第4話 メタモルフォーゼ★本当の正義

も~っと! 4-1「ときに噛み合わないものなんじゃないかな?」

「あーあ」


 薙子なぎこに対して、偉そうには言ったものの。


 わたしは学校の机に突っ伏して、ぼけーっとしていた。


 いや、だってさぁ。


 わたしだって風仁火ふにかさんには、返しきれないくらいの恩があるから、積極的に戦いたいわけじゃないし。


 でも、世界の平和を護るためには、悪の組織である『ミッドナイトリバイバルカンパニー』と戦わなきゃなんだよね。



 それが、不本意ながら――魔法少女の使命だから。



「なーに、浮かない顔してんのっ?」


 そう言って、わたしの背中をポンッと叩いてくる雪姫ゆきひめ


 わたしは机に頬をつけて、横目に雪姫を見る。



「あんたは、あんま悩んでる顔しないわよね」


「何それぇ? ゆっきーを、何も考えてない子みたいに言わないでよぉ」


「わたしたち、風仁火さんと決着つけなきゃいけないわけよ。それで、薙子の奴は悩みすぎて、戦えなくなったし、わたしも正直モチベ上がんない。なのに、あんたはいつもどおり。すごいメンタルだなぁって」


「なーんか、褒められてる気がしないんですけどぉ」


「割と褒めてるんだけどね」



 ぷくーっと頬を膨らませる、可愛らしいわたしの幼なじみ(性別=男)。

 そんないつもどおりの雪姫に、ほっとした気持ちになる。


 だからかな。

 わたしは――ほんとに何気なく、呟いた。



「ねぇ、雪姫。わたしはさ、風仁火さんのやり方、間違ってると思うんだ。だけどさ――魔法連盟アルスマギカが悪の枢軸だってのは、正しい認識じゃない? だったら、風仁火さんたちの邪魔をして、魔法連盟アルスマギカに利益をもたらしてる自分たちは……なんなんだろうって」


「ちょっと待つにょろ! なんで魔法連盟アルスマギカが諸悪の根源決定みたいな前提で話してるにょろか!?」


「はいはい、ニョロちゃん。ややこしくなるから、ちょっとだけ黙っててねっ★」



 そう言って雪姫は、ニョロンを教室の外へと追い出した。


 そして、再びわたしの机のそばに来て。



「正しいか間違いかで考えるから、悩むんじゃないかなぁ。ほのりんも、薙ちゃんもさ」


「どういう意味、それ?」


「だからぁ……誰かが間違ってるってことじゃ、ないんじゃないのかなぁって。ゆっきーはそう思ってるから、二人ほど思い詰めてないのかもっ」


「……よく分かんない。だって、正しいか間違ってるかじゃないと、なんも判断できなくない?」


「そうでもないよ、世界ってさぁ」



 雪姫がポンポンッと、わたしの頭を撫でてくれる。


 女の子みたいに華奢で、柔らかい手のひらの感触が、なんだか気持ちいい。



魔法連盟アルスマギカは、確かに『魔力』による害を地球に及ぼしてるよ? でもそれは、悪意を持った行動じゃなくって……魔法連盟アルスマギカの歴史上、仕方なかったってことは、ほのりんも知ってるでしょ」



 あぁ……昔、ニョロンに聞いたことあったな。


 今から数千年前――エネルギー資源が枯渇してた魔法連盟アルスマギカは、『魔力』という新エネルギーを発見した。私たちにとっての、石油みたいに。


『魔力発現』によって、魔法連盟アルスマギカのエネルギー問題は解消され、平和が戻った……まではよかったんだけど。



 発現した魔力が次元を越えて、地球に影響を及ぼすようになっちゃったんだよね。



 しかも、地球の環境下だと魔力は……『石油』じゃなくて、『公害』みたいなものに変質しちゃって。


 魔力によって生まれる魔物。魔力を用いた人間の悪事。悪影響を及ぼしまくり。


 暴走した魔力を消し去るには、同じく魔力をぶつけることで、対消滅させるしかない。



 そのために魔法連盟アルスマギカは、ひとつのシステムを構築したんだ。


 そう――『魔法少女』という存在を。



「……えっと。頑張って回想してみたけどさ、やっぱ魔法連盟アルスマギカが悪くね? 地球側からしたら、一方的に公害をばらまかれた感じでしょ? 普通だったら戦争になるわ」



 なんなの、悪さ千パーセントじゃん。


 次元ごと消滅させちゃおうぜ、マジで。



 そうして怒りに燃えるわたしに苦笑しつつ、雪姫は言った。



「でもね? 魔力がもしもなかったら、魔法連盟アルスマギカはたちまち凍りつくんだよ? 花は枯れ、鳥は空を捨て、妖精たちは微笑みなくすんだよ?」


「凍りつくかどうかは知らんけど……まぁ確かに、魔力エネルギーがなけりゃ、たくさんの生き物が犠牲にはなってたかもね。魔法連盟アルスマギカ


「だから魔法連盟アルスマギカの行動が、完全に間違いだったとは……ゆっきーは思わないっ。もちろん? ほのりんが魔法連盟アルスマギカを憎みつつ頑張る気持ちも、魔法連盟アルスマギカを許せない風仁火さんの気持ちも、間違ってないと思うけどね?」


「んー……なんか、頭痛くなってきたわ……」



 机に頬を預けたまま、わたしはため息をつく。


 雪姫が言うことも……まぁ、分かんなくもない。



 それぞれに、それぞれの言い分があって。


 それぞれが、それぞれに不満があって。


 正しいか、間違いかじゃなくって――。



「要はこう言いたいんでしょ? すれ違ってすれ違って、それぞれの方向性の違いで争ってるんだって」


「んー、まぁそんな感じかな?」



 わたしの返答にぱちぱちと、拍手をしてくる雪姫。


 そして雪姫は、ピッと人差し指を立てた。



「そう考えるとね? 魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの三人だって、すれ違ってただけなんじゃないかなって、思わない?」


「いや。あれはかんっぜんに、お母さんと塔上とうじょう先生が悪いでしょーが。風仁火さんは真面目に魔法少女やってたのに、二人は好き勝手だったんだから」


麦月むつきさんは一生懸命だったと思うよぉ。魔法少女と――子育ての両立にさ」




 ――わたしが五歳の頃。


 お母さんは、南関東魔法少女――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルに選ばれた。


 二十三歳、専業主婦。お腹の中には……わたしの弟がいた。



「あー、ごめん。今日はそろそろ帰るわ」



 変身を解いたお母さんは、大きくなってきたお腹を撫でながら、戦いを見物していたわたしの方へと歩いてくる。



「おい、色情魔! 今がどういう状況か、足りない脳味噌で理解してみろ」


「宿敵・シャドーエターナルとの決戦中だお!? こいつ、あんたをコピーして作られた人造魔法少女だから……あんたがケリつけないと、話が締まらないお!」



 魔法少女として戦っている二人が、不満の声を上げた。



 塔上どくみ。二十八歳、教師。

 穂花本ほかもと風仁火。十四歳、中学三年生。


「あー。でもさ、ほら。今日はなんか、胎動が大きいから。激しい運動はちょっとねぇ」


「クソが……だったら、私と脂肪分がこいつを押さえる。お前が、とどめだけ刺せ。そして死ね」


「誰が脂肪分だお! ふーちゃんは、ぽっちゃり!!」


「言い方を変えるか? 大幅なぽっちゃり」


「骨と皮しかない貧相なおばさんに言われたくないお! だから男っ気もないんだお!!」


「あぁ? だったら貴様を調理して、私の栄養に変えてやろうか?」



 シャドーエターナルがぽいっと投げ捨てられる。


 そしてはじまる、魔法少女二人による乱戦。


 シャドーエターナルが困ったように、わたしの隣に立つお母さんに視線を向ける。



 わたしはおそるおそる、お母さんの顔を見上げた。


 お母さんはニコッと、太陽みたいに笑ってる。



「心配しないの。お腹の子とほのりが、今のお母さんにとっては一番大切なんだから。さーてっ! 今日の晩ご飯は、ほのりの好きなサーモンカルパッチョにしよっか?」



 悲しそうに俯く、シャドーエターナル。


 そんな仇敵に、手を合わせて頭を下げるお母さん。



 そして、お母さんはわたしと手を繋いで――家に帰ったんだ。




「……麦月さんには、自分の子どもを護るっていう『正義』があったんだよ」


 ぼんやりと過去に浸っていたわたしを、雪姫の言葉が現実に引き戻した。


 そして、雪姫は満面の笑みで。



「風仁火さんには、魔法少女をきちんとやりたいっていう『正義』があった。どっちも、百%間違いってことじゃないでしょ?」


「塔上先生は?」


「……『正義』と『正義』は、ときに噛み合わないものなんじゃないかな? ゆっきーは、なんかそんな気がするっ!」


「ねぇ、塔上先生は?」



 三人中一人は、何を考えてたのか不明だけど。


 雪姫の言うことは――なんとなく胸に染み渡ってきた。



 それぞれの『正義』。



「だから、薙ちゃんが迷うのも分かる。ほのりんが、悩むのも分かる。でもでもっ? 最後に信じるべきは……ほのりんの信じる『正義』だと思うよっ!」


「辞めたいしか考えてなかったわたしに、そんなもんある?」


「あるでしょ。もしないんだったら、ほのりんはとっくに、魔法少女なんて投げ捨てて女子高生ライフを満喫してると思うねっ★」



 わたしの中の――『正義』か。



 それが何かは分からない。分からないけど。


 わたしは、とにかく――目の前の敵と戦う。そう、決めたから。



「ありがとね、雪姫」


「いーえ。どういたしましてっ」


「んで? ちなみに、あんたの『正義』ってなんなのよ?」


「んー? そうだなぁ。ゆっきーの『正義』はねぇ……」



 雪姫は、わたしをじーっと見つめて……はにかむように笑った。


 そして、くるっと背中を向けると。



「――ほのりんには、なーいしょっ!」

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