も~っと! 3-8「ちょっとだけ、ばいばいね」
「きゃっ!?」
唐突に繰り出された、トップの右ストレート。
パウダースノウはすんでのところで直撃を避けたけど、トップの猛攻は止まらない。
何発も繰り出される、拳による連撃。
「あははっ! あんた、意外と腹の中にやばいもん持ってんだね?」
口元を吊り上げて、トップは愉快そうに笑う。
「うちはね、そういう隠れた強者と戦って――勝つのが好きなんだよっ!!」
「えー? こんなにか弱い美少女を捕まえて、やばいとか失礼しちゃうなぁ。可愛くてやばい! ……なら、分かるけどね★」
「いや、うちは確信したね! サーモンより番長より、あんたがいっちばんやばい奴だって! だから、そんなあんたを倒して――うちが魔法少女の頂点に立つ存在だってことを、証明してみせる!」
「……悪意も穢れも、これ一本!」
パウダースノウと肉薄しながら、そんな戯言をのたまっているトップ目掛けて。
「サーモン・マーメイドバブルデリーター!!」
わたしは容赦なく、シャカシャカと振った巨大なスプレー缶を向けた。
噴出するのは、虹色に輝く泡の大群。
「――っと!」
トップが泡の直撃を避けるように、パウダースノウから距離を取った。
瞬間、僅かにトップがバランスを崩す。
それでいい。
必殺技は、ただのフェイク。
わたしがこいつにぶち込みたいのは、必殺技じゃなくって――こっちだからね!
「いい加減にしろ、この頂点娘がぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぼっ!?」
渾身のマジカルかかと落とし。
フラフープを構える隙も与えず、完全にトップの頭頂部を捉えた。
そんなマジカル物理攻撃の勢いで――トップは落下し、顔面から地面に激突する。
ふぅっと、大きく息を吐いて。
わたしは地面に倒れ伏したトップに向かって、言い放つ。
「南関東魔法少女はねぇ、チームワークが要なんだよ」
「チーム……ワーク?」
「今のあんたには、逆立ちしても分かんないだろうけどね。わたしが一番じゃない。番長が一番でもない。パウダースノウだって違う。三人それぞれ強いけど。一人より二人がいいし、二人より三人がよくって……三人揃えば、マジで最強。それが、わたしたち――魔法少女キューティクルチャームなわけ」
「……三人でトップってこと? じゃあ、一人一人だったら、うちの三分の一の力ってわけか!」
「割り算すんな! 本当にあんた、こだわり強いな!!」
まったく……わたしたちの後輩は、どいつもこいつも問題児ばっかだな。
この最強脳のおばかちゃんは、どうしたもんだか。
「――その考えさぁ……ふーちゃんも、納得いかないんだお」
ぞくっと。
背筋が凍るような殺気を感じて、わたしは振り返った。
そこに立っているのは、両手にナイフとフォークを構えた魔法少女。
年甲斐もないエプロンドレスに、年齢を超越した黄色いツインテール。
そんな、痛々しい姿の魔法少女――リバイバルイーターは、ぽつりと呟く。
「南関東魔法少女は、チームワークが要? そんなこと、誰が教えたんだお?」
「……いや、それは」
「自分たちで考えたんだお? ふーちゃんはそんなこと、教えてないお。だって、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルは、個性しかなかったからね! 団結なんて、夢のまた夢!! そんな状態で、後輩に向かって『チームワークが要』なんて、教えるわけが――」
「――
イーターの動きが、ピタッと止まる。
そして……身を震わせながら、発言した相手をにらみつける。
「……
片膝を立てて、砂利の上に座ったまま、薙子は呟く。
「冗談じゃ、ないです。あたしたちに、チームワークが大事だって教えてくれたのは……麦月さんでした」
「麦月さん、言ってましたっ! みんなで力を合わせて戦うのが、大事なんだよーって。どんなに離れてても、心が繋がってることが――魔法少女チームにとって、一番大事なんだよーって!!」
パウダースノウもまた、微笑みながらそう告げた。
イーターがよろよろと、後ずさる。
「……言いにくいですけど。二人の言うとおりです」
「嘘だお。ふーちゃんは、認めないお」
「わたしたちに、戦いの基本とか、魔法少女とはこうあるべきとか、一番そういうのを教えてくれたのは――
「ふざけんな、あの色情魔!!」
怒号のような悲鳴のような声で、リバイバルイーターは叫ぶ。
その動揺した姿がいたたまれなくて――わたしとパウダースノウは、変身を解いた。
「ちょっと、ちょっとぉ? 何これ、どういう状況? うちら今、戦いの最中じゃ――」
「静かにするでござるぱお、トップ」
パオンが長い鼻を伸ばして、トップを制する。
その瞳には……イーターと同じく、戸惑いが感じられた。
「……あー、つまんなーい!」
トップが変身を解き、
そして頭の後ろで手を組んで、わたしたちにくるっと背を向けた。
「緊張感なくなっちゃったから、今日のところは帰ったげるわ。だけど――うちは、絶対に魔法少女のトップに立つんだから。そんなに強いってんなら、三人まとめて倒してもいいし? 一対三で勝ったら、そりゃ絶対に、うちの方が勝ちだもんね」
「勝ち負けにこだわるの、面白いっすか?」
変身を解いた
引きこもりは、戦いが終わると必ず、体力が底を尽きるのだ。さすがの引きこもり。
「自分もこだわり強い方っすけど……おたくのは、なんか見てて恥ずかしいっす」
「はぁ? 何あんた、喧嘩売ってるわけ?」
「ユリーシャ、ヒナリア。やめるのです。喧嘩は、よくないのですよ?」
もゆがおろおろと二人を交互に見ながら、声を上げる。
そんなもゆの様子に、牙を抜かれたのか――雛舞は大きくため息をついて、百合紗から視線を外した。
「帰るよ。イーター、パオン……続きは、また今度にしよ」
こうして。
足立区での『ミッドナイトリバイバルカンパニー』との戦いは、どうにか引き分けという形で幕を閉じた。
後に残ったのは、わたしと
……あれ? そういや化け蛇と化けワニがいないな?
「終わったにょろか?」
「いやぁ。すごい戦いだったがぶ」
砂利が敷かれた地面の下から声がしたかと思うと、ぼこっと穴が開いて、二匹の怪物が頭を出した。
「なんであんたら、地面に潜ってるわけ?」
「だって巻き沿い喰らったら、危ないにょろ」
「戦う力のない僕ちゃんたちにできるのは、逃げることがぶ」
うわぁ……ドン引くわー。
そういうとこだぞ? あんたら妖精の悪いとこ。
まぁいいけどね。最初から期待してなかったし。
「さぁてっと……じゃあ、戦いも終わったところで。きっちり話を聞かせてもらおうかしら? ねぇ、薙子」
「……ああ」
いまだに地べたに座ったままの薙子の隣に、わたしはよいしょっと腰をおろす。
そして反対側には――雪姫が、ちょこんと座った。
「ほのり。雪」
「なーんか、こうやって三人で並んでると、落ち着くよねぇ。やっぱりゆっきーたちは、三人揃ってこそのキューティクルチャームだもんっ★」
「魔法少女は、ぶっちゃけどうでもいいけどさ。まぁ……落ち着くってのは、分かる気がするわ。長い付き合いだしね、わたしたち」
「……ああ。そうだな」
そうして、わたしたち三人は。
並んで座ったまま、しばらくの間、晴れ渡った空を眺めていた。
「……もゆ。先に帰るっすよ」
「ええ。今宵の湖畔は、妖精たちの宴。お邪魔せぬよう、帰るのです」
「にょろ? ほのーりたちは、帰らないにょ――ぎゃああああ?」
「ニョロンさん!? ニョロンさんが、水晶玉で額をかち割られたがぶ!?」
「ガブリエル。愚かなロンギヌスに天罰が下ったわ。その亡骸を、担いで帰りなさい」
「ったく。引きこもりより空気読めねーとか、たちの悪い爬虫類っすよ」
そんなごたごたが終わると。
わたしたちの背後は、静寂に包まれた。
足立区の外れで、静かに空を見上げている、高校生二人と二十歳。
よくよく考えたら意味分かんないけど、まぁいいや。今日は。
「ごめんな、二人とも。あたしには、まだ……風仁火さんと戦うことに、迷いがある」
「珍しいね。考えるよりまず鉄パイプで殴ることに定評がある、薙子にしては」
「ほのりんー。薙ちゃんだって、女の子なんだからっ。鉄パイプを枕に、涙を零す夜だってあるよ……ふふっ、乙女な薙ちゃん★」
「ぶん殴るぞ、お前ら」
軽口を言い合って、わたしたちは笑う。
昔から変わらない、自然で無邪気な顔をして。
そして、わたしと雪姫は――立ち上がった。
「じゃあ、薙子。しばらくの間、お別れね」
「すまない。二人とも」
「ゆっきーたちに任せといてっ! 薙ちゃん不在で負けたなんて言われないよう、二人でがっつり頑張るから★」
「まぁ薙子が不在なんて、サボりだらけで星の数ほどあったし。今さら気にするほどのことでもないわよ」
かつての先輩である彼女と戦えない薙子には――しばらく休んでおいてもらおう。
一緒に戦わないことも、ひとつのチームワークだと思うから。
「――らしくないのも、たまにはいいだろ。考えすぎるな、さっさと気持ちにケリつけろ……いつか、あんたが言ってくれた言葉。そっくりそのままお返しするわ」
もゆが仲間になって、すぐの頃。
辞めたくて仕方なかった魔法少女なのに、うまく気持ちが整理できなかったわたし。
そんな心をそっと癒してくれたのは、薙子だった。
だから――今度はわたしの番。
「待ってるわよ、薙子」
「ちょっとだけ、ばいばいね。薙ちゃん」
「ああ。ほのり、雪――こんなあたしだけど、必ず戻るから」
わたしと雪姫は、薙子に背を向けて――歩き出した。
第八十九番目の敵組織『ミッドナイトリバイバルカンパニー』を、お掃除するために。
道を踏み外しちゃった先輩と、調子に乗っちゃった後輩の目を――覚まさせるために。
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