ドッカ~ン! 1-8「恨ませてよ、最後まで!!」

 緊迫した場面に、突如として現われたお母さんと塔上とうじょう先生。


 二人はゆっくりと、リバイバルイーターの方へと歩きはじめる。



「色情魔……どくろ女……なんでここに」



 イーターが小さな声で、とんでもない蔑称を呟く。



「てっきり、貴様の体重を活かした大地震で、日本沈没でも狙っているのかと思っていたが……思ったより地味な悪さをしているな」


「昔の体型ならできたかもねぇ、あっはっは!」



 と思ったけど、塔上先生とお母さんも、とんでもない暴言吐いてやがる。


 この人たち、言葉の暴力の桁が違いすぎるって。マジで。



「ふざけるなお、地面を揺らせるほど太ってないお! わざわざ悪口を言うために来たのかお、あんたたち!!」


「そんなわけないだろう? 頭を使え。脂肪以外が詰まった箇所で」


春苺はるいちごちゃんに、ぷにちゃんが群馬で暴れてるって聞いてね。昔のよしみで、様子見に来たってわけよ。どくちゃんの車で来たから、ちょっと時間掛かっちゃったけど」


「余談だが、何度か助手席のドアを開けて、この色ボケを道路に突き落としてやろうとしたんだがな。思った以上にしぶとかったよ、ゴキブリ並だ」


「一回、ヘアピンカーブしながらドアを開けられたときは、さすがに落ちるかと思ったけどね? あっはっはっは!」



 笑い事じゃねーだろ。


 暴力と暴言のパラダイス。



 そんな罰ゲームみたいな世界観で生きてるのが、この人たち――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルだ。



「……帰ってよ、二人とも」



 登場すると同時にろくでもないことしか言わない二人を見て、リバイバルイーターはかすれた声で呟く。



「汝らに、ここに立つ資格はないでござるぱお」



 そんなイーターを鼻先で撫でて――巨大インド象妖精パオンが一歩踏み出した。


 全身から溢れ出る殺気。


 その気迫は象というより、マンモスみたい。マンモス見たことないけど。



「パオン、久しぶりだねぇ。元気に草食動物してた?」


「相変わらず忍者みたいな喋り方だな。忍べる体格でもないくせに」


「喋るなぱお、痴れ者ども!」



 パオンが激高したように、声を荒らげた。


 うわぁ。痴れ者って、現実の会話で聞いたの初めてだわ……。



「冷やかしなら帰るぱお。拙者たちは、再雇用魔法少女チームとして、魔法連盟アルスマギカを滅ぼすために戦ってるでござるぱお。汝らのようなクズを選出する腐敗した魔法連盟アルスマギカは、拙者たちが滅ぼして……っ!!」


「腐ってるのは、貴様らの頭だろう? どんな綺麗事を述べようと、やっていることはテロリストのそれだ」


「あんたに何が分かるんだお!!」



 塔上先生の冷淡な言葉に弾かれるようにして、リバイバルイーターが俊足で移動し――塔上先生の首元に魔法のフォークを突きつけた。



「塔上先生!」



 わたしは思わず叫んで、魔法の洗剤スプレーをイーターに向ける。



「黙っていろ、生魚」



 そんなわたしを、塔上先生は制して……って、誰が生魚よ!?



「サーモン先輩。このまま放っておくのは、大先輩方が危険なのです」


「そうよ! 隙を突いて、トップスピードで吹っ飛ばしてやろうよ!!」



 ディアブルアンジェ側が、痺れを切らしたのか主張してくる。


 そんな二人の肩を、パウダースノウがポンッと叩いて。



「気持ちは分かるけど……少しだけ、待ってあげてほしいかな?」

「先輩たちに、時間をあげてくれ。いざとなれば……鉄パイプを、投げるから」



 飛び道具にもなるのか、鉄パイプ。


 まぁ、それはいいとして。



「わたしも、二人と同意見よ。ノワール、トップ。PCも。お願いだから……少しだけ、お母さんたちに時間をあげてちょうだい」


「……まぁ、先輩方がそこまで言うのでしたら」



 釈然としない顔をしつつも、ノワールが頷いた。PCとトップも、それに続く。


 ありがとうね、三人とも。



 理解できないかもだけど、ここはいったん、お母さんと塔上先生に任せてほしい。


 だって、二人と風仁火ふにかさんは。



 引くほど喧嘩してるけど――同じ時代に南関東を護った、戦友同士なんだから。



「……怖くないのかお、どくろ女? このままグサッと刺したら、死ぬお?」


「貴様のような無様な体型の奴を怖がるなど、天地がひっくり返ってもありえないな。それに、貴様のようなチキン――いやピッグに、人を殺す勇気があるはずもない。食と勇気だけが友達だろう? ぶー」



 イーターがフォークを振り下ろす。


 そこに間髪入れず飛び込んできたお母さん。


 塔上先生のみぞおちに頭突きをクリーンヒットさせて、そのまま二人で倒れ込む。



 その後ろで、フォークの突き刺さった地面が、数メートルほど陥没した。



「……えっと。あれ、本当に大丈夫なんすか?」


「このままだとどなたか、魂を刈り取られるように思いますが……」



 そんな目でわたしを見ないで! こっちだって「やべぇ」って思ってんだから!!


 この人たち、わたしたちの常識の埒外にいやがる。



「ぐっ……一瞬、呼吸が止まったぞ色情魔。慰謝料の請求は貴様の夫に――」


「どくちゃんのバカ! 意気地なし!!」



 塔上先生の言葉は――お母さんが繰り出したビンタによって、遮られた。


 ゴキッと、塔上先生の首から嫌な音がする。



「ぐぉぉぉぉ……」


「なんでそんな言い方しかできないかなぁ? ほんっとうに、いつまで経ってもツンデレさんなんだから!! ねぇ、ぷにちゃん?」


「あんたの非常識さも、相変わらずだと思うお……」



『リバイバルクリスタル』とフォークをそれぞれの手に持ったイーターが、頬をひくひくさせる。


 うん、わたしもそう思う。



「まったく……今日ここに来たのは、そんなことを言うためじゃないってのに」


「ふーちゃんは、あんたたちの言葉なんて――聞きたいとも思わないお」



 イーターがお母さんを睨みつける。


 対するお母さんは、いつもどおりのあっけらかんとした笑顔。


 それが余計に腹立たしいのか、イーターは語気を荒くする。



「からかいに来たんなら、とっとと帰れお! ふーちゃんは、あんたたちとは違う!! ふーちゃんはたとえ一人でも、正しい魔法少女として――」



「ぷにちゃん……ごめんっ!」



 怒りに我を忘れていたイーターが、言葉を失った。



 だって、目の前で。


 あの傲岸不遜で、空気の読めないお母さん・有絵田ありえだ麦月むつきが……頭を下げてるんだもの。



「私としてはさ、子育てしながら精一杯やってたつもりだったんだけど。でも……真面目なぷにちゃんから見たら、きっといっぱい我慢させちゃってたんだよね。ほんっとうに、ごめん!!」


「この脂肪の塊に対して、負けを認めたのか。色情魔」


「御託はいいから! どくちゃんも、とっとと頭を下げなさいっての!!」



 塔上先生の頭を押さえて――ドゴォッと。


 お母さんは塔上先生の頭を、地面に向かって突き刺した。



「ひぃぃぃぃぃ!?」



 思わず悲鳴を上げるわたし。


 だけどお母さんは唇を尖らせて、小さい子どもをたしなめるように言う。



「どくちゃん? 今日は何しに来たのか忘れたわけ? まったく、ツンデレさんにも程があるっての」


「……後で殺すからな、麦月」



 頭を地面から引き抜くと、塔上先生は顔についた泥をはたき落とした。


 そして……イーターから視線を逸らし気味に、呟く。



「まぁ――貴様がそこまで気負っているとは、思っていなかった。私が悪いなどとは微塵も思わないが……別に貴様を、追い詰めるつもりだったわけでもないからな。その……すまなかったとは、思っている」



 ひぃぃぃぃぃ!? あの『絶対零度』塔上先生が、謝ったぁぁぁ!?


 これが世界の終わりってやつか、マジかよ冷や汗が出てきた!



「――――んで」



 とかなんとか、わたしが混乱してるのをよそに。


 リバイバルイーターは変身を解いて……穂花本ほかもと風仁火ふにかさんの姿に戻った。



 その頬をつたうのは、無数の涙の雫。



「なんで……なんで今さら、謝るのよぉ……謝らないで自分勝手にやってるのが、あんたたちだったじゃない……恨ませてよ、最後まで!!」


「恨んでていーよ。だって、私たちってそれくらい、めちゃくちゃな関係だったわけだし。ねぇ、どくちゃん?」


「ああ。恨みたいだけ恨め。私だって、この色情魔も貴様も、心の底から憎んでいる。だから貴様も――私と麦月のことを、許さなくって構わない」



 淡々とそう言って、塔上先生が風仁火さんの涙を拭う。


 お母さんが後ろから、ギュッと風仁火さんを抱き締める。



「まぁ、そーいうわけで……喧嘩すんなら、私たちだけでしよーよ? 魔法少女全部を憎むのはさ、もう――終わりにしよう、ぷにちゃん」


「私を憎むのは勝手だ。しかし、貴様が今やっていることは、貴様らしくないとしか思わん。一生懸命に魔法少女をやっているこいつらを、一番頑張ってきた貴様が否定するのは――理にかなわないだろう?」



 初めて耳にする、エターナル∞トライアングルの無茶苦茶な二人の、優しい言葉。


 それを聞いた、もう一人のエターナル∞トライアングルは……風仁火さんは。



 カランッと――時の宝珠『リバイバルクリスタル』を地面に落とした。


 そして、両手を地に付き慟哭する。



 そんな風仁火さんの両肩にぽんっと置かれる……お母さんと塔上先生の手。



 ――――これが。


 長年いがみ合い続けてきた、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの、雪解けか。



 なんだかその情景は、思ったよりも静かで、穏やかで……温かいな。



 そしてキューティクルチャームとディアブルアンジェの六人は、同時に変身を解く。



「終わったね、ほのりん」


「やはり、人の心を動かすのは――鉄パイプじゃ、ないんだな」



 当たり前だろ、この脳筋め。


 まぁ、いいや。番長の戯れ言は置いといて。



「パウダースノウの言うとおりね。もう風仁火さんに、戦う意思はない。だからこれで、第八十九番目の敵組織『ミッドナイトリバイバルカンパニー』は――」



【…………まだだ】



 暗く底冷えするような声が、わたしの頭の中に響き渡った。


 そして、時の宝珠『リバイバルクリスタル』が、ふわりと――中空に浮かび上がる。



【まだ終わらない……混沌は、これからだ。なぜなら、ここに……『闇』を抱えた者が、まだいるからな】



 宝珠の中から響いてくるその声は、間違いない。


 わたしたちがかつて戦った、第一番目の敵組織『ブラックチャクラ』の支配者――ブラックウィザード。



 風仁火さんが戸惑いながら、顔を上げた。


 お母さんと塔上先生が、風仁火さんを庇うように正面に立ちはだかる。



 だけど『リバイバルクリスタル』は、風仁火さんとは別方向に飛んでいき――――。




 戦いを見守っていた、巨大な妖星インド象。


 パオンの体内へと……溶けるようにして、吸収された。

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