も~っと! 1-7「大人なんて、大きくなっただけの子どもじゃねぇか」

「――ってなことがあったわけよ」



 地獄みたいな先代魔法少女たちの邂逅が終わって、家に帰ってから。


 お風呂を済ませたわたしは、リビングでお肌のケアをしながら、愚弟であるかぶとに向かって話し掛けていた。


 かぶとはため息交じりに、ぼそっと呟く。



「相変わらず仲悪ぃな、あの人たち。まぁうちの母ちゃん、あんな感じだし? 怒りたくなる気持ちも分かるけどさ」


「思ったこと、なんでも口にしちゃうタイプだからね。空気とか読まずに」


風仁火ふにかさんだって、昔と変わらなかったんだろ? あの、ぶりっ子全開な性格――ったく。魔法少女ってやつは、いつまで経っても成長しねぇな」


「ちょっとちょっと。あの三人のことを言うのはいいけど、魔法少女全体をディスるのはやめてよね。わたしたちまで、なんか成長してないヤバい奴らみたいじゃないのさ」


「姉ちゃんだったら、昔と比べて変わったと思うぜ? だって姉ちゃん、中学生の頃はノリノリで魔法少女やってて、投げキッスとか平気で――」


「人の黒歴史を普通のテンションで喋るな! 分かったから、その話はやめろ!!」



 わたしは慌てて鏡台から後ろを振り返ると、かぶとのことをギロッと睨みつける。


 かぶとは「はいはい」なんて生意気な口ぶりで言って、肩をすくめた。



「ま、それはそれとしてさ……」


 わたしは再び鏡の方に向き直ると、肌クリームを顔に塗りつつ話を続ける。



「あの人たちって、大人になっても仲悪いままなんだよね。そりゃあ魔法少女やってる頃は、ストレスも溜まるし意見のぶつかり合いもあっただろうけどさ。八年以上経つってのに、ぜんっぜん関係が修復されてないっていうか」



 わたしだって、雪姫ゆきひめが戦闘中に化粧してたら怒るし。


 薙子なぎこが出動してこなかったら、はらわたが煮えくり返りそうなほどムカつく。


 魔法少女っていうのは、ブラック企業並にストレスフルだから――ちょっとしたことでも、イライラしちゃうんだよね。カルシウムとか、もっと摂った方がいいのかな?



 だけど……もし、魔法少女を引退したとしたら?



 女装癖は気になるけど、雪姫とはこれまでどおり、腐れ縁を続けていきたい。


 薙子には、なんか困ったときはお姉ちゃんみたいに頼りたい。


 間違ってもエターナル∞トライアングルみたいに、出会って五秒で即殺す、みたいな関係性にはなりたくないんだ。



 でも――あの三人を見ていると、なんだか不安になっちゃう。



 このまま魔法少女をやってると……修復不可能なほど、雪姫や薙子と仲が悪くなっちゃうんじゃないかって。



「大人だからこそ、じゃねぇの? もう凝り固まった考えを、変えられないっていうか。意固地になっちゃって、修正が効かないっていうか」



 後ろでカチャカチャと携帯ゲーム機をプレイしながら、かぶとがぼやくように言う。


 大人だからこそ――。



「わたし、大人ってもっと、『大人』なもんだと思ってた」


「うちの両親見てて、よくそんな妄言が口にできんな。大人なんて、大きくなっただけの子どもじゃねぇか。社会的な地位とかは知らねぇけど、中身はたいして変わんねぇよ。だからケンカもするし、自分勝手な主張もする。むしろ、子どもよりたちが悪い」



 …………。


 言ってることはすごく分かるけど。


 ちょっとだけ弟の将来が心配になる、お姉ちゃんなわたし。



「んで? 姉ちゃんは、母ちゃんたちにどうなってほしいわけ? 多分、どうしようもないと思うけどよ」


「……わたしは。できれば、三人には仲良くなってほしいかも」


「なんでだよ?」



 なんで――か。


 そう言われちゃうと、ほんと自分勝手な理由しか出てこないな。



 きっとわたしは、エターナル∞トライアングルの三人が仲直りすることで、安心したいんだ。



 魔法少女が終わったあとも、キューティクルチャームの三人は、変わらず仲良しでいられるに違いないって。



「ま。なんでもいいけどさ」


 わたしが言い淀んでいると、かぶとは興味なさそうにあくびなんて漏らしながら、ぽつりと呟いた。



「魔法少女なんて、みんな恥さらしだとは思うけど。母ちゃんたちと姉ちゃんたちは、一緒じゃないから。もし自分たちの生き様について悩んでんなら、母ちゃんたちを意識しすぎる必要はないと思うけどな」


「……あんた。中一のくせに、よくもまぁそこまで達観した考えができるわね」


「家族に二人も魔法少女がいれば、そうもなるっての。おれが学校で、どんな思いをしてるか……」



 再び振り返ると、そこにはゲーム機から顔を上げて、無我の境地で遠くを見つめているかぶとの姿が。


 ごめんな、お姉ちゃんが早く引退できないばっかりに。


 精神的ケアが必要そうな我が弟を見ながら、「今度お菓子でも買ってあげよう」なんて思う優しいわたし。



「まぁ、あんたの学校生活はいったん置いとくとして……ありがとね、かぶと。ちょっとだけ、気持ちがすっきりしたよ」


「そりゃ、よかったな。まぁ姉ちゃんがすっきりしようと、おれの毎日が地獄なのは変わらないけどな」


 マジでごめんってば。今度、ポテトチップス二袋買ってやるから。



 ――――かぶとの言うとおり、だと思う。



 エターナル∞トライアングルとキューティクルチャームは、性格も関係性も、何もかも違う。そのことで思い悩むだけ、時間の無駄だよね。


 それにしても――大人になるって、難しいことなんだなぁ。


 大人だからそれぞれの主張が強くて。それぞれの譲れないものがあって。



 ……わたしも、来年には高校を卒業する。


 大人へと一歩ずつ近づいていく。



 そのことがちょっとだけ――不安になっちゃう、わたしだった。

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