第1話 ピピルマ★最後の殲滅魔天

も~っと! 1-1「貴様の娘に、未来はない」

「まったく、クズな親もいたものだ。大事な日だということを知りながら遅刻をするというのは、子どもに対する認識が甘いか、世界を舐めているかだ。この無駄な待ち時間で、私は一体いくつのカップラーメンを食べることができただろう。なぁ、有絵田ありえだ?」


「……はい。すみません」



 俯いたまま、眼鏡の位置をくいっと直して。

 栗毛色の髪を、わたしは所在なく撫でつけた。


 あーあ。早く帰りたい。



 ――ここはわたしの通う、私立雪姫ゆきひめ高等学園の進路指導室。


 そこで机を真ん中にして、わたしと担任の塔上とうじょう先生は、向き合って座っている。


 そう。

 今日は高校三年の夏を迎えたわたしの、三者面談の日。


 なのにお母さんってば、時間になっても現れやしない。



 塔上先生は、お団子状に纏めた髪を触りながら、苛立たしげに咳払いをする。


 黒のジャケットの下から覗く鎖骨は艶めかしく、タイトスカートから伸びる脚はうらやましいほどに細い。


 黙っていればクールビューティな先生なんだけど……。



「まったく、蛙の子は蛙とはよく言ったものだよ。魔法少女の親は、魔法少女だなぁ。常識がなくて、恥ずかしげもなくて、生きている価値がない」



 さすがは『絶対零度』の異名を持つ塔上先生。口撃に容赦がない。

 実際問題、わたしのお母さんは元・魔法少女だから、言い返すに言い返せないし。


 そんなこと、塔上先生が誰よりもよく知ってるはずなのに……相変わらず嫌みが激しいなぁ。あーあ。



 ……と。わたしが居心地悪く思っていたところへ。



「ごっめーん! 遅くなっちゃったよ、ほのり。どくちゃん」


 バンッと、乱雑に生徒指導室の扉を開けて、お母さんが入ってきた。


 有絵田麦月むつき


 茶色い髪を首の後ろで縛った髪型で、すらりとしたモデルみたいな体型をしている。

 ぱっちりとした瞳は若々しく、とても二児の母だなんて思えない。


 性格は適当で豪快。


 そして専業主婦にして、先代魔法少女の一人だ。



「どくちゃんなどと、親しげに呼ぶのはやめろ。色情魔」


 バッサリと、塔上先生がお母さんのことを切り捨てた。

 色情魔て。保護者面談に訪れた母親に向かって、色情魔て。



「もぉ。相変わらずお堅いんだから、どくちゃんは。いいじゃないのさぁ、昔からの仲なんだしー?」


「確かにな。貴様が『茶孔さこう』だった頃からの付き合いではある」


 茶孔というのは、お父さんと結婚する前の、お母さんの旧姓だ。


 なんでも、塔上先生が教育実習生だった頃、初めて受け持ったクラスにいたのが茶孔麦月だったんだとか。

 人間の縁ってのは、不思議なもんだよね。



 まぁこの二人の場合……縁のレベルが半端ないんだけど。



「腐れ縁であることは否定しないが、気安く呼ばれる筋合いはないな。貴様と私は、友達でもなんでもないのだから」


「そりゃあ昔は、先生と生徒だったけどさぁ。それから後のことを考えると、もっと深い仲でもあったわけじゃない?」



 お母さんは「うんうん」と頷くと。


 言ってはいけないことを――なんでもないことのように、言い放った。



「なんたって――一緒に魔法少女をやってた仲なんだから!」



 バンッと。


 机を割らんばかりの勢いで殴りつけると――『絶対零度』塔上先生は、ゆらりと立ち上がった。


 そしてヤクザもびっくりな顔で、お母さんを睨むと。



「……二度とそのことを口にするな。色情魔」


「なんでさ? 思い出してよ。楽しかったあの日々を! 魔法少女として、みんなからもてはやされながら、戦いに明け暮れたあの日々を!!」


「楽しいなどという感情はこれっぽっちも抱いていないし、なんならやるべきではなかったと後悔している。特に貴様とのような、人間として最底辺のクズどもと組んでいたことは、我が人生最大の汚点だ」



 ――そう。


 わたしのお母さん・有絵田麦月と、わたしの担任・塔上どくみ先生は、何を隠そう……わたしたちに引き継ぎを行った、先代魔法少女のメンバーだ。


 魔法乙女隊エターナル∞トライアングルという名を冠し、約四年半ほど、南関東の平和を護ってきたわけだけど……。



「もぉ、どくちゃんってば恥ずかしがり屋なんだから! 魔法乙女隊エターナル∞トライアングルは、南関東の歴史上、最強の魔法少女だったんだよ? 誇りに思うことこそあっても、嫌がるなんてないない!」


「……相変わらず貴様は、人の気持ちが推し量れないクズだな。貴様はそうかもしれんが、私は嫌だったんだよ、当時から。あんな恥ずかしい格好をさせられて、年甲斐もなく戦わなきゃいけない状況がな」


「あっはっはっは! まぁねー。どくちゃんは就任当時、もう二十八歳だったし? アラサーにしては確かに、攻めすぎな格好だったかもしんないね。ってかひょっとして、どくちゃんそろそろアラフォ……」


「ぶち殺すぞ、発情期」



 塔上先生が、光の速さでお母さんの襟首を持ち上げた。

 その目には、怒りというか殺意のオーラが宿っている。


 もはや三者面談というより、殺し合いの様相を呈してるんだけど……わたし、帰ってもいいかなぁ? ダメかなぁ?



「貴様のそういう無神経なところが、昔から嫌いだったんだよ。人の気持ちも考えずに喋るところや、周りの迷惑も顧みず好き勝手な行動を取るところがなぁ!」


「んー? そんなこと、してたっけ?」


「魔法少女のくせに妊娠して、産休・育休を取った奴が、どの面下げてそんなことを言ってるんだ? あぁ?」


「魔法少女だって人間だもの。当然の権利じゃん? 自分がアラフォーで独身だから、ひがんでるんでしょー、あっはっはっは!」


「よし殺す。今殺す。私を苛立たせるお前も、その娘も、この場で殺処分してやる」


「え!? わたしも!?」



 なんでわたしにまで怒りの矛先が向いてんの!? ただの言い掛かりじゃない!


 だけど、そんな叫びは、塔上先生には届かない。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってテンションで、私のことを睨んでいる。


 あぁ、もぉ。いっつもこれだよ。


 自分が魔法少女やってた過去があって。そのことを死ぬほど後悔していて。

 だから今、魔法少女をやっているわたしのことを、親の敵のように憎んでいる――それが塔上どくみ。



 有絵田麦月の娘だっていうのも、その憎しみに拍車を掛けていると思うけどね。


 なんたって史上最強に仲の悪いチームだったんだから。魔法乙女隊エターナル∞トライアングル。



「まぁ落ち着いてって、どくちゃんー。今日は三者面談の日でしょ? ほのりの進路について、話し合いしようよ」


「貴様の娘に、未来はない。魔法少女だからな」



 はい。面談しゅーりょー。


 私の未来をバサッと切り捨てて、塔上先生はお母さんを壁に押し当てた。



「あっはっはっは! 魔法少女は夢と希望に満ちた存在。未来は明るいっていうか、なんでもできる! なんにでもなれる!! そうじゃない、どくちゃん?」


「魔法少女は、恥辱と絶望に満ちた存在。辞めたあとにも、呪いのように降りかかってくる過去に怯えながら、静かに寿命を終える。そういうものだよ、色情魔」



 どっちなんだよ。


 同じ元・魔法少女とは思えない意見の対立に、わたしは閉口せざるをえない。

 っていうか、マジでわたしがいないところでやってほしい。


 母親と担任教師が、ケンカってレベルじゃない争いをしているのは、見るに堪えないっていうか、なんでわたしこんな目に遭わなきゃいけないんだろ?




 ……あーあ。



 こうして、三者面談の時間いっぱいまで。


 お母さんと塔上先生は、ただひたすらにバトルを繰り広げたのだった。

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