ドッカ~ン! 1-3「……長かったなぁ」

 ぶつっと、壁に映し出されていた映像が途切れた。


「ぎゃああああああああああああ!?」


 同時に凄まじい叫び声が轟いたかと思うと、変身を解いたもゆが、じったんばったん畳の上をのたうち回る。



「目が、目が、目があああああああ!? 世界がどんどん、ねじれてくのですぅぅぅぅ!?」


「もゆぅぅぅ!? しっかりするっすよぉ!!」



 百合紗ゆりさが慌てて駆け寄るけれど、もゆはひたすらローリング。


 なんか、海岸に打ち上げられた魚みたい。ぎょぎょーん。



「ここまでか。風仁火ふにかさんたちの動向は、これ以上は分からないな」


「まぁ、群馬にいることが把握できただけでも良しとするわ。もゆの『空間転移ワープ』を使って、早く群馬に行こう」


「もぉ、薙ちゃんもほのりんも! もゆちんが百倍痛いドライアイで苦しんでるっていうのに、なんでスルーしてるのさっ!?」



 雪姫にたしなめられつつも、知らん顔して今後の動きを話し合うわたしと薙子。


 一方の百合紗と雛舞は、畳の上の鯉状態なもゆの傍で、片膝をついた。



「もゆ! しっかりするっすよ!!」


「目が、目が、目がああああ……身体が勝手に、動き出すのですぅ……」


「ったく。いつまでそうやって、ごろごろしてんのさ。あんた、殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェのリーダーなんでしょ。情けない様を晒さないでよ」


雛舞ひなむ、無茶を言っちゃ駄目っすよ! 百倍痛いドライアイなんて、誰でものたうち回るに決まってるっす!!」


「うちは痛みに耐えることにおいても、頂点だし!!」


「痛みに堪えて頑張るのは、確かに感動っすけど、ロックっすけど! 今は雛舞の、頂点アピールを聞いてる場合じゃないんすよ!!」


「うぅ……ユリーシャ、ヒナリア。どうか争わないで……現世で再び出逢えた三人の、奇跡の軌跡を大切に――うぎゃあああああ目があああああああ!? 百万倍のドライアイいいいいいいい!?」



 桁が増えてるし。


 もゆの魔法は強大だけど、こういうデメリットが恐ろしい。


 わたしの魔法は洗剤スプレーをぷしゅぷしゅするしかできないけど、デメリットがないのはありがたい。マジでダサいけど。



 そうやってぼんやり、後輩が苦悶する様子を眺めていると。


 なんだか知らないけど頂点娘が、はぁとため息を吐いた。



「……ったく。しょうがないよね、もゆは。リーダーなんだからもっとしっかりしてほしいし、スタイル良くなってほしいし、そんなバタバタしないでほしいわ」


「ス、スタイルは関係な……ぐわああ……」


「べ、別に? もゆは可愛いとこあるし? 頑張ってるって思うけどさ? あ、でもうちほどじゃないけどね? うちがトップだけどね?」


「何が言いたいんすか、雛舞?」



 百合紗に睨まれた雛舞は、ぽりぽりと自身の頬を掻く。

 そして、もゆに背中を向けながら、ぽいっと何かを放り投げた。


 もゆの傍にコンッと落ちた、それ。



「――『漏斗誓約ろうとせいやく』」



 もゆは慌ててそれを拾うと、手を震わせながら蓋を開けた。


 点眼、目が潤う。


 すると、青ざめていたもゆの顔色が、見る見る良くなっていく。



「ったく。忘れてたんじゃん? 最強の魔法少女であるうちが作った、この頂点に立つ目薬。一回差すだけで、一気に魔力が補充されんのにさ」


「申し訳ないのです、ヒナリア。あまりの痛みに忘れてたですが……『漏斗誓約』があれば、このドライアイに苦しまなくて済むのでしたね」


「べ、別にいくらでも作れるし? 困ったらいつでも言えば? お願いしますって頭下げてきたら、普通に作ってやらなくもなくもないっての!」


「雛舞はもうちょっと、素直になったらいいと思うっすよ」


「ロックミュージシャンが、素直とか言うなし!」



 百合紗の言葉に顔を真っ赤にして、雛舞がなんだかムキになる。

 そんな雛舞を微笑ましそうに見てる百合紗。


 そして――ギュッと、雛舞の後ろから抱きつくもゆ。



「ぎゃああああ!? ちょっとちょっとぉ、何してんのさ! 頂点に立つうちに、気安く触れないでよ!? 温かくて柔らかくて、なんかふにゃってなっちゃうじゃん!!」


「そういう突っ張ってるところも――ヒナリアの可愛いところなのですよ」



 もゆを引き剥がそうとブンブン身体を動かす雛舞。

 雛舞から離れないぞと、ニコニコしながらしがみついてるもゆ。



「ずるいっすよ、自分も混ぜてほしいっす!」



 そんな二人を、最年長の百合紗が抱擁する。


 嫌がる雛舞にひっついて、きゃっきゃとするもゆと百合紗――そんな光景に、わたしは思わず頬が緩くなる。



「いいよねぇ、殲滅魔天ディアブルアンジェっ!」


「全員、変な奴らばっかだが。あれはあれで、まとまってきてるな」


「そうね……わたしたちと一緒。個性派ばっかだけど、チームワークはしっかりしてて、決めるときは決めて。そんな風に――あの子たちも、なれるのかな?」



 言いながら、わたしは「なれるに決まってる」って思った。


 鈴音りんねもゆ。茉莉まつり百合紗。緒浦おうら雛舞。


 わたしたちの、可愛い後輩ちゃんたち。



 この子たちなら、きっと……わたしたちの跡を継いで、南関東の平和を護ってくれる。


 そう信じてる。信じられる。



「……ちょっとだけ、外の風でも吸ってくるね」



 雪姫ゆきひめ薙子なぎこにそう言い残して、わたしは旅館の廊下に出た。


 早足気味に階段を降りて、入口の外に出る。


 空を見上げると、そこには一面の星空が広がっていた。



 千葉県ではなかなかお目に掛かれない、遮るものが何もない空。


 輝く無数の星のシャワー。



「あ……流れ星」



 現われたかと思うと、すっと消えていった流れ星に、わたしは願い事を考える暇もなかった。


 代わりに、わたしの脳裏をよぎったのは……あの日の光景。



 ――――おー! みっちゃん、なぎちゃん、見てー!!



 流星群が降り注いだ、あの日。


 わたしと雪姫と薙子は、突如現われた化け蛇妖精ニョロンに選ばれて、魔法少女キューティクルチャームになった。



 地獄のように長い日々だった。



 戦って戦って、後輩教育をして、役立たずの妖精をぶっ飛ばして。


 ここまで来たんだ。



「……長かったなぁ」



 独り言ちてから、なんだか感傷的になっている自分に笑ってしまった。


 あんなに嫌で嫌で仕方なかった魔法少女なのに。


 以前と違って、きっちり引き継ぎしたから、心に区切りもつけられそうなのに。



 なんで、こんな……寂しい気持ちになってんだか。




 馬鹿みたいだな、ほんと。



 本当に…………馬鹿みたいだ。

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