ドッカ~ン! 1-4「それ、群馬でも同じこと言えるの?」

「着いたのですよ、皆さん」



空間転移ワープ』を使用したところで、ノワールは魔力温存のために変身を解いた。


 目の前に広がるのは、草一本も生えてない荒れ果てた土地。


 正面のビルの窓にはひびが入っており、あちらこちらに乗り捨てたと思われるバイクや、先端が凹んだ釘バットが落ちている。



 間違いない。


 ここは――群馬県だ。



「聞いていたとおり、荒廃してるな」


「まるで滅びた世界みたいで、怖くなっちゃうっ」


「ロックっすね、なんかイメージが沸いてきそうっす……『世紀末ですと? Say! 期末テスト!!』とか」


「やばっ!! 『ジャスミン』の才能、溢れまくりじゃん! 『群馬はもう、死んでいる。試験の結果も、死んでいる』――って歌詞入れようよ!」


「ユリーシャもヒナリアも、この破滅の空気を味わっているのですね。ソドムとゴモラの如きこの最果ては、世界の終わりのはじまる場所」


 ごめん。ディアブルアンジェは三人とも、何言ってんだか分かんない。


「あんたたち、遊びに来てんじゃないわよ。これからわたしたちは――『ミッドナイトリバイバルカンパニー』と決着をつけなきゃいけないんだから」


「――!! ほのーり、あそこにょろ!」


「邪悪な気配を感じるがぶ!」



 ニョロンとガブリコが叫ぶので、わたしたちは二匹の視線の先に顔を向ける。


 邪悪な気配……っていうか、巨象の頭が見えてるけど。


 まぁ、それは置いといて。



「よく来たでござるぱお。魔法連盟アルスマギカの飼い犬たち」



 わたしたちに気付くと、妖精インド象のパオンは大きく鼻を振るわせた。


 そして、象の歩みでこちらに近づいてくる。



 わたしは視線を逸らすことなく、ポケットからピンク色の勾玉を取り出した。



 キューティクル勾玉。


 ダサくて仕方ない、魔法少女への変身アイテム。



「――さぁ。今度こそ、終わりにするお」



 ひらりと。


 パオンの背中から、真っ白なロリータファッションの存在が、優雅に飛び降りた。



 黄色いツインテールが、ふわっと踊る。

 カラーコンタクトを入れた水色の瞳は、闇のように深い。


 念入りなメイク。ぽっちゃりした体型。



 昔と変わらないな――本当に。



 穂花本ほかもと風仁火ふにかさん。


 先代魔法少女・魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの一人。


 わたしたちの、かつての先輩。



 そして――最後の敵。



「……風仁火さん」


「群馬県は、今の魔法少女を象徴する場所だなぁって、思うんだお」


 穏やかな口調で、風仁火さんは呟く。



「本来はこの場所も、魔法少女に護られるはずだったんだお。それなのに、魔法連盟アルスマギカが選んだ二人が決裂したから……人も住めない地獄のような土地になってしまった」


 そろそろ四十六都道府県に改正した方がいいのかもしれない。


「サンシャインいろはのことは、知ってるお。彼女は就任した頃、人一倍やる気を持っていた……それなのに、相方と不仲になった途端、群馬を捨てて栃木にばかり媚びるようになった。そういうところが――ふーちゃんは許せない」


「風仁火さん! 春苺はるいちごにだって、事情があったんですよ!? それなのに、春苺のすべてを否定するなんて、わたしは――」


「ほのりそれ、群馬でも同じこと言えるの?」



 ぞくっとするほどの眼力。


 空寒くなるような雰囲気。



「貴方、あれだよね……群馬じゃ、真っ先に死ぬタイプ」



 その圧倒的なオーラに気圧されていたわたしの前に、雪姫ゆきひめが踏み出した。



「ゆっきーたちは、群馬でサバイバルするために、ここに来たんじゃないよっ! 風仁火さんたちを……止めに来たんだからっ」


「……雪姫は、そう言うと思ったお」



 風仁火さんがにっこりと笑う。

 その穏やかな微笑みが、なぜか怖い。



「貴方は男のなのに、誰よりも一生懸命、魔法少女をやってきたお。ふーちゃんは、そんな貴方を評価してる……ふーちゃんたちが新たな魔法少女システムを構築するときには、男の娘ではあるけれど、貴方を採用することも検討するお」


「……僕は、このチームで魔法少女をやりたいから」



 少しドスの利いた声で、雪姫が呟く。



「ほのりんや薙ちゃんが一緒じゃないと、意味がないんだよ。他の魔法少女たちが、ニコニコできてないと、意味がないんだよ。だから――僕は、風仁火さんの意見には賛同できない」


「そう。残念だお」



 さして興味なさそうに言って、風仁火さんは薙子なぎこの方に向き直った。



「薙子。貴方は、どうするつもりだお?」



 栃木で話したときの風仁火さんは、もっと狼狽えていた。

 自分の意見を否定されて、激しく怒りをぶつけてきてた。


 でも、今は――なんだろう。『無』って感じ。



「……あたしの考えは、この間と変わらないです」



 薙子が戸惑いがちに、だけど視線を逸らさず、風仁火さんに言う。



「風仁火さんらしくないやり方は、あたしが止める。それがあたしの、恩返しだから。そのために、あたしは――鉄パイプで、風仁火さんをぶっ潰す」


「鉄パイプで台無しだな!?」



 すぐ鉄パイプに頼る。

 鉄パイプ依存症なんじゃないの、マジで。



「――ふーちゃんには、ふーちゃんの『正義』があるお」



 風仁火さんがポシェットから、一本のナイフを取り出した。


 濃いピンク色のナイフ――リバイバルナイフ。



「定年退職パワー! パラシューティング!!」



 呪文を詠唱すると同時に、風仁火さんの身体が七色の光に包み込まれた。


 くるくるとアイススケートのように回転する風仁火さん。


 あの頃と変わらない、優雅で可憐なその動き。



 足・手・身体と順々に、風仁火さんを魔法少女のコスチュームが包んでいく。



 黄色いツインテール。

 チェック柄のエプロンドレス。

 両手にはナイフとフォーク。



 不思議の国からでも来たような、十年くらい手遅れな格好をしながら、風仁火さんは頬に手を当て、内股気味にウインクを決めた。



「今日もあなたを食べちゃうお☆ リバイバルイーター!」


 こちらに向けられたフォークの先端が、冷たく光る。



「今、蘇る。再雇用魔法少女――ミッドナイトリバイバル」



 そう口上を述べてから、風仁火さんは破顔した。


 無邪気な殺意に満ち溢れた、歪んだ笑みで。



「さぁ、最後の戦いをはじめるお? 魔法少女キューティクルチャーム。そして、殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェ。貴方たちを叩き潰して、現存するすべての魔法少女を倒して――必ず、魔法連盟アルスマギカを消滅させてみせるお」



 リバイバルイーターが十字を切り、わたしたちに向けて黙祷を捧げる。


 それはまるで、これから滅ぼそうとしている魔法少女たちへの――追悼のようだった。




「――――魔法少女よ、永遠に」

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