も~っと! 4-7「あんこのない鯛焼きみたい」

「ん? あれ? なんともない?」


 アバターにぶん殴られたけど、なんともないことに目を丸くするトップ。

 そんなトップに、ツカツカと近づいて。


 PCが――パンッと、左頬をビンタした。



「ぎゃあああああ!? いったぁ、痛い痛い!? 何これ、やばい死ぬ痛い痛い痛い痛い」



 PCにぶん殴られたトップが、地面にぶっ倒れた。

 そして、絶叫しながら半泣きで、ごろごろ転がって悶絶する。


 なんだこれ……ちょっと尋常じゃないんだけど。



「えっと、PC……何したの?」



 地獄コックが噴き出す炎を『マジック☆凛々』の水流で相殺しつつ、わたしは尋ねる。



「『ジャスミンアバタープログラム』は、アバターをぶつけた相手のステータスを、自在に書き換えられる必殺技っす。アバターがトップに触れた瞬間、頬の耐久力だけゼロまで落としたんで……自分の軽いビンタでも、死ぬほどの痛みを味わうんすよ」



 さっきからあんた、えぐすぎない?


 PCとは間違っても喧嘩しないようにしよう……ひそかにそう思うわたし。



「何……すんのさ……この、引きこもり……っ」


「おたくが、阿呆なことばっか言うからっすよ。さっきから聞いてりゃ、なんなんすか、おたく。これで魔法少女のトップとか、片腹痛いっすね」


「なん……ですってぇ……っ!」



 頬を押さえたままギリッと歯噛みするトップの前に、PCはしゃがみ込んで。



「リーダーの器もないっすけど、魔法少女としても使えないっすね。おたく、やっぱり自分の凄さを見せつけたいだけで、中身すっかすかっすよ。あんこのない鯛焼きみたい」


「だれが、ただの皮なのさ……引きこもりに、何が分かんのよ! あんたらが消火活動してる間に、うちはあの化け物コックを倒すんだってば!!」


「やりたくないことから、逃げてんじゃねーって言ってんすよ」



 社会から逃げてる引きこもりが、なんか言った。



「てめーのことより周りが見れないなら、リーダーにもなれねぇし、トップにも立てねぇんすよ。魔法少女のくせに、人助けもできない雑魚。かといってワルとしても、結局はリバイバルイーターたちの使いっ走りな三下。あんた、頂点どころか、底辺っすよ。トップから『ボトム』に名義変更した方がいいんじゃねぇっすか?」


「言うじゃない……じゃあ、あんたから倒してあげようか!?」


「だから、そういうところが『底辺』なんすよ。地獄コックの相手は、キューティクルチャームがするんで、おたくは自分たちと消火、救助活動。役割分担って分かります? チームワーク取れねぇバカは、こっちから願い下げっすよ」



 言いたい放題に暴言を吐いてから、PCアンジェはリバイバルトップに背を向けた。


 そして――まっすぐにノワールアンジェを指差す。



「魔法のオッドアイ『夜光虫』――『豊穣降雨スコール』!」



 ノワールのオッドアイが金色に輝き、雨が降り注ぐ。

 地獄コックの炎で燃え盛る町に、恵みの雨。


 だけど――思いのほか、地獄コックの炎は勢いが強い。



「PC、トップ! 『空間転移ワープ』で住民は避難させました!! 後はこの炎を消すだけなのですが……想像以上に威力がありますね、この炎」


「魔天の音符が電子に踊り、狂ったフェスタでシェケナベイベー! ――PC・ジャスミンアバタープログラム」



 半透明な『ノワールアンジェ』が魔法のデスクトップパソコン『ファッキントッシュ』から現われたかと思うと、本物のノワールアンジェへと吸収されていく。



「ノワールのステータスを書き換えて、魔力を爆上げしたっすよ! もう一回、雨を降らすっす!!」


「さすが我が血の盟友、素晴らしい援護……『豊穣降雨スコール』、フルパワーなのですっ!!」



 再びオッドアイが光り、先ほどよりも勢いを増した雨が降り注いだ。


 ノワールとPCの協力魔法が……地獄コックによる火災を、一気に鎮火する。



「よくやったわね、後は――」


「マルシェエエエエエエエエエエエエッ!!」



 瞬間。


 地獄コックがカレーを口に含んで、物凄い勢いの炎を噴き出した!



 その炎がまた、栃木の町へと向かっていくが――。



「魔法のフラフープ『白黒空間オセロゾーン』――ホワイトフープ!!」



 飛び出したリバイバルトップの白いフラフープが、その炎を受け止めた。


 凄まじい勢いに弾き飛ばされそうなところを、トップが必死に堪える。



「悪意も穢れも、これ一本! サーモン・マーメイドバブルデリーター!!」



 シャカシャカと振ったスプレー缶から、虹色に煌めく大量の泡を噴射する。


 わたしの必殺の泡は、トップがホワイトフープで抑えていた炎に向かっていき――完全消滅させる。



「やるじゃない、後輩。いいチームプレイだったわよ?」


「……別に。なんか、意地張ってるのが、バカらしくなっただけだし」



 唇を尖らせてぷいっとそっぽを向くトップに、わたしは苦笑した。


 わたしも顔を上げ、独り言ちるように呟く。



「どっかの中二病娘も、昔はあんたみたいだったわよ。魔法少女として目立って、人気者になって、友達がいっぱい欲しいって……言うこと聞かなくて、大変だったんだから」


「…………」


「引きこもり娘も、そうだったわ。他人が怖いから部屋から出ずに、下手くそな音楽を配信してた。今も続けてるみたいだけどね、歌い手『ジャスミン』……最初はまるで会話になんなかったけど……今じゃこうして、ノワールを信頼して、コンビとして頑張ってる」



 もゆと百合紗ゆりさの過去を懐かしみながら、わたしは視線をトップに移した。



「あんただって、似たようなもんよ。別にあんたの生き方だから、好きにすりゃいいんだけどさ……魔法少女やるんなら、あの二人みたいに、ちょっとは変わってみたら? 独りぼっちでトップに立つんじゃなくって、あいつらと三人で違う景色を見るってのも……まぁ悪くないと思うけどね」


「…………」


「リイイイイイイイイイイイイイッ!!」



 そんな、わたしとトップに奇声を発する地獄コック。


 ゾンビのようなそいつは、気持ち悪い動きで飛び掛かろうとして――。



「天誅一撃、覚悟を決めな! 番長・シンデレラブレイクエンド!!」



 布団叩きみたいな形状に変形した魔法の鉄パイプ『巌流武蔵がんりゅうむさし』で、番長がぶん殴った。


 飛沫のように飛び散る、ガラス片。



「よーしっ! おしおき一発、行っちゃうよ! パウダースノウ・スノーホワイトアップルドロップ!!」



 そこに飛び出る、魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』。


 大きく息を吸い込んで、まるで真っ赤なリンゴのように膨れ上がった『しずねちゃん』は――そのまま地獄コックを、尻で踏み潰す。



 そして、わたし――チャームサーモンと。

 チャームパウダースノウ。

 チャーム番長。



 三人は並び立ち、ふらふらと立ち上がった地獄コックを見る。



「やぁぁぁぁぁって来たぜぇぇ!!」



 振り返ると、そこには特攻服を着た珍妙な集団が隊列を組んでいた。


 サーモン応援団を率いるのは、坊主頭の雉白きじしろくん。

 パウダースノウ応援団を率いるのは、口ひげとあごひげが濃い、えーと名前忘れた。

 番長応援団を率いるのは、七三分けに細縁眼鏡を掛けた誰だっけこいつ?



 ってか、緊迫した空気に水を差すなよ。マジで。



「雉白くん、猿輝さるきくん、犬黒いぬぐろくん! ――キューティクルチャーム応援団のみんな!! こんなところまで、よく来てくれたねっ!」


「パウダースノウ……当然だろ? 俺たちを誰だと思ってんだ?」


「わしらは、キューティクルチャームに命を捧げた身じゃけんのぉ」


「自分たちは、皆さんのためなら……靴だって舐め回す所存です!」



 何言ってんだこいつら。


 栃木県までわざわざ来やがったヤバい連中を、ジト目で見るわたし。



「GOGOキューティクル! LOVELYチャーム!! 殲滅! ディアブル!! 魔天のアンジェ!!」



 応援団の連中が旗を振り回しながら、更地と化した栃木の大地で大騒ぎする。

 ったく、どこにいてもウイルスみたいに蔓延する連中だな。


 まぁ、いっか。


 こんな奴ら放っておいて、とどめを刺すとするよ。



「…………おぉ」



 ――その瞬間。


 ゾンビみたいに徘徊しながら火を吹いていた地獄コックの目に、ふいに光が戻った。



 うそ!? なんでこいつらを見て、正気を取り戻したんだこいつ!?



 動揺するわたしの前で。


 地獄コックは、お玉とお鍋を持った手を、『CCキューティクルチヤーム』と書かれた旗に伸ばし――。



「C●C●壱…………」

「うっさい、ばーか」



 カレーのおいしさを知らない、哀しいコック。


 魔法のパワーで、コクのある眠りの旅を捧げてやるから……覚悟してよね!



「響け三つの歌よ」

「海に大地に空にと溶けて」

「今、一筋の光とならん!」



 番長、パウダースノウ、そしてわたし――サーモン。

 順番に呪文を唱え、三人は右手を重ね合わせた。


 光のフィールドが、一帯を覆っていく。


 その中心部にいるのは、純白のエプロンを身に纏ったおっさん。



 第八十八番目の敵組織・カレースパイス◎カラカラの――地獄コックだ。



 ぎゅっと、右手に力を篭める。

 三つの声が、ひとつに合わさる。



「「「キューティクルチャーム・チャーミングフェアリーテイラー!!」」」



 光が収縮するとともに、広げられた状態の巨大な赤い絵本が、姿を現わす。


 今度こそ、おいしいカレーでも……どこかで味わいなさいよね!!



「「「読了!」」」



 重ね合わせたまま、三人は天に向かって右手をかかげた。


 地鳴りを響かせながら、巨大な絵本が段々と閉じていく。


 そして――地獄コックは、絵本の間に挟まれていって。



「レ……レトルトオオオオオオオオオオオオオぶふっ!!」



 バタン。


 本が閉じる。



 それを合図に、応援団のけたたましい歓声が耳をつんざく。


 マジでうるさいんだけど。

 今度はそっちに、必殺技をお見舞いしてやろうか?



 ――まぁ、とにもかくにも。



 人々に尋常じゃなく辛いカレーを食べさせて、カレーがトラウマになって食べられなくなるよう企んだ……ちょっと何言ってるのか分かんない第八十八番目の敵組織『カレースパイス◎カラカラ』との戦いは。



 こうして静かに――幕を閉じたのだった。

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