第2話 ミラクルダウンロード★蘇る魔法少女

も~っと! 2-1「もっとまともな人たちと、真面目に魔法少女をやりたかったのに」

 それは……遠い日の思い出。



 有絵田ありえだ麦月むつき=トライアングルサガ

 塔上とうじょうどくみ=トライアングルスリーパー

 穂花本ほかもと風仁火ふにか=トライアングルイーター



 妖精インド象パオンによって選出された三人は、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルとして、巨悪に立ち向かっていた。


 華麗でも、優雅でもなく……ただ、殺伐としながら。



「よっしゃあ、つっかまえたぁ!」

「よし、そのまま捕まえてろ色情魔。私がとどめを刺す」


 お母さんの変身したトライアングルサガが敵を羽交い締めにすると、そこに塔上先生が変身したトライアングルスリーパーの操作する魔法の車が突撃してくる。


「わわっ!? あっはっは、スリーパー! うちがうまく避けなきゃ、敵だけじゃなくってこっちまで轢かれちゃうところだったんだけどー」

「……ちっ。外したか」


 サガが避けたことを、心底悔しそうに舌打ちするスリーパー。


「ちょっと、どくろ女! こっちも助けるんだお!!」


 そんな小競り合いを遠目に見ながら、風仁火さんの変身したトライアングルイーターが、敵に囲まれた状態で声を上げる。


「任せろ」


 スリーパーはハンドルを思いきり回すと、車をUターンさせて、敵集団を容赦なく吹っ飛ばしていく。


 そしてそのまま――イーター目掛けて、アクセル全開に突っ込んだ!



「うひゃっ!? バカ、どくろ女! 危ないじゃないのよ!!」


 危機一髪、ボンネットの上に転げ上がったイーターは、抗議の声を上げる。



「貴様は脂肪分豊富だから、轢かれてもゴムまりのように飛んでいくだけだろう? なんなら少し跳ねることで、体脂肪を燃焼させればよかったのにな」


「ふざけないでよ! 魔法少女だって、轢かれたら痛いんだお!!」


「あっはっは! スリーパーは相変わらず、血気盛んだねぇ。ま、そんなとこも、スリーパーらしいけど?」


「呑気なこと言ってんじゃないお、この色情魔! さっきから写真片手に戦って、やる気あんのか!!」


「やる気を高めてるんじゃない。愛する夫と、愛する子どもたちの写真を見ながらね……あっ!」



 ハッとした顔をしたかと思うと、サガは唐突に変身を解いた。


 そんなお母さんの奇行に、妖精インド象パオンは慌てたように叫ぶ。



「何をやってるでござるぱお、麦月!? これからいよいよ、悪の本拠地に突入するところだというぱおに!」


「いやぁ、悪いねパオン。そろそろ保育園のお迎え時間なんだわー」



 頭を掻きながらニカッと笑うと、お母さんはゆっくりとわたしの方に近づいてくる。


 有絵田ほのり、当時八歳くらい。



「ほぉら、ほのり。かぶとの迎えに行くわよー」


「うん! おかーさん、今日もかっこよかったねー!!」


「あっはっは! ほのりの応援があったから、お母さんも頑張っちゃったよ」


「ちょっと待てぇ、麦月!」



 そんな呑気な会話を繰り広げてるわたしとお母さんに向かって、イーターが怒鳴り声を上げてくる。



「状況を見なさいよ、状況を!? この状況下で帰るとか、常識ないの? 世界のピンチなんだよ!?」


「んー? うちだって魔法少女は好きだし、精一杯やってるよ? でも、自分の子どもは何より大切だからさ。やっぱ魔法少女にも、子育てへの配慮ってやつは必要だと思うんだよ。今どき大企業なら、どこだってやってることだし」


「普通の企業と一緒にすんな! 魔法少女は世界を護る使命を帯びた、代わりの効かない大切な役割なんだお? スリーパー、貴方も何か言ってやるんだお!」


「端的に言おう。二人とも、死ね」



 とんでもない暴言を吐いて、スリーパーは魔法の車を降りた。

 そして、パオンの鼻をギュッと掴むと。



「いたたっ!? 何をするでござるぱお!?」


「貴様……よくも私を、こんな連中とチームで魔法少女にしてくれたなぁ? このまま鼻を引っ張って、サーカスにでも売り渡しに行ってやろうか? あぁ!?」


「ちょっと、やめなさいよ! この暴力女!!」



 変身を解いた風仁火さんが、慌ててスリーパーの頭をはたきにいった。


 頭をはたかれたスリーパーは舌打ちをして、塔上先生の姿へと戻る。



「なんだ、風仁火? 人の頭を叩くなどと常識がない行動を取るのは、脳みそに脂肪が詰まってるからか?」


「常識がないのはどっちだお! パオンをいじめるのは、やめるお!! しかも、ここは敵の本拠地の近く! 最終決戦目前なんだお!!」


「貴様のそういう正義感が、私は昔から嫌いだ。敵がなんだ? 世界がなんだ? 給料もないのに、どうして私がそんなことをやらなければならない?」


「そりゃあ、うちらが選ばれた戦士だからだよ!」



 塔上先生と風仁火さんのケンカに対して、お母さんが得意げに口を挟む。


 そんなお母さんを、二人が一斉に見て。



「選ばれた戦士が時間休を取るな! だお!!」

「もう喋るな。喋らず死ね」



 こんなときだけ仲良く、二人でお母さんに対して暴言を放つ。


 言われたお母さんは、「あっはっは!」と笑ってるだけだけど。



「うぅ……どうしてこんなことに、ぱお……」


 そんな感じで、どうしようもないケンカを繰り広げるエターナル∞トライアングルを見て、パオンは前脚を折って地面に伏せる。



「パオン、大丈夫かお!?」

「……治ったばかりの胃が、またキリキリしてきたぱお……」


 ちなみにこの一週間前まで、パオンは神経性胃炎のため療養していました。



「あぁ……もう嫌だ」



 そんな絶望的な状況の中で、風仁火さんはぶんぶんと首を横に振った。


 そして――うっすらと涙を浮かべて、キッとお母さんと塔上先生のことを睨みつける。



「どしたの、ぷにちゃん?」


「目から肉汁が出てるぞ」


「うっさいわ、このバカども! もーやだ。なんでふーちゃんは、こんなろくでもない連中とチームを組まされてるのよ!!」



 ぽたりぽたりと。

 流れ落ちる涙も、そのままに。



「ふーちゃんは、もっとまともな人たちと、真面目に魔法少女をやりたかったのに!!」




 ――――ああ、そうだ。


 風仁火さんは、先代魔法少女の中で、誰よりも魔法少女に対して真剣で。


 誰よりも、先代魔法少女のメンツに不満を持っていた。



 だから、きっと。風仁火さんは。



 魔法少女を辞めるとき――不完全燃焼だったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る