ドッカ~ン! 1-2「それからの群馬はひどかった」

 温泉から客室に戻ったわたしたちは、軽く食事を平らげてから、浴衣へと着替えた。



「さぁ……いよいよにょろね」

「緊張するがぶ」



 真剣な表情の巨大な白蛇と、大口を開いたワニ。


 化け蛇の方は、キューティクルチャームの妖精ニョロン。化けワニの方は、ディアブルアンジェの妖精ガブリコ。


 どっちも見た目は怪物じみている上に、中身はすかぽんたんな奴らだ。



 そんな頼りない二匹の周りに座布団を敷いて、わたし・雪姫ゆきひめ薙子なぎこ百合紗ゆりさ雛舞ひなむはアーチを描くように座っている。


 そして、正面に立つ――一人の魔法少女。



「それでは、はじめるのです」



 もゆの変身したノワールアンジェは、左目にかかった髪を、ゆっくりと掻き上げた。


 学ランを可愛くアレンジしたコスチュームに、学帽風のキャップ。


 帽子についた白いひらひらと、腰元についた黒いひらひらは、差し詰め天使と悪魔の羽根のよう。



「魔法のオッドアイ『夜光虫』――『千里眼光テレパス』」



 金色に輝くオッドアイから放たれた光が、旅館の白壁に当たる。


 そこには、まるで巨大スクリーンのように……どこか遠くの映像が映し出された。



「この映像が、『ミッドナイトリバイバルカンパニー』の現在地の様子なのです」


「さすがノワール、凄まじい魔法っすね」


「べ、別に凄くないし! うちだって、ちょっと頑張ればこんなの、ぜんっぜんできるし? むしろうちの方が、ノワールよりトップレベルにすごいことできるからね!!」


「落ち着け、雛舞。お前の自慢話のターンじゃない」


「まぁまぁ、薙ちゃん。そんなツンデレさんなところも、雛っちのチャームポイント★ だと思わないっ?」



 ざわざわとどうでもいい会話をはじめる、相変わらずなパーティー。


 わたしは深くため息を吐いて、真面目に進行することにした。


 はぁ……ほんっと、根っからの学級委員。涙が出ちゃうわ、血液混じりの。



「ノワール。もう少し近づけられる? 風仁火ふにかさんやパオンが見えるように」


「やってみるのです」



 空からの俯瞰だった映像が切り替わり、荒廃した情景が映し出される。


 そこに立ち尽くしているのは、一人と一匹。



《着いたお。ここが……群馬県だお》



 黄色に染めたツインテール、水色のカラーコンタクト、白いゴスロリ。


 ややぽっちゃりな二十代後半の格好としては、バッドマッチ! イエーイ!!



 そんな彼女は、かつて魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの一人だった、わたしたちの先輩――穂花本ほかもと風仁火さん。



《ふむ。ここが彼の有名な、群馬県でござるぱおか》



 体長四メートルはある、巨大な身体。瞳はつぶらで、四足歩行。


 そんな巨象は、妖精インド象パオン。かつてエターナル∞トライアングルの妖精だった存在だ。



 パオンは長い鼻の先で水晶玉をつまんで、高々と持ち上げている。



「あれって、確か……地獄コックが持ってたやつじゃない?」


「うんっ! あれは時の宝珠『リバイバルクリスタル』……水晶に願えば、時間を巻き戻すことができるっていう、魔力結晶でできたアイテムだよっ!!」



 そう言い合って、わたしと雪姫は同時に首をかしげる。


 時の宝珠『リバイバルクリスタル』。


 あんなものを持って、群馬県まで行って、風仁火さんたちは一体何を……?



《ふーちゃんたちが、この宝珠を手に入れた本当の目的――ほのりたちは、気付いてるのかな?》



 映像の風仁火さんが、ぽつりと呟いた。


 その隣で、パオンがゆっくりと鼻を横に振る。



《分からないでござろうぱお。おそらく現役の者たちは、拙者たちが『再雇用魔法少女』を生み出すためだけに、これを用いたと思い込んでるぱお》


《願いをかければ、時間を巻き戻すことができる魔力結晶――『リバイバルクリスタル』。ノワールアンジェって子も『時間逆行タイムリバース』なんて技が使えるみたいだけど、彼女が使える規模なんて比じゃない……もっと過去に遡って、強大な力を蘇らせることができる》


「ノワールの比じゃないって意味じゃ、うちも同じだもんね! だってうちは、トップレベルの魔法少女だし!!」



 空気読めない頂点馬鹿が、なんか言ってるけど。


 わたしは、微笑みながら水晶玉を覗き込む風仁火さんを見て……ぞくっと、背筋が凍るのを感じた。



 過去を悔やみ続ける再雇用魔法少女と、過去を憎み続ける妖精。


 そんな二人が、時の宝珠を使って、一体何をしようって言うんだ?



《雛舞が時間を稼いでくれて、本当に助かったお》


《最初、汝が彼女を仲間にすると言ったときは、どういうつもりかと思ったぱおが……》


《手駒は多い方がいいから、それだけだお。最強を目指すために、味方も無下にするような子は――嫌いだお》



「……何それ」



 画面の向こうの無表情な風仁火さんを見つめたまま、雛舞がぽつりと呟いた。


 そんな雛舞の背中を、百合紗が優しく撫でる。



「味方を無下に――か。それって、ひょっとしてさぁ……」


「ああ……そうだろうな」



 雪姫と薙子が、顔を曇らせる。


 わたしも多分、おんなじ顔をしてると思うわ。


 風仁火さんがそうやって、どす黒い感情を剥き出す相手は――間違いなく、わたしたちのよく知っている二人だろう。



 わたしのお母さん、有絵田ありえだ麦月むつき

 わたしの担任、塔上とうじょうどくみ。



 かつて風仁火さんと共に戦った――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの魔法少女。



《やっぱり、魔法連盟アルスマギカの選んだ魔法少女は――適格者じゃないお》



 底冷えするような声で、そう呟いて。


 風仁火さんはゆっくりと、『リバイバルクリスタル』を天にかかげた。



《やる気がない魔法少女。正義に反する魔法少女。自己顕示欲を満たすためだけに活動する魔法少女。狂った魔法連盟アルスマギカの産み出した、愚かな『偽者』の魔法少女たちよ!! これから革命がはじまる……そして、すべての魔法少女はいなくなる!》


 パオンが大きな声を上げて、同じく鼻を天にかかげる。


《革命により――魔法連盟アルスマギカは滅ぼす。そして、愛と正義を胸に抱いた、正しき魔法少女による世界平和を……実現させてみせる。必ず!!》


《革命の地に選ばれたことを、光栄に思うぱお――群馬県》



「……はい? なんで群馬?」



 一番世間に疎い百合紗が、怪訝な顔で言った。


 そんな百合紗を、ノワールがちらっと横目に見る。



「知らないのですか、ユリーシャ? 群馬県はこの日本で唯一、魔法少女が存在しない場所なのですよ」


「え。なんすか、その無法地帯? 悪の組織が現われないんすか、群馬は?」


「違うよ。悪の組織はトップレベルに出るのに、群馬には魔法少女がまるでいないから、この画面みたいに……世紀末レベルに荒廃してんのさ」


「へぇ。魔法少女になったばっかなのに、雛っち詳しいねっ★」


「当たり前じゃん。だってうちは、魔法少女の知識でもトップに立つ女なんだから!」



 すーぐそうやってマウント取りにくる。

 そんなにトップが好きなら、洗剤集めでもしてろって。


 とはいえ――ノワールと雛舞の言っている知識は、間違ってない。



 日本で唯一、『魔法少女が管轄しない土地』群馬県。



 昔は伝統的に、二人組の『北関東魔法少女』が茨城県・栃木県・群馬県を管轄してたんだけどね。


 わたしたちが魔法少女になって、しばらくして代替わりをして、三県をまたいで戦っていたものの……色々あって事実上の解散。


 結果的に、サンシャインいろはが栃木県を、もう一人が茨城県を担当することで落ち着いて。



 群馬県は――日本で唯一、『魔法少女が管轄しない土地』になった。



 それからの群馬はひどかった。


 花は枯れ、鳥は空を捨て。

 人は微笑みなくした顔をして、モヒカンでバイクを乗り回してるし。


 もはや日本でもなんでもない。



《魔法少女不毛の地において、魔法少女の革命がはじまるっていうのも……なんだか皮肉でござるぱお》


《魔法少女不毛の地――その事実こそが、現在の魔法少女が間違っていることの証明だお。本来は管轄地域だった場所を、諍いによって放り捨て……結果的に、世紀末のような無法地帯と化した群馬県。ある意味、魔法連盟アルスマギカ最大の被害者だお》



 ぐうの音も出ない正論。


 魔法連盟アルスマギカがどうかしてるせいで、誰が正義で誰が悪か、理解が追いつかないっていうか。



「『魔法少女の革命』? 雛舞、知ってるのか」


「……知らない。うちはただ、魔法少女をぶっ潰すってことしか、聞いてなかったし」


 低い声で尋ねる薙子に、雛舞はぶっきらぼうに答える。


「革命って……穏やかじゃないわね」


「あ、ほのりん見てっ!!」



 雪姫が指差した先には――風仁火さんのかかげた『リバイバルクリスタル』。


 その中にぼんやりと、何かのシルエットが浮かんでいる。



【今度こそ……混沌に世界を包んでみせよう……今度こそ……】


「…………え?」



 地獄の底から響くような重々しい声。


 人の形のようで人の形じゃない、捉えどころのないシルエット。



 一言で表すなら、それは――『混沌』そのもの。



「……ほのり、雪。あれって、まさか」


「うん、薙ちゃん。頭の中に浮かんだそれ、多分だけど間違ってないと思うよっ。あれは――」


「――混沌の守護者・ブラックウィザード」



 大半の敵を忘れてるわたしだけど、こいつだけはさすがに忘れない。


 ……忘れるはずがない。



 今みたいな短期間の敵とは違って、一年間戦い続けた相手。


 わたしたち魔法少女キューティクルチャームが、最初に戦った敵組織。


 割とマジで、世界を崩壊する直前まで追いやった巨悪。




 第一番目の敵組織『ブラックチャクラ』。


 そんな組織のラスボスだったのが、こいつ――混沌の守護者・ブラックウィザードだ。

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