ドッカ~ン! 2-8「さよなら……わたしの、魔法少女」
ネックレスにして首元からぶら下げていた、『キューティクルソード』を手に取ると。
その後輩も、背中の竹刀――『魔天の剣』をすっと抜いて。
腰元に当てて、小さくお辞儀をした。
『三種の魔器』――『剣』に選ばれた戦士。
チャーム番長の
「『剣』の魔法少女は、
「まぁ、うちは『剣』の魔法少女の中でも、トップに君臨するけどね! うちの最強伝説は、これからさ!!」
「調子に乗るな」
ゴンッと、薙子が脳天目掛けてチョップを繰り出した。
これにはさすがの頂点娘も身悶えする。
身体で教える。これが鉄パイプ魔法少女の、引き継ぎか。さすが鉄パイプ。
「風仁火さんは、責任感が強かったから……
「……はい」
珍しく殊勝な態度を見せる雛舞に、薙子はふっと柔和な笑みを浮かべると。
雛舞の胸に、こつんと拳を当てた。
「チャーム番長は、特攻隊長なんて呼ばれたこともあったが……お前も、迷わず突っ込め。どんな敵にも臆するな。それがきっと、勝利の鍵になるから。そんなお前の背中を、あたしにとってほのりと雪がそうだったみたいに――護ってくれる、仲間がいるだろう?」
「はい! ……ってか、うちを誰だと思ってるんです? うちはトップアンジェ――最強の乙女! 敵にひるむなんてあり得ないから……いつだって突破口を切り開く! そして、もゆと
「ん。期待してるぞ。後は頼んだ……雛舞」
そんな薙子の肩をポンッと叩いて、今度は雪姫がポケットからコンパクト状の『キューティクルミラー』を取り出した。
それを見た百合紗は、ガラガラッとキャスター付きの姿見――『魔天の鏡』を真横に動かした。
やっぱそれ、邪魔くさくない? マジで。
『三種の魔器』――『鏡』に選ばれた戦士。
チャームパウダースノウの
「『鏡』の魔法少女……よろしくね、百合っぺ★ じゃあまずは、
「はいっす。雪姫さん」
「『この世を、敵と味方などというくだらない二元論で片付けるな。世界にいるのは、気に入る奴と、気に入らない奴だけだ。気に入らない奴は、誰だろうと容赦せず始末しろ。しかし、忘れるな……自分の心にだけは、いつでも正直でいることを』」
びっくりするほど、ろくでもなかった。
お母さんは「あっはっは! どくちゃんらしいねぇ」なんて笑ってるけど、風仁火さんは「どくみらしい、クズみたいな引き継ぎだお……」とかため息を吐いてる。
だけど――なぜか雪姫は、満開の花みたいに笑った。
その正面で、百合紗もまたふっと笑みを漏らす。
「率直に、どう思うかな? 百合っぺ」
「ロックっすね。要はこういうことっすよね? ――自分の心に正直に生きろって」
「うん、ゆっきーもそう受け取ったんだっ! 塔上先生って、ろくでもないって思われがちだけど……本質的なところで、すっごく意味のあることを教えてくれるんだ。さすがは先生って感じ?」
塔上先生だけが、うんうんと頷いている。
周りの大半は、首を九十度近く捻ってるけど。
「だから、ゆっきーは……自分の心に正直に。可愛い女子! って感じで生きてきたんだっ★ 男だからとか、女だからとか、そういうのどうでもいいやって。魔法少女が可愛くて楽しいから、それでいいやって! それで……大好きな人をそばで支えられるんなら、これ以上の喜びはないなって」
「それは、ロック……ううん、メロディアスっすね。その生き様がまるで――音楽みたいっす。雪姫さん」
「ありがとう。じゃあ次は……百合っぺの番だねっ? 百合っぺは……どんな風に生きていきたい?」
雪姫にそう問いかけられて。
百合紗はちらっと、もゆを一瞥してから――答える。
「自分は『ジャスミン』として活動してるっすが……正直、人気なんかまだ全然っす。だけど、音楽は辞めない。だって自分が――本気でやりたいことだから。で、音楽をやりながら魔法少女ってのもロックだと思うんで……直射日光にやられない程度に、頑張りたいっすね。それで、雪姫さんみたいに……大好きな人を支えられたなら、すっげぇハードロックじゃないかなって、思うんで」
「……いい答えをありがとうっ! 後はよろしくね、百合っぺ!!」
ふぅ……最後はわたしの番か。
ポケットに手を突っ込むと、わたしは桃色の勾玉を取り出した。
『キューティクル勾玉』――やっぱ他の二人に比べて、一際ダサいな。
そんなわたしに、ぺこりと頭を下げると。
もゆは左手の薬指を差し出し、身に付けた指輪――『魔天の雫』をわたしに見せた。
『三種の魔器』――『勾玉』に選ばれた戦士。
南関東魔法少女のリーダー。
チャームサーモンの
「覚えてる? あんたが初めて魔法少女になった頃……わたしが引き継ぎとして、言ったこと」
「もちろんなのです。神の子ですから」
「引き継ぎその一」
「まずはお手本を見て学んでちょうだい」
「引き継ぎその二」
「実戦訓練」
「……引き継ぎ、その三は?」
「……南関東はチームワークが要。みんなが大切な……友達なのです」
僅かに震える声で。
それでも、もゆは――言い淀むことなく、きちんと答えてくれた。
ありがとうね。わたしの大切な、後輩ちゃん。
「わたしたちの先輩――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルは、めちゃくちゃ強いけど、最悪なチームでさ。どっちかっていうと反面教師的なところが多かったわけよ」
「有絵田。貴様、内申点は覚悟しておけよ」
ひぃぃ……塔上先生が権力を使って脅してくるぅぅ……。
だけど、堪えて堪えて。
「でも……大事なことは、きちんと教えてくれた。戦いの基本だとか、魔法少女はこうあるべきだとか……大体は風仁火さんに聞いた気がするけど。そのアドバイスは、わたしがあんたたちに教えるときにも、ちゃんと活かしたつもりよ」
「……はい、なのです」
「で、魔法乙女隊のリーダー……有絵田麦月って人はね。そりゃあもう、空気とか読めなくって、自分でなんか思いついたとおりやっちゃうタイプで。塔上先生や風仁火さんは死ぬほど苦労したと思う。それだけ傍若無人なのに、尋常じゃなく強いんだから……なんだろうね、理不尽だよね世界って」
なんの話してんだか、分かんなくなってきたけど。
わたしはふぅっと息を吐き出して、もゆの瞳をまっすぐに見つめた。
キラキラと輝くその瞳は――まるで八年前の、わたしみたい。
「そんなお母さん――有絵田麦月だけど。チームワークが要だってことだけは、彼女が教えてくれた。みんなで力を合わせて戦うのが大事なんだとか、どんなに離れてても心が繋がってることが大事なんだとか。どの口が言ってんだって……昔は思ってたけど」
「ふーちゃんは、今でもそう思うお」
ひぃぃ……闇落ちが終わったはずの風仁火さんから、どす黒いオーラを感じるぅぅ……。
だけど、堪えて堪えて。
「――でもね、大事にしてほしい。わたしもチームワークが要だって、そう思うから。雪姫は戦闘中に化粧直しするし、薙子は理由付けてサボるし……どうしようもないことはいっぱいあったけど。それでも、こんなに長く一緒に魔法少女をできたのは――わたしたち三人の心が繋がってたからだって、思うから。絶対に同意しないだろうけど……多分きっと、エターナル∞トライアングルの三人も、心のどこかで認め合ってるところがあったんじゃないかなって……今なら、そう思えるから」
「……言われずとも、分かっているのです。ほのり先輩の背中が、教えてくれたのです」
そう言って。
もゆは、百合紗と雛舞をそれぞれ見てから、スカートの裾を摘まんで――恭しくお辞儀をした。
「
いや、そこまではお願いしてないんだけど。
相変わらずの中二病娘だな、このおちびちゃんは。
だけど――あんたなら、わたしは安心して世界を頼めるから。
「後は任せたわよ。鈴音もゆ――ノワールアンジェ」
「その崇高なる魂……胸に刻みます。有絵田ほのり――チャームサーモン先輩」
「……それじゃあ、そろそろ時間にょろ」
わたしたちの妖精――白蛇のニョロンが、呟くように言った。
そして、ちろちろと赤い舌を動かしながら、ガブリコに向かって頭を下げる。
「後は頼んだにょろよ。パオン先輩が、ミーが、魔法少女と一緒に護ってきたこの南関東を――ガブリコ。ユーが、殲滅魔天と一緒に……護る、にょろよ……」
「……はい、がぶ。先輩方の活躍に恥じないよう……せ、精一杯……頑張る、がぶ」
二足歩行の蛇とワニが、めっちゃ泣いてる。
事情を知らない人から見たら、ちょっとしたホラー。
だけど……まぁ今日は、ツッコむのも野暮だからやめとくとするわ。
「ほのーり。ゆーき。なぎー……楽しかったにょろよ。ありがとうにょろ……本当に、ありがとうだったにょろ」
「……やめてよ、馬鹿蛇。わたしは……は虫類のために、泣きたくないんだから。は虫類に泣くとか……女子高生っぽく、ないでしょうが……っ!」
「いいんじゃない、ほのりん? たまには……女子高生らしくなくても」
「八年間、一般的な女子じゃなかったしな。今さらだ。最後くらい……いいだろ、我慢しなくても」
全然フォローになってないことを言う雪姫と薙子の声も――なんだか上擦ってて。
だけど、わたしはギリギリのところで我慢しながら……勾玉を、ニョロンに差し出した。
『キューティクル勾玉』。
ダサくて恥ずかしくて仕方なかった……わたしの、大切な変身アイテム。
雪姫と薙子も、『キューティクルミラー』と『キューティクルソード』を、ニョロンに手渡す。
そしてニョロンは……『三種の魔器』を、ぺろんと食べた。
「って、食べんのかよ! 台無しだな、クソ蛇!!」
「……クソ蛇って呼ばれるのも、これが最後にょろね」
ぐっ……泣かせにくんなよ、ばーか!
「――麦月。どくみ。風仁火。拙者も、ニョロンとともに、
そんなわたしたちのそばで、巨大なインド象妖精パオンが、静かに告げた。
お母さんが少しだけ、寂しそうに眉尻を下げる。
「そっか……『ミッドナイトリバイバルカンパニー』をやるために、違法入国してるんだもんね? 本来はもう……パオンはここにいるはずじゃ、なかったんだもんね」
「大丈夫なのか? 貴様、ここの脂肪分と一緒に
「ふーちゃんからも説明するお! パオンは悪くないんだって……ふーちゃんたち魔法乙女隊エターナル∞トライアングルが、パオンを苦しめたのが原因なんだって!!」
「……優しいでござるぱおね、三人とも。そんなことも忘れて、拙者は、本当に……うつけ者でござったぱお」
パオンが大きく鼻を振るう。
その瞬間――ビシリビシリと、空がひび割れていく。
そして、バリンッとガラスみたいに、空間に穴が開いた。
「パオン先輩の件は、ミーからも責任を持って説明するにょろ。絶対に――殺処分はさせないにょろから」
「ありがとうぱお、ニョロン。そして拙者たちで、少しでも変えてみせるぱおよ。魔法少女への不利益が減るよう――
そんな簡単に変わるような、優しい場所じゃないと思うけど。どんな悪の組織よりも悪の組織してる
でも……どうか元気で過ごしてね。ニョロンも、パオンも。
わたしたちの『三種の魔器』は、ニョロンが食べた。
だからもう、わたしたちは――魔法少女に変身することはできない。
そう、だからこれが。
本当の――魔法少女キューティクルチャーム、引退のときだ。
ニョロンとパオンが、ふわっと宙に浮かび上がる。
穴の開いた空間に――
「パオーン! 元気でねー!!」
「バナナを食って、身体に気を付けろよ……達者で過ごせ」
「パオン……ありがとうだったお……本当に、ありがとう……」
元・魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人が、思い思いの言葉を口にしている。
ガブリコは地面に手をついて、言葉も出ないほど泣きじゃくってる。
……あー。わたしは、ぜんっぜん悲しくないなー。
せいせいしかしてないからなー。むしろ笑っちゃいそうだなー。
「……泣きたいときは、素直に泣いたら? ほのりん」
「……後で後悔するぞ。変なところで、意地を張るな」
そんなわたしの両肩を、雪姫と薙子がそれぞれポンッと叩いた。
雪姫は可愛い顔が台無しになるくらい、しゃくり上げながら泣いている。
薙子は肩を震わせながら、頬に幾筋もの涙を流している。
そんな二人を見て、わたしは――――。
「……ニョロォォォォン!!」
わたしは声が上擦るのも気にせずに、八年間一緒に暮らした妖精の名前を、呼んだ。
同時に溢れ出す涙。何が悲しんだか、どういう感情なんだか、自分でもよく分かんないけど。
わたしは大泣きしながら、叫び続ける。
「元気でやんなよ! 卵食い過ぎんじゃねぇぞ!! 周りに迷惑掛けんなよ……ばいばい、ニョロン……っ!」
パオンとニョロンの姿が、白い光に包まれて消えていく。
ひび割れた空間が、何事もなかったかのように元に戻っていく。
――――八年前。
わたしは憧れていた、魔法少女になった。
幼なじみの雪姫と薙子と一緒に、南関東の平和を護る――魔法少女キューティクルチャームになったんだ。
楽しかった? そんなわけない。後半は本気で地獄だったし。
せいせいした? そうじゃない。だって、こんなにも胸が苦しいし。
分かんない。
分かんないけど……わたしは恥も外聞も捨てて、泣きじゃくったんだ。
頭の中を巡っていく、この八年間の日々に思いを馳せながら……枯れるほど泣いたんだ。
そして、散々泣きまくってから。
わたしはゆっくりと顔を上げた。
そこで笑っているのは――チャームサーモン。
あははっ。最後の最後で、幻を見るなんてね……わたしらしい。
ってか、なんつー恥ずかしい格好してんだよ。年を考えろよ、年を。
ふりふりの衣装は恥でしかないし、腰に洗剤スプレー付けてんのは普通にダサいぞ。馬鹿じゃないの。
マジで嫌で嫌で仕方なかった、わたしのもうひとつの姿。
だけど――とっても大切な思い出の、わたしのもうひとつの姿。
わたしは小さく、魔法少女チャームサーモンに手を振った。
そんなわたしに向かって、チャームサーモンは笑顔で手を振り返してくる。
言いたいこと、いっぱいあった気がするけど。
なんか忘れちゃったわよ。
だから、この言葉だけで……いいや。
わたしはまっすぐに、ゆらゆら揺れるチャームサーモンの幻影に向かって、小さな声で告げた。
今までありがとう。
さよなら……わたしの、魔法少女。
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