も~っと! 2-2「もう一度魔法少女をやりたかった」

魔法連盟アルスマギカを……ぶっ潰す?」



 風仁火ふにかさんの変身したリバイバルイーターの言葉を、わたしは繰り返す。


「そうだお。この狂った魔法少女システムを、ふーちゃんたちは破壊するんだお」



 イーターはきっぱりとした口調で、そんなことを告げた。


 光沢のある、黄色のツインテール。


 チェックのエプロンドレスを身に纏い、両手にはナイフとフォークをかまえている。


 その姿はそう――先代魔法少女トライアングルイーターのものと相違ない。



「……風仁火さん。いや、イーター。一体、どういうことなんですか?」



 わたしがおそるおそる尋ねると、イーターはちらりとパオンのことを一瞥する。

 巨大な妖精インド象は、ぶるんとその大きな頭を縦に振った。


「イーターが言ったとおりぱお。拙者たちは、魔法連盟アルスマギカに反旗を翻す。そのために拙者たちは――再雇用魔法少女ミッドナイトリバイバルとなったでござるぱお」


「再雇用魔法少女って……一体、どういうことなのっ!?」



 雪姫ゆきひめが胸に手を当てたまま、声を上げる。


 薙子なぎこはベンチの前に立ち尽くしたまま、唇を震わせている。



「……PC。一体なんの話なのか、分かるのです?」


「いやぁ。自分にもさっぱりっすね。取りあえず蚊帳の外みたいだから、今日のところはお開きにして、家に帰りたくないっすか?」


「ダメよ! っていうか、なんなのあの人!? 魔法少女のトップであるうちを差し置いて、目立ちすぎじゃない!?」



 殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェの面々が、何やらわーわー言ってるけれど。



 ごめんね。


今はちょっと――こっちも理解が追いついてないから。



「魔法少女は基本的に、一度引退したら、二度目に選出されることはないお」



 リバイバルイーターが、淡々とした口調で告げる。



「だけど、ふーちゃんは……もう一度魔法少女をやりたかった。あんな色情魔とどくろ女とじゃない。もっと真面目に、世界と向き合う魔法少女として――活躍したかった」



 風仁火さん、そんなに魔法少女に未練があったのか。


 言ってくれれば……いつでも代わってあげたのに。



「……拙者も、同じ気持ちだったぱお」


 イーターの後ろから、パオンが低い声で言う。



「仲間たちの暴力と暴言に怯えながら、神経性胃炎に悩まされながら、毎日を過ごす……そんなことのために、拙者は妖精として人間界に来たわけじゃなかったでござるぱお。本気で世界の平和と向き合いながら、勤めを終えたかったのでござるぱお」



 妖精インド象の顔が、ぐにゃりと歪む。


 それは――悔恨の表情。


 主に、破天荒なお母さんと、常に怒ってる塔上とうじょう先生によって乱されてしまった、魔法少女の妖精生活に対する後悔。



 そっか。パオンも風仁火さんと、同じ気持ちだったんだね。



 かつて、エターナル∞トライアングルのリーダーであるお母さんと一緒に、我が家で暮らしていた巨象。室内に入ることが不可能だったんで、庭先で生活してたっけな。


 エサ代が尋常じゃなかったもんだから、我が家の家計を圧迫しちゃって、しばらく納豆ばっかり食卓に並んだときは困った覚えがあるけれど。


 基本的にニョロンと違って、生真面目で優しい性格の妖精だったからね。


 子ども時代のわたしは、よく鼻の上をすべり台代わりにして遊んだもんだ。



 一緒に遊んだ妖精と、わたしたちに魔法少女のいろはを教え込んでくれた先輩。


 その一人と一匹が今、再び魔法少女チームを名乗って、わたしたちの前に立ちはだかっている。



「……そちらの気持ちは、分かりました。魔法少女への後悔とか、そういうのも。だけど――どうやってまた、魔法少女に?」



 イーターが言ったとおり、魔法少女に再選はない。


 いったん引退した魔法少女が、再び新たな魔法少女に選ばれるなんてことはないはず。パワーアップしてフォームチェンジすることとかはあるけれど。


 それなのに、『再雇用魔法少女』っていうのは、一体どういうことなんだ……?



「これだお、ほのり」



 そしてイーターが取り出したのは――きれいに磨かれた水晶玉。


 え? あれって、ひょっとして……。



「そ、それはっ! 第八十八番目の敵組織『カレースパイス◎カラカラ』の地獄コックが持っていた、謎の水晶玉っ!?」



 ありがとう、雪姫。解説してくれて。


 そう。あれは地獄コックが持っていた、用途不明の水晶玉。


 確か、よく分かんないけど割ろうとしたところに風仁火さんがやって来て、さっと取り上げてしまってたんだっけ。



 だけどそれが一体、再雇用となんの関係が――?



「これは時の宝珠『リバイバルクリスタル』。水晶に願えば、時間を巻き戻すことができるという、魔力結晶でできたアイテムだお」


「『カレースパイス◎カラカラ』はこれを使って、客の口内で無限にカレーの辛さがリピートされるようにしていたぱお。それによって、人々のカレーを憎む気持ちを増長させる――それこそが奴の、至上目的だったんだぱお」



 アイテムの性能と、使用用途とのギャップが激しいな!


 悪のカレー屋が持ってていいレベルの代物じゃないでしょ、それ!!



「『リバイバルクリスタル』の存在を知ったふーちゃんとパオンは、急いでこの町に帰ってきたお。職場を辞めて」


「えっ!? 風仁火さん、仕事辞めてたんですか!?」


「そうだお。仕事なんて生きるために仕方なくやってただけだから、辞めることに悔いなんてなかったお……だって今度こそ、ふーちゃんは真の魔法少女になれるって信じてたから!!」



 もう一回魔法少女をやるために、仕事を辞めた?


 え。先輩なのに申し訳ないけど……バカなの?



「驚いてるみたいね、ほのり」



 いや、驚くっていうか、割とマジでドン引いてるんですけど……先輩相手にそんなことは言えない、弱気なわたし。


 仕事と魔法少女を天秤に掛けて、魔法少女選ぶとか、さすがにないわ……。



「そして『リバイバルクリスタル』の力で、ふーちゃんとパオンの願いは叶った! ふーちゃんたちは再び魔法の力を手に入れて、再雇用魔法少女ミッドナイトリバイバルとして復活したんだお!!」


「……魔法連盟アルスマギカをぶっ潰すために、ですか?」



 いつになく弱々しい口調で、薙子が尋ねる。


 そんな彼女を一瞥すると、リバイバルイーターは頬に指を当てて、ぺろっと舌を出してみせた。



「そうだお。今のふーちゃんは、魔法連盟アルスマギカの承認を得ていない『非公認魔法少女』。そんな存在を、魔法連盟アルスマギカが放っておくわけがない……それに対して、ふーちゃんたちは宣戦布告するんだお! 魔法連盟アルスマギカに支配されない魔法少女システムを構築し、必ずや正しい魔法少女が選出される未来を作ってやるんだって!!」


「……パオン先輩は、それでいいにょろか?」


「いかにも、ぱお」



 生卵でも喉に詰まらせたように震えるニョロンに対して、パオンは堂々たる態度で宣言する。



「今の魔法連盟アルスマギカのシステムでは、魔法少女に適していない人物や、魔法少女を望まない人物でさえも選出されてしまう。拙者は、魔法少女になる存在は……やる気と正しい人格を持ち合わせているべきだと思うでござるぱお。もう拙者は……麦月むつきやどくみのような、不適合者が選ばれる時代は、終わりを告げるべきだと思ってるぱお」



 かつての仲間たちを、『不適合者』と断じて。


 パオンは言葉を続ける。



「それに魔法連盟アルスマギカは、基本的に理不尽ぱお。交通費は自腹だし、給与も支払われない。そんなブラック環境の是正についても、拙者は考えているでござるぱお。ゆえに――」



 そこでイーターが、一枚の紙をぺらりと出してみせた。



『ミッドナイトリバイバルカンパニー』



 そこには聞いたことのない企業名が、太いサインペンで書かれていた。



「拙者は起業することにしたぱお。きちんと予算管理を行って、交通費は全額カンパニーが負担。一定の給与も支払い、残業手当なども検討していく……そんな新たな魔法少女システムを、計画しているでござるぱお!」


「はい! 賛成!!」



 わたしが思いきりよく手を挙げると、ニョロンがぺしりと尻尾で叩いてきた。

 何すんのよ、この異形の怪物め。



「ほのーり、バカなこと言うんじゃないにょろ! あんな非合法なやり方の魔法少女が、まかり通っていいわけないにょろよ!! 魔法少女は愛と平和のために戦う戦士――金銭のやり取りなんて、許されるわけないにょろ!」


「ふざけんな、この悪徳ブラック企業が! 愛と平和のためだからって、千葉から東村山まで自腹で払えとか、鬼畜の所行もいいところでしょうが!! パオンが言ってる方が、圧倒的に良心的……っ!」



 魔法少女ほのりは、今すぐ転職したい。


 いっそ魔法連盟アルスマギカの方が、よっぽど悪の組織じみてる気すらするわ。



「人生を賭けて、魔法少女をやるなんて……なかなかやるじゃない! トップたるうちも、ちょっと感心しちゃったわよ!!」



 わたしたちのやり取りを遠巻きに見ていたトップアンジェが、なんだかハイテンションに言う。



「まぁ……確かにロックではあるっすよね。仕事を辞めて、夢を叶えるとか」


「英霊と化した魂が、再び現世へと舞い戻り、世界の理を破壊する……これこそまさに黙示録。終末の物語の序章とも言えるのです」



 PCとノワールも、よく分かんないベクトルで、パオンたちの言葉に耳を傾けている。


 そんなわたしたちの反応に気を良くしたのか、イーターはにんまりと得意げに微笑んだ。


 そして、黄色いツインテールを翻して、こちらに背を向ける。



「まぁ。今日のところは、ただの顔見せ。特に何かをしに来たわけじゃないから……安心してほしいお」



 だけど……と。


 振り向きざまに冷たい目をして、リバイバルイーターは酷薄な口調で――告げた。



「もしも、ふーちゃんたちの邪魔をするっていうのなら……たとえ貴方たちであっても、倒してみせるから」



 再雇用魔法少女と妖精インド象が、ゆっくりと去っていく。



 そんな後ろ姿を――。



 わたしたちは、ただ見送ることしかできなかった。

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