第1話 パラレルパラレル☆もしも時間が戻るなら

ドッカ~ン! 1-1「何をするのですか、つるぺた先輩!」

「はぁぁぁぁぁ気持ちいぃぃぃぃ。悪意も穢れも流されてくぅぅぅ……」



 ふわぁ……生き返るって感じ……。


 露天風呂に肩まで浸かってると、身も心も温かくなっていく。



 そう――ここは、栃木県日光市にある温泉旅館。



 栃木県のゆる魔法少女・サンシャインいろはこと明日利あすり春苺はるいちごの計らいで、わたしたち六人と三匹は今晩、ここに泊まることになった。



 もう結構いい時間だしね。


 昼間っから結構マジで戦ってたから、ちょっと休ませてもらってるってわけだ。



「ふぅ……極楽だな」



 隣から聞こえてくる、気持ち良さげな声。


 湯気で曇っちゃわないように眼鏡を外してるから、じっと目を凝らす。



 頭にタオルなんか乗せて、壁際にもたれ掛かってくつろいでるのは――二つ年上の新寺しんでら薙子なぎこ



 自慢の長い黒髪は、お湯に浸からないようポニーテールに結われている。

 濡れそぼったうなじが、なんか色っぽい。



 そもそも薙子って、スタイルがいいんだよね。背は高いし、ウエストはくびれてるし。


 お湯から覗く胸なんか……マジやべぇ。



「……ほのり。あたしの胸を、睨みつけるな。羨ましいのか?」


「はぁ!? 睨んでないし、っていうか羨ましいとかねーし!?」


「大丈夫だ。もう何年かすれば、少しは大きくなる。多分な」


「よーし、喧嘩売ったな? わたしとここで、魔法バトルをしたいって、そういうことなんだな!?」



 歯ぎしりをするわたしを見て、プッと吹き出す薙子。


 ぐぬぬ……別に、ちっちゃくないし。中の下くらいだし。


 わたしは少し湿った髪の毛を、ぐしゃっと掻きむしる。



 栗毛色のセミロングヘア。スタイルは普通。普段は眼鏡。


 そんな、どこにでもいる目立たない系高校三年生のわたしが、秋葉原のメイド喫茶もびっくりな衣装で魔法少女をやらされてるなんて――冷静に考えるほど、どうかしてる。



 それもこれも全部――魔法連盟アルスマギカって奴の仕業なんだ。



 化け物じみた妖精を派遣して、「ビビビッときた」なんて理由だけで、いたいけな少女(例外あり)を勧誘して、魔法少女に変身させる異次元世界・魔法連盟アルスマギカ


 しかも連中は、一度契約を交わせば、後任が見つかるまで辞めることを許さないという、ヤクザまがいの脅迫行為にまで及んできやがる。



 そんな悪い大人の食い物にされて、いつの間にやら九年目。


 ぴちぴち小学四年生だったわたしも、今では熟れたてアンフレッシュな高校三年生になりました。


 ……いい加減マジで辞めさせてほしいんだけど。



「嗚呼……白き濁りを帯びた泉は、霧に隠れて温もりを振りまく。そして、この身は癒しに包まれ――」


「うちは露天風呂を楽しむことでも、頂点に立つ女だよっ!!」



 意味不明なポエムを吟じていたおちびちゃんが、露天風呂からトビウオみたいに飛び出した少女のせいで、思いきり頭からお湯をかぶった。


 何を言ってるか分からないと思うけど、わたしも何を言ってるか分からない。


 見てたけど、何やってんだこいつらとしか思わねぇ。



「……ぷはぁ! ちょっとヒナリア、何をするのですか!!」


「ん? だから、露天風呂をトップレベルで楽しんでるんだって!」



 さっきまでポエムってた中二病おちびちゃんは、鈴音りんねもゆ。中学一年生。


 いつも三つ編みおさげの赤髪は、お風呂ではお団子状に結われている。

 お人形みたいに真っ白な肌が、今日は赤く火照っていて、なんか艶やか。


 胸はまだまだ、ぺったんこ。いや、別にマウント取りたいわけじゃないけど。



「よーっし! 今度はバタフライで、最速で泳ぐからっ!!」



 そして、露天風呂でバカみたいに泳いでる頂点オタクは、緒浦おうら雛舞ひなむ。中学三年生。


 カチューシャでおでこを露出した、セミロングの茶髪。


 ガラス玉みたいに真ん丸な目を爛々と輝かせ、ばっしゃばっしゃとバタフライしてる。


 もゆと二歳しか変わらないはずなんだけど、こっちは引っ込むところは引っこんで、出るところはしっかり出てる。中三のくせに。



「ひぃぃ……公共の場で、騒いじゃ駄目っすよぉ……因縁付けられたら、どうするんすかぁ……」



 そんな二人をちらちら見ながら、端っこの方で縮こまってガタガタ震えてるのは、茉莉まつり百合紗ゆりさ。在籍は高校一年生。引きこもりだから、全然通ってないけど。


 真っ青に染めたショートヘアは、前髪だけ長いもんだから、目元が隠れている。


 基本室内で過ごしているせいで、肌はもゆ以上に真っ白。手足もかなり細い。


 そんな不健康な生活をしているくせに、なぜか胸は雛舞と同じくらいある。



 百合紗も雛舞も、なんでわたしより……マジで解せない。



「百合紗も、ほら一緒に泳ごっ! 露天風呂で泳ぐなんて、ロックじゃん? 歌い手『ジャスミン』も、こういうところでインスピレーション掻き立てなよ!!」


「ひぃぃ……自分は引きこもりっすけど、非常識な行動は怒られるから嫌っすよぉ……」


「怒られることを恐れて、どうすんの? 頂点に立つ器があるなら、人がやらないことをやって、そこで頂点に立たないと!!」


「ヒナリア。他者に迷惑を掛けては駄目と、先刻伝えたばかりでしょう? 少しはおとなしく……」


「そうやって、もゆは逃げるわけだ」


「に、逃げ……!? もゆは普通に、人として注意しているだけなのです!」


「なんとでも言えばいいさ。ただし……この露天風呂においては、あんたより上に立ったとだけは言っておくけどね!」


「……上等なのです。もゆを煽ったこと、後悔させてやるのです!」



 そうやって、バチバチ火花を散らしながら、水泳対決をはじめようとするもんだから。


 わたしは握った拳を、二人の頭へゴチン!



「あいたっ!?」


「あうっ!? 何をするのですか、つるぺた先輩!」


「殺すぞ、もゆ」


「……調子に乗りすぎました、ごめんなさいなのです」



 わたしは胸元で両手を組み、二人を睨みつける。



「ったく、あんたたちは……普通に中学生としてもどうかと思うけどさ。今がどういうときか、分かってんの?」


 そう。


 今は温泉で身体を癒しているけれど。



 もうすぐ、わたしたちは――史上最大の決戦をはじめるんだ。



 第八十九番目の敵組織『ミッドナイトリバイバルカンパニー』。


 その組織にいるのは……元・魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの一人、穂花本ほかもと風仁火ふにかさん。そして、かつて彼女とともに戦った、妖精インド象のパオン。



「かつての先輩の野望を食い止める……わたしたちにとって、かなり胃が痛い戦いになるわけよ」


「それに、風仁火さんが全力で来たら――あたしらが束になっても、かなり厳しい」



 薙子が首を縦に振って、わたしに同調する。


 だけど、もゆと雛舞は……なんか満面の笑みを浮かべて。



「闇に堕ちた大先輩――その闇を、漆黒の天使が包み込み、もゆたちは真の魔法少女となるのです。それはすなわち、ラグナロク」


「うちを誰だと思ってんの? 魔法少女の頂点に立つ存在、緒浦雛舞だよ? ほのりさんたちが束になって敵わなかったとしても、うちが戦ったら勝てると思わない?」



 なんだこいつら。


 おばかさんな後輩二人にため息を吐きつつ、わたしはもう一人の後輩に視線を向けた。


 百合紗は気まずそうに、口までお湯の中に潜る。



「ま。『ミッドナイトリバイバルカンパニー』については、わたしたちが全力で頑張るけどさ。雛舞もこっちに合流したわけだし、キューティクルチャームの戦いは……これが最後。あとは、あんたたちの時代だからね。ちょっとは危機感持ちなさいよ」



 最後、という言葉を噛み締めながら。


 わたしはみんなに背を向け、お湯から出た。



「じゃあ、わたしは先にあがってるから」



 ぬるっとする岩底で滑らないよう気を付けながら、わたしはタオルを片手に曇りガラスの前まで移動して、ガラッと開けた。



「ほーのりんっ★」


 そこには――生物学的な性別と、精神的な性別がこんがらがった生物がいた。


 身体は男、心は女。


 いや、ときどき心も男かな? あ、服装は女? 俺が女で、お前は誰で?



 …………とかなんとか、一瞬頭がショートしたけど。



「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」



 平静を取り戻したわたしは、絶叫とともに相手の顔面目掛けて正拳突きを繰り出した。



 そしてそのまま、ビシャンと曇りガラスを閉め。

 思いきりよく、風呂の中へと飛び込む。


 段々と湧き上がってくる、先ほどの愚者への怒り。



「マジで、あんた何やってんのよ!? 覗き、不法侵入、軽犯罪!」



 その相手は――雪姫ゆきひめ光篤みつあつ。わたしと同じ高三で、昔からの腐れ縁。


 普段はゆるふわパーマな金髪を肩まで伸ばしていて、プリーツスカートとかを穿いてることが多い。


 まつ毛は長くて、目はぱっちり。ナチュラルメイクは、いつも完璧に決まってる。



 だけど胸はない、男の子だもん。



「……いったぁ。もぉ、ほのりんは乱暴だなぁ! ぷんぷんっ!!」


「ぶりっ子してんじゃねぇぞ、この女装変態野郎! 長年その性癖を許してきた結果がこれか!! わたしの柔肌、よくも見やがったな!!」


「もぉ、見てないってばぁ。湯気が濃かったし、一瞬だったし。何より平坦だったから、どこがなんだかって感じだよぉ」


「よーし、殺す! お前は高校生卒業前に、この人生から卒業するんだ!!」


「こわっ!? 仮にも魔法少女なんだから、もう少し言葉選びは考えなよっ!」



 なんであんたが引いてんだよ!?


 勘違いすんなよ、そっちの方が加害者なんだからな!?



「ゆっきーだって、女風呂は悪いかなぁって思ったんだよ? でもね、この旅館――『雪姫風呂』がないんだよっ!!」


「普通はねーよ、そんなの」


「だからって男風呂に入るのは……いやん、だし? だからってお風呂に入らないのは、ばっちいでしょ? だからぁ、苦渋の決断ってわけっ★」


「もうちょっと考えて行動するか、おとなしく男風呂に入れ!!」


「でもさ、ゆっきーの可愛さだよ? 変態さんにあんなことやこんなことされたら、どうするのさっ! お嫁にいけなくなっちゃうっ」



 気にするポイント、そこかよ。


 もうなんか脱力しちゃって……どうでもよくなってきたわ。




 こんな感じで、もう何年もやってきたんだもんね。わたしたちは。

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