も~っと! 1-6「気安く話し掛けないでよ、色情魔」
「ふにかしゃぁん……あたしはぁ、先輩にまたあえてぇ、ほんとうにうれしいんれすよぉ……」
「はいはい。分かってるお、
「ったく。際限なく呑んじゃって、こいつは……」
「それだけ
居酒屋を後にしたわたしたちは、街灯に照らされた道を四人で歩いていた。
いや――正確には、歩いてるのは三人なんだけど。
一人はかんっぜんに、わたしにおぶわれてる状態なんだけど。
「その辺に捨ててってやろうかな。この酔っ払い」
「もぉ。ほのりんったら、そういうこと言わないの!」
「ごめんなぁ……ほのりぃ……」
「って、ちょっ!? 薙子、寝るな! 寝たらますます重くなるから!!」
「あははっ! 相変わらずキューティクルチャームは、仲がいいんだお」
黄色のツインテールを揺らしながら、風仁火さんはお腹を押さえて笑った。
笑いながら……なんだか泣きそうな顔を、していた。
「……ふーちゃんたちも、あなたたちみたいに、仲良くできてたら……」
「校則第何条に、夜遅くまで外を出歩いていいと書いてあったのか、十秒以内に述べろ」
そんな空気を一瞬で凍りつかせるような、『絶対零度』の声が響き渡った。
わたしは反射的に、振り返る。
「と、
そこに立っていたのは、恐ろしいほど冷たい目をした塔上先生だった。
学校帰りなのか、黒のジャケットにタイトスカートなんて、きっちりした格好。
そんな塔上先生は、極めて冷淡に告げる。
「十秒オーバーだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ!? な、内申だけは! 内申だけは勘弁してください!!」
「ほう? 内申点を気にしているのか? さすがは優等生の皮をかぶってるだけのことはあるな、有絵田? ちなみに言っておくが、魔法少女をやっている時点で、貴様の内申点はクラス最下位。メイド喫茶でこっそり働いていたのがバレた、
メイド喫茶で働いてた戸塚さんより下なの!?
ちくしょう! こんなに真面目に生きてるのに、どうしてわたしばっか、こんな目に!!
わたしはあまりの衝撃に、地べたに手をついて、がっくりと頭を垂れる。
「ふーちゃんが誘ったんだから、ほのりたちを責めないでよ。どくろ女」
そんなわたしの前に、一歩踏み出して。
風仁火さんは、塔上先生をキッと睨みつけた。
思わぬ人物の登場だったのだろう、塔上先生は僅かに目を丸くしたけれど――すぐに冷ややかな笑みに変わる。
「貴様……生きていたのか」
いやいや。風仁火さんに死亡設定とかなかったでしょ。
「あんたこそ元気そうじゃない。人を傷つけることに掛けては、相変わらず天才的よね。もうアラフォーのくせに。どくろ女」
「貴様こそ変わらないな。年甲斐もない格好で、見ているこっちが恥ずかしいぞ。服が弾け飛ばないよう、腹でも引っ込めてろ。デブ」
「はぁ!? これでも前より痩せたし! ……あんたは、どくろっぷりに拍車が掛かったわね。骨と皮だけでできてそう。そんなんだから、いつまで経っても結婚できないんだよ」
「け、結婚できないんじゃない! しないだけだ!! 貴様だってそろそろ結婚適齢期に入るだろうが。『だお!』とか言ってる痛い女が、まともな男と付き合えると思っているのか? 身の程を知れ。体脂肪に包まれて、溺死しろ!!」
信じられないレベルの罵倒を繰り出しあって、塔上先生と風仁火さんは言い争う。
このままいったらマジで殴りあいになりそうだな。今のうちに警察でも呼んどいた方がいいかなぁ。
……なんて、思っていると。
「あれぇ? ひょっとして、どくちゃんとぷにちゃんじゃない?」
呑気極まりない声が、道路の向こうから聞こえてきた。
首の後ろで縛った茶色い髪。ぱっちりとした瞳に、すらりとした体躯。
わたしと同じ遺伝子とは到底思えない、三十代半ばだなんて嘘みたいな美貌。
そんな、わたしのお母さん――有絵田
そして、塔上先生と風仁火さんの顔を交互に見比べて。
「うわぁ、三人揃うのなんて何年ぶりだろ? どくちゃんはともかく、ぷにちゃんと会うのなんて、すっごい久しぶりー!! 元気だった? っていうか、痩せた?」
「気安く話し掛けないでよ、色情魔」
夜風よりも冷たい声色で、風仁火さんは吐き捨てた。
うわ。わたしのお母さん、色情魔って言われすぎ……?
「……貴方も久しぶりね。麦月を妊娠させたおっさん」
「ど、どうも。風仁火さん……」
じとっとした目で睨まれて、お父さんはたじろぐ。
気まずいのか視線を逸らすと、これまた殺意に満ち溢れた瞳で塔上先生が睨んでいる。
うちの家族、なんか人に恨み買いすぎじゃない?
「麦月。貴様、こんな時間に夫婦二人で出歩いて……何をしていた?」
「たまには夫婦水入らずで、レストランデートしようって誘われたから……ねぇ、あなた?」
「子どもたちももちろん愛しているけど、たまには二人でラブラブな時間を過ごしたかったからね! だって僕は、今でも麦月さんのことが世界一好きだから!!」
「それはお互い様でしょ、あ・な・た!」
「死ね、色情魔」
「反吐が出る会話だな。耳が腐る」
風仁火さんと塔上先生が、口々に罵ってくる。
こんなこと言われたら、わたしだったら死にたくなると思うんだけど……そこはさすがのお母さん。これっぽっちも、気にした様子なんてない。
「あっはっは! 相変わらず二人とも口が悪いねぇ。どくちゃんも結婚すれば、この気持ちが分かるよ。愛する人とずっと一緒にいたいって気持ちがさ!」
「私の結婚話に触れるな。縫い付けるぞ、その口を」
「相変わらず、空気が読めない女ね。どくろ女が結婚なんて、できるわけないし」
ってか、さっきから風仁火さんの口調から『だお』が消えてるな。
やっぱり演出上のあれだったんだ、『だお』。
「黙れデブ。貴様だって、脂肪が恋人状態だろうが」
「ふーちゃんは、まだまだこれからだし! 枯れきったどくろ女と、ただれきった色情魔と並べないで!!」
「そうだよ、どくちゃん。ぷにちゃんは、このぷにっとしたボディに魅力があるんだから。絶対、幸せゲットだよ! ね、ぷにちゃん?」
「うっさい! ぷにちゃんって呼ぶな、淫乱!!」
…………えーと。
放送倫理的に問題ありそうな言葉が飛び交ってるけど、これが魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの通常営業なんだよね。
むしろ現役時代に比べたら、まだマシにすら思えるくらい。
それくらい、この三人はウマが合わなかった。
それは引退して八年以上が経過しても変わらない。
ぎゃーぎゃーと言い合い続ける三人をぼんやり見ながら、わたしはキュッと、背中におぶっている薙子の腕を強く握り締めた。
――結成当時のキューティクルチャームは、それはそれは、仲が良かった。
元々が幼なじみで結成したチームだったから、いつだって互いを支え合い、ピンチのときでも笑顔を浮かべながら、一緒に戦っていた。
だけど……今は?
女装男子に成り果てた
そんな二人に対して、辞めたくてやさぐれたわたしは、なんだかひどい言葉ばっかり言うようになっちゃって。
いつの間にか――エターナル∞トライアングルみたいな関係性に、近づいてきちゃってたのかもしれない。
「大丈夫だよ、ほのりん」
そんなわたしの心を見透かしたように、雪姫がこちらを覗き込みながら、「えへへっ★」と女の子みたいに笑った。
「ゆっきーはね。ほのりんに罵倒されたって、ほのりんのこと大好きだから★ 昔から今まで、ずっとずっと」
「雪姫……」
「あたしもすきらぞぉ……ほのりぃ、雪ぃ」
むにゃむにゃとした声で、薙子がかぶせるように言ってくる。
ちらっと顔を覗き込むと、目は閉じられてるし、口は半開きだし。
なんだよ、寝ぼけて言っただけかよ。ったく、この酔っ払いは……。
…………ありがとね、二人とも。
「もう、いや! なんで貴方たちと、こんなところで再会しなきゃいけないのよ!!」
わたしたちがそうこうしているうちに、ヒートアップしたらしい風仁火さんが金切り声を上げた。
そしてお母さんと塔上先生のことを、憎しみに満ちた目で睨みつけて。
「……会いたくなんてなかった。思い出したくもなかった。貴方たちと魔法少女をやったあの四年半は、ふーちゃんにとって黒歴史みたいなもんだよ!」
「気が合うな、脂質。私もできれば、貴様とは一生お目に掛かりたくなかった。魔法少女なんて人生の汚点の記憶が蘇るからな」
「あっはっは! どくちゃんもぷにちゃんも、恥ずかしがっちゃってぇ!! なんだかんだで楽しかったじゃない、魔法少女ー」
「産休・育休でチームに穴を開けた奴が言うな!」
「貴様の歪んだ価値観を、人に押しつけるな」
あー。こりゃあそろそろ、警察呼ばなきゃダメかなぁ。暴力沙汰になるかなぁ。
ぼんやりそんなことを考えていると――風仁火さんがふいと、こちらに背を向けた。
「……ごめんね、ほのりたち。今日のところは、ふーちゃん帰るね」
「あ、そ、そうですね……またいずれ、ゆっくり」
そして風仁火さんは、急ぎ足でこの場を去っていく。
鮮やかな黄色に染めた髪を、くしゃくしゃっと掻き上げながら。
「…………もしも、『あの頃』をやり直せるのなら」
なんだか去り際に、風仁火さんが何か呟いたような気がするけれど。
わたしにはその言葉の意味は、よく分からなかった。
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