーを注文してから、雪姫の方に視線を向ける。



 肩に掛かるセミロングの、ゆるふわパーマの金髪。

 ぱっちりとした瞳に、白く艶やかな頬。


 首元にフリルのついた水色のブラウスと、冬場だってのに膝上丈のプリーツスカートなんか穿いて……相変わらず女子力高いな、この女装男子は。


 マジで魔法少女時代と、なんも変わっちゃいない。



 ――変わってないことに、なんだか安心したのは秘密だ。



「……えへへっ★」



 ストローを口に咥えたまま、雪姫が嬉しそうに笑う。



「なに人の顔を見て笑ってんのよ」


「んーん。やっぱりほのりんは、ずーっとほのりんだなぁって!」


「どういう意味それ? わたしがまだ、魔法少女面してるって言いたいの?」


「相変わらずのネガティブ思考だねっ。でーもー? そんなところも……ほのりんの、み・りょ・くっ★」



 それは、半年前までの「いつもどおり」なやり取り。


 だけど、魔法少女を辞めて、受験時期が迫ってきて、会う回数がどんどん減っていく中で……こんな当たり前のやり取りすら、する機会がなくなっていた。



 だから、なんか――懐かしいな、この流れ。



「なにさぁ。ほのりんだって、笑ってるじゃんー」


「え? わたし、笑ってた?」


「うんっ! ゆっきーのこと見て、ニヤニヤって!!」



 人聞きが悪いな!?


 女装男子を見ながらニヤニヤしてる女子高生とか、普通にやばい性癖じゃないのさ。



「ニヤニヤはしてないわよ。ただ……久しぶりに雪姫と会ったら、なんか懐かしくなっちゃっただけ」


「ゆっきーが恋しかったの? ゆっきーがいなくって、涙で枕を濡らしてたのっ!?」


「大げさだな!? んなわけないでしょ。普段は無我の境地で勉強してたっつーの。だから……なんか久々に、ホッとしたんだと思う」



 受験疲れで、なんか色々溜まってたのかな?


 ついポロッと、本音を言葉にしてしまうわたし。



「つまり、ゆっきーのおかげってわけだねっ! やっぱり、ほのりんのそばには、ゆっきーがいないとってことだよねっ!?」


「なんでそんな必死なんだよ!? そもそもあんた、推薦で大学決まってるでしょーが。進路が違うんだから、昔みたいにあんたがそばにいるってのは……」


「――蹴っちゃった★」


「…………はい?」



 蹴る? 何を?


 蹴り心地のいいニョロンなら、もういねーぞ?



 なんて――反応に困っているわたしを見ながら、雪姫は小さく笑った。



「だから、蹴ったんだってば……推薦を」


「は? あんた、なに馬鹿なこと言ってんの? あんたが推薦で決まってたのって、めちゃくちゃ優秀な私大だったでしょーが。それを蹴るとか……女装しすぎて、判断能力までお花畑になったわけ?」



 眼鏡に堅物そうな見た目のわたしと、ほんわか男のな雪姫。


 普通に考えたら、わたしの方が成績良いって思われがちなんだけど……現実は非情。


 雪姫の方が、成績も内申も、わたしより上。わたし、なんで生きてんだろう……。



 だから、雪姫の推薦入学が決まってた私大は、わたしが逆立ちしても厳しいところだったってのに――こいつ、マジで魔法少女やり過ぎて、脳がどうにかなってんじゃない?



 なんて……わたしが失礼極まりないことを考えていると。


 雪姫が微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。



「魔法少女キューティクルチャームを引退して、ほのりんが受験で忙しくなってからさ……どんどん会う機会が、少なくなったでしょ? 今日だって、いつぶりに会ったんだろってくらいだし」


「まぁ、そうね。逆に魔法少女やってなきゃ、ここまで受験直前で切羽詰まらなくて済んだと思うけど。あー。魔法連盟アルスマギカ、爆発しないかなぁ」


「でね? 分かったんだよ、ゆっきーは……ううん。ぼく・・は」



 魔法連盟アルスマギカへの憎しみの念を吐き出しているそばで。


 全然そんな感じのテンションじゃない雪姫が。


 いつもより、ちょっと低い声色で――言った。



「ぼくにとって、一番大事なのは……いつだって、ほのりんだから。これからもやっぱり、ほのりんのそばにいたい。一緒に大人に、なっていきたいんだ」



 なんだか一瞬、男子っぽい顔つきになった雪姫に――少しだけ、ドキッとする。


 フリルだらけのブラウスを着てるの見たら、すぐに我に返ったけど。



「何よ改まって……一緒に大人になっていきたいとか。告白じゃないんだから、そんなマジなトーンで言わなくてもいいでしょうが」


「……告白、だとしたら?」



 ――――え?


 何その、思わせぶりな言い方!?


 わたしよりファンシーな服着たミニスカ女装男子が、な、な、何言ってんのよ!?



「…………なーんちゃって、ねっ★」



 思わずおたおたしちゃうわたしを見つめたまま。


 雪姫はいつもの、ラブリースマイルに戻ると……「てへっ」と舌を出した。



「びっくりした? ちょっといつもと違う、ゆっきーでしたぁ★」


「……いやいや。心臓に悪いから、やめてよね。何事かと思ったでしょーが」


「あははっ、ほのりんらしいね? まぁとにかく? ゆっきーが伝えたかったのは――これからもほのりんと楽しく過ごしたいから、一緒の大学に行こってこと!」



 はぁ……とわたしは、深くため息を吐いた。


 そして、じっと雪姫のことを見て。



「あんたが行く予定だった私大より、格は落ちるわよ?」


「ちょっとはね? でも、ほのりんの志望してる国立だって、レベルは高いでしょ?」


「……受験失敗したからって、わたしのせいにしないでよ?」


「ゆっきーの共通試験、何点だったか聞く?」


「……逆にわたしが落ちたら、どうするわけ?」


「うーん、そうだなぁ……二人で楽しい予備校ライフ、満喫しよっかな★」


「馬鹿じゃないの、あんた」


「知ってたでしょ、そんなこと。幼なじみなんだから」


「…………まぁね」



 はぁ――本当に、この女装幼なじみは。


 ブレないというか、昔っから変わんないっていうか、本当に馬鹿なんじゃないのって思うけど。



 ――いつまでも変わらない雪姫だからこそ、安心しちゃうんだよね。



「えへっ★ ほのりん、また笑ったねっ」


「あんたがふざけたことばっか言うからでしょーが。まぁ、じゃあ……受験まで、一緒に勉強でもする? べ、別に、雪姫が一人でしたいって言うんならいいけど?」


「もっちろん、一緒に勉強したいでーすっ! お願いしまーす、ほのりんっ★」



 じゃ、じゃあ、一緒にやってあげるわよ!


 雪姫が一緒の方が嬉しいなとか、明日から楽しみだなとか、そんなことぜんっぜん、微塵も思ってないから! 勘違いしないでよね、本当に!!




 ――――そんな、懐かしい雪姫との絡みをしていると。


 喫茶店に置かれたTVが、ちょうど殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの活躍を報じはじめた。



『それでは今、南関東魔法少女として活躍されている三人に、インタビューをしてみたいと思いま――』


『はいはーい! 最初に答えるのは、やっぱうちでしょ! なんたってうちは、ディアブルアンジェのエースにして、トップの魔法少女なんだから!!』



 インタビュアーの言葉すら遮ってカメラの前に出てきたのは、相も変わらず自己主張の強い頂点娘――緒浦おうら雛舞ひなむことトップアンジェ。



『ちょうどうちらの代になってから、敵も強くなったのさ。ほら言うじゃん? 頂点は頂点と惹かれ合うって。つまり、敵が南関東史上に残るくらい強いってことは、うちらが最強だっていう証でもあるわけ! もちろん、うちらが絶対に勝つけどね!! なんたって、うちらは魔法少女のトップ――』


『ちょいちょい。長いっす、トップ。自分、直射日光浴びすぎて気持ち悪いんで、早くインタビュー終わらせたいんすよ』



 凄まじい駄目発言とともに、トップアンジェを押しのけて。


 相変わらずな引きこもり娘――茉莉まつり百合紗ゆりさことPCアンジェが、TV画面に映った。



『そういや、電脳ライブハウス事件以降で初めて――自分の新曲、一万回再生いったんすよ。PCアンジェことジャスミンのヒット曲「慢心してください、吐いてますよ」……ぜひ聴いてくださいっす』



 ただのパクりな上に、宣伝してんじゃねーよ。


 っていうか、いつの間にそんな人気ミーチューバーになったんだ、ジャスミン? この前ちらっと聞いたけど、ぜんっぜん歌唱力変わってなかったぞ!?



『……わらわたちは天界より命を受けた、魔を滅し天を司る、天界からの使者。その機械仕掛けのレンズを通じて、この世の民すべてに届けましょう――殲滅魔天の、儚くも美しき鎮魂歌レクイエムを』



 ――そして。


 トップアンジェとPCアンジェとは打って変わった、寒々しいくらいの中二病ゼリフを吟じてから。



 リーダーである鈴音りんねもゆことノワールアンジェは、カメラの前で深々とお辞儀をした。



『殲滅魔天という十字架を背負い、わらわたちはこの南関東サザンクロスに降り立ちました。すべては、この世に蔓延る魔を滅するため。そのためならば、わらわたちは――悪魔とでもなりましょう。でも安心して? 優しき心を持った皆にとっては、そう……天使。悪魔の顔と天使の顔を併せ持つ、殲滅魔天のわらわたちは――今日も世界を護るために戦うのです。美しき毛髪の郷愁に、胸を焦がしながら……』




『って、セリフ長すぎじゃん、ノワール! うちはセリフの長さにおいても頂点に立つんだから!! よし、ノワールを超える長尺で喋って――』


『はいはい、トップが張り合うと長くなるんで、ちょい黙るっすよ。巻きで行くっすよ、巻きで』



 目を閉じて、なんかポエムみたいな文言を発してるノワール。


 その横で、好き勝手なことを言ってるトップとPC。



 相変わらずだなこいつら……つーか『美しき毛髪の郷愁』って、キューティクルチャームのことか! そこはもう少し中二感を盛れよ!! ダサいだろーが、『美しき毛髪の郷愁』とか!!



「あははっ! 三人とも、元気そうで安心したね? ほのりんっ★」


「安心したっていうか、ガクッときたっていうか……まぁ好きにすりゃいいんだけどね。今はこいつらの時代なわけだし」



 ……なんて、ぼやいてはみたけれど。


 雪姫が言うとおり、ちょっとだけホッとしたのは、マジなんだけどね。



 だって、南関東魔法少女は。

 殲滅魔天ディアブルアンジェは。




 わたしたちの時代とは違って――とんでもない強大な敵と、戦ってるんだから。

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