ドッカ~ン! 3-2「や、焼け鮭に、なっちゃった……」
白いブラウスに、薄いピンクのフレアスカートに着替えると、わたしは鏡の前で髪をとかす。
光が当たると栗毛色に見える、色素の薄い髪。
あ、でも……昔に比べると肌つやがいい気がする。受験のストレスより、魔法少女のストレスの方が大きかったからだな絶対。
そしてわたしは、軽く顔にパウダーをはたいてから、カチャッと眼鏡を掛け直して――一階におりた。
「おっしゃ! 行くぜ、とどめだ!! 『ノワール・ベルキルヘルスマイル』!!」
『うぎゃあああ!? や、焼け鮭に、なっちゃった……』
【WINNER ノワールアンジェ】なんて表示されたゲーム画面を見つめたまま……わたしはピクピクと頬を引きつらせる。
「かぶと……あんたいい加減、このクソゲーやんのやめなさいよ」
「ん? 何言ってんだよ、姉ちゃん。中学生でこれやってない奴とか、普通にはぶられるっつーの。こう見えて、友達の中で負けなしなんだからな、おれ?」
「知らないわよ。っていうか、なんだよ『焼き鮭になっちゃった……』って! わたし、そんなこと言った覚えねーぞ、このクソメーカーめ!! っていうかあんたも、なんでCPUをわたしに設定してんだ! ぶん殴るぞ!!」
昨年末に発売されたゲーム――『大闘争! スマッシュマジカルガールズ!!』。
実在する魔法少女がプレイアブルキャラになってる、最大四人での対戦が可能なアクションゲームなんだけど……なぜだかこれが今、社会現象レベルに売れてやがる。
何が面白いんだか、さっぱり分かんねぇけどな。
ってか――わたし、チャームサーモンの使用許可とか、出した覚えないんだけど?
マジで訴訟起こしてやろうかな……なんかサーモン、使いづらいらしいし。
「つーか、あんた……もゆが持ちキャラなんだ? ふーん。へー。お姉ちゃん、いいと思うー。そういうのー」
「はぁ!? ニヤニヤしながら何言ってんだよ、馬鹿姉ちゃん!? ちげーし、
はいはい。顔が赤いですよ、この愚弟め。
ま、せいぜい頑張れよ男の子。一応、応援してやるから。
あの中二病娘――色恋とか死ぬほど疎いから、苦労するだろうけどな。
とかなんとか考えてる間に、気恥ずかしくなったらしいかぶとがゲームを中断した。
そして、TV画面に流れはじめるニュース。
画面に映ってるのは――『電撃脱退! あだっちー』の文字。
東京二十三区魔法少女――TKY23。
わたしたちが活動をはじめて、四年目くらいだったっけかな?
その頃までは、南関東魔法少女の管轄は、東京・千葉・埼玉・神奈川だったんだよね。
でも、やっぱり東京二十三区って、凶悪な敵が攻めてきやすいからって。
何を思ったか、
当然、乱獲なんかしたら――『透明卵』の希少度は、ますます上がっちゃって。
結果的に、今の妖精ガブリコが生まれるまで……気が遠くなるくらい時間が掛かった。
その上、まっとうな敵組織は『TKY23』の管轄にばっかりいくから、こっちは変質者まがいの敵だらけになって……。
はぁ。思い出すたびに、
『足立区のことが嫌いでも……TKYのことは嫌いにならないでください!』
TV画面の向こうで、あだっちーが涙ながらに語ってる。
それを見ながら、私は――冷静に考える。
……なんでこいつ、一人だけ脱退とかできんだ?
引退ってわたしたちが三人揃ってやったみたいに、二十三人まとめてやるもんじゃねーの? どうなってんだ、TKY23?
『いやぁ。TKY23の圧倒的センター・あだっちーが脱退とは……東京二十三区魔法少女は、各区でソロ活動をしている魔法少女たちが、便宜的にグループを結成している異色の魔法少女チームですが。まさか最初の脱退が、あだっちーとは思いませんでした』
え、そうなの!?
当たり前のようにTVキャスターがコメントしてるけど、初めて知ったぞあいつらがソロ活動の集まりとか!?
今さらだけど、
まぁ今となっては、あの頂点娘もそんなこと望まないだろうけどさ。
『――それでは次のニュースです。昨日、群馬県庁前にて、新たな北関東魔法少女を歓迎するセレモニーが開かれました』
『皆さん、はじめまして! 新たに北関東魔法少女に就任しました、「ホットスプリング草津」です!! 先輩たちに負けないよう、無理のない現実的なラインで頑張ります!』
新しい魔法少女・ホットスプリング草津…………名前、ださすぎじゃね?
すべての南関東魔法少女が霞んで見えるレベルの、常軌を逸したクソダサネーミング。
まぁ元々、北関東は名前がやばいことで有名だったけどね。
半年前に久々に顔を合わせた、
春苺と仲違いして、茨城県だけしか護らなくなってた『ナットー
そしてこの、追加戦士である『ホットスプリング草津』。
三人揃って――『魔法少女☆ミラクルだっぺよ MAXはぁと』。
うん……わたしなら、初日でとんずらしてるわ。マジで。
『サンシャインいろはさんと、ナットー茨鬼さんは、一時不仲説が囁かれてましたが……そのあたり、いかがなんでしょうか?』
『えっと。少し前まで私とナットーが喧嘩してて……群馬の皆さんには、本当にご迷惑をお掛けしましたですです。ごめんなさいさい!』
『ちーっす。あたいが納豆みたいに粘っこい性格なんでー? サンシャインいろはとガチ揉めして? マジでシカトこいてましたー。サーセンしたー、反省してまーす」
相変わらずキャラやばいな、ナットー茨鬼。
さすが、サンシャインいろはが『ゆる魔法少女』として栃木県の観光大使になっているそばで、「名前を出しちゃいけないあの魔法少女」扱いされてただけのことはある。
『そんなわけで……私とナットー茨鬼のチーム「魔法少女☆ミラクルだっぺよ」は、仲直りしましたですです。そして……ホットスプリング草津も加入して、「MAXはぁと」な三人組として、これからは群馬も含めて、護りますます!!』
ごめん。ネーミングがアレすぎて、内容が全然入ってこない。
まぁ……名前はともかく、ホットスプリング草津が加入することになっただけでも、めちゃくちゃ革新的なことなんだけどね。
――半年前。
パオンと
パオンを制裁して、なかったことにすると思ってたけど、さすがのブラック企業も今回ばかりは「まずい」と考えたんだろう。
まずは、魔法少女不在になっていた群馬県の状況を是正するため、ミラクルだっぺよの二人の仲裁を行った……らしい。あくまで噂レベルだけど、なかなか折れないナットー茨鬼に対して、金一封を渡したとかいうろくでもない話も小耳に挟んだ。
その上で、群馬県のアフターフォローとして――ホットスプリング草津を追加戦士とし、北関東魔法少女を三人体制に変更。
他の地域でも、人数編成に関しては調整が行われたらしい。
ちなみに南関東は、三人体制のまま。
理由は、
あとは、妖精の数を確保するために、『透明卵』だけでなく……『半透明卵』から生まれたマスコットも、妖精として派遣することを認可した。
これにより、魔法少女の現役長期化問題が、少し解消される見込みだ。
――――全部、わたしたちが現役の間にやっとけよ、としか思わないけどな!
ぜってぇ許さねぇから覚えとけよ、
……と、
同時に、今さら言っても仕方ないよなとも思う。
だって。
TKY23からあだっちーが電撃引退しようと。
北関東にホットスプリング草津が加入しようと。
全国的に、魔法少女の人数編成を見直そうと。
妖精の採用方法を変更して、現役長期化問題の解消に取り組もうと。
――――引退したわたしには、もう関係のないことなんだから。
「んじゃ、わたし出掛けてくるわ」
「あれ? いつもの塾の時間より早くね?」
「うん。塾の前にちょっと……久々に
TVを観ながら適当に話し掛けてくるかぶとに、返事をすると。
わたしは鞄を肩に掛け直して、リビングを通り抜ける。
かぶとが観ているニュース番組は、いつの間にか北関東の話題から切り替わっていて――殲滅魔天ディアブルアンジェが映し出されていた。
……うん。頑張んなよ、後輩ちゃんたち。
心の中でそんなエールを送ってから。
わたしは――雪姫との待ち合わせ場所へと向かった。
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