魔法少女ほのりは今すぐ辞めたい。~も~っと! 今すぐ辞めたいアルスマギカ~

マジカル★プロローグ

も~っと! マジカル★プロローグ「今、殲滅魔天に入りたいって言った?」

「わたし……この戦いが終わったら魔法少女辞めるんだ」


 ふりふりの魔法少女コスチュームを揺らしつつ、わたし――有絵田ありえだほのりことチャームサーモンは、盛大なため息をついた。


 際どいくらいのミニスカートに、ブレザー風のマントを羽織って。

 頭には年甲斐もなく、ハートの飾り付きリボンを巻いて。


 わたしってば一体、何をやってるんだろう……。


 辞めたいっていうより、死にたい。トラックに轢かれて転生したい、マジで。



「奇遇だな。あたしも、さっさと辞めたい」



 花魁みたいな和装の魔法少女が、ブンブンと鉄パイプを素振りしながらぼやく。


 彼女は新寺しんでら薙子なぎここと、チャーム番長。

 わたしの、頼りにならない仲間だ。



「っていうかあんた、いっつもサボってばっかのくせに、出動なんて珍しいわね。どういう風の吹き回し?」


「パウダースノウが、うまいカレー屋を紹介してくれるっていうから、遊びに来てただけだ。まさか、魔法少女をやる羽目になるとは思わなかった」


「えっへへー★ お手柄でしょお? サーモン、褒めて褒めてぇ!」



 甘い声を出しながらわたしにピットリくっついてくるのは、チャームパウダースノウ。


 雪色のツインテールに、白銀のティアラを身につけた、お姫様然とした魔法少女。

 一見すると美少女なんだけど――夢見る少女じゃいられないんだよなぁ、生まれつき。


 雪姫ゆきひめ光篤みつあつ


 そう。こいつはれっきとした男で……普段から女装生活を送っている、変態だ。



「何をお喋りしてるにょろか、魔法少女キューティクルチャーム! ユーたちは今、第八十八番目の敵と対峙してるにょろよ!?」


「うっさい」

「黙れ、クソ蛇」



 わたしと番長が声を揃えて、手近にあった石ころをぶん投げた!

 直撃を受けたそいつは、目を回してその場で昏倒する。


 奴の名は、白蛇妖精ニョロン。


 全長百五十センチを超える体躯で、蛇のくせに二足歩行をしている化け物。


 どう見ても魑魅魍魎の類なんだけど……残念ながらこいつが、わたしたちを魔法少女に任命しやがった、魔法連盟アルスマギカからの使者だ。



 ああ――魔法連盟アルスマギカ



 その名前を思い出すだけで、わたしの身体にはじんましんが出てしまう。病院の受診を検討した方がいいかも。


 もしくは、害虫駆除団体に頼んで、化け蛇を殺処分してもらうか。



 チャームサーモン。チャームパウダースノウ。チャーム番長。



 恥ずかしい格好と名前をしたわたしたちは――大変不本意ながら、魔法少女キューティクルチャームというチームを組んで、悪の組織との戦いに日々勤しんでいる。


 そう、まさに今も……。



「くっくっ……魔法少女どもめ! 今日という今日こそ、決着をつけてくれるわ!!」


 そう言って笑い声を上げるのは――頭にターバンを巻いた、ひげ面の男。純白のエプロンを身につけて、後ろで手を組んでいる。


 彼の名は、地獄コック。


 魔法少女キューティクルチャームの第八十八番目の敵組織『カレースパイス◎カラカラ』のボスだ。



 ……ん? カレースパイス◎カラカラなんて、ふざけた名前すぎないかって?


 うるせぇ! そんなこと、こっちが文句言いたいくらいだっつーの!!



「やい、地獄コック! 今日という今日こそは、絶対に倒してみせるんだからねっ!!」


「くっくっ……やってみろ、チャームパウダースノウ! ちなみにこの、『くっくっ……』という笑いは、『クック』と掛かっているのだ!! カレー屋だけに!!」


 え、寒っ。こわっ。

 親父ギャグとしても底辺レベルじゃん。大学生が無理やりやらされる一発芸の方が、まだマシなくらいだわ。



「なるほど。このカレー屋が、お前の本拠地だったってわけだ」


「そのとおり! 俺はここで、究極に辛いカレーを振る舞っている……なぜだか分かるか?」


「ま、まさか! 辛すぎるカレーを食べることで、お客さんはおいしさよりも激痛を感じる。それによってお客さんに――人間にカレーを嫌わせようという魂胆なんだねっ!!」


「よく分かったな、さすがはパウダースノウ!」


 正解なのかよ。

 っていうか、マジでよく分かったな。そんな常軌を逸したくだらない計画。



「はぁ……で? 人類がカレーを嫌いになることに、どんな意味があるわけ?」


「俺はカレーを憎んでいる。この世界からカレーを消し去ることこそが、俺の生きる意味なんだよ!!」


 なんなの? カレーに親でも殺されたの?


 もう何度目か分からないほどのため息を漏らしつつ……わたしはカレーが嫌いすぎて悪に身を落とした、頭のおかしな地獄コックを睨みつける。



「あんたのよく分かんない私怨のせいで、わたしたちがどれだけ迷惑してると思ってんの! 交通費返せ!! そしてカレーくらい、おいしくいただけ!!」


「ふざけるな! カレーを食うくらいなら、俺は泥でも砂でも食ってやる!!」


「そんなにカレーが嫌いなら、なんでカレー屋なんてやってんだよ!」


「くっくっ……つらいさ。カレーのにおいを嗅ぐだけで、卒倒しそうだよ。けどなぁ……カレーを滅ぼすためなら、俺はカレー屋にだって身を落とす覚悟を決めているのだ!!」


 この人の人生に、一体カレーが何をしたんだろう……別に興味ないけど。



 地獄コックがお玉を片手に、わたしたちの方へ向かってくる。


 ったく――相変わらず、すっげぇくだらない敵組織だけど。

 あいつは魔力結晶を持ってるから、警察や自衛隊では手出しができない。


 だから、わたしたちが戦うしかない。

 不本意だけど、辞めたくて仕方ないけど……やるしかないんだ。



「パウダースノウ、番長! アドレナリン全開で行――」


「待つのです、先輩方!」



 わたしが気合いを入れ直そうとした、そのときだった。


 目の前に黒い空間の裂け目のようなものが出現したかと思うと――そこから二人の魔法少女と、一匹の珍獣が姿を現した。



「ふふん。ここからは我ら、殲滅魔天せんめつまてんディアブルアンジェにお任せなのです。先輩方」


 傲岸不遜な態度で一歩踏み出したのは、漆黒の長い黒髪で左目を覆い隠した、ちょっとした貞子みたいな奴。


 学ラン風の珍妙なコスチュームを着込んで、小さな白い羽根の生えた学帽風キャップをかぶって、腰元からは黒い羽根に見立てたひらひらを生やして。


 相変わらず珍妙な格好だな。まぁ、人のこと言えた義理でもないけど。



「どもっす。先輩たち」


 そんな彼女の後ろで、デスクトップパソコンの前に腰掛けている奴は、さらに珍奇な格好をしていた。


 紫色のショートヘアに、アラビアン風のコスチューム。口元は分厚い紫の布で隠してるくせに、へそは露出してやがる。



 髪の毛おばけの方は、鈴音りんねもゆことノワールアンジェ。

 アラビアンな方は、茉莉まつり百合紗ゆりさことPCアンジェ。


 いずれも私たち、キューティクルチャームの後継者にあたる、ダサさと中二病のハイブリット魔法少女――殲滅魔天ディアブルアンジェのメンバーだ。



「頑張るがぶよ、二人とも!」


 その後ろに控えるワニは、ガブリコ。魔法連盟アルスマギカから遣わされた妖精の一味。


 魔法連盟アルスマギカはもう少し、採用するときに見た目を重視した方がよくない? 片眼鏡をした二足歩行のワニなんて、化け物ってレベルじゃねーぞ?



「わらわとPCが来たからには、もう安心。混沌の香りを放つ黄金色の悪しき魂よ、今こそ大地へとその身を捧げるのです!」


「カレーで世界征服とか、なかなかロックっすね。嫌いじゃないっすけど……おとなしく残飯になってもらうっすよ」


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」


 勝手に話を進めはじめたノワールとPCを、わたしは手で制した。



「なんですか、回転寿司先輩。わらわたちの活躍を邪魔するのは、やめてほしいのです」


「誰が回転寿司だ、安物扱いすんな! わたしたちが電車を使って急いで駆けつけたってのに……あんたらなんで、ワープなんか使ってんのよ!?」


「魔法少女が電車移動してる方が、どうかしてるっす。それに電車に乗るとか、自分にはキツすぎるっすよ。女性専用車両ですら、気分悪くなるのに」


「それはあんたが引きこもりだからでしょ、PC!」


「おーい。攻撃するぞー? お玉で、ぶん殴っちゃうぞー?」


 うっせぇな! 今こっちは取り込み中なんだよ!!


 お玉を持ったまま所在なさげにしている地獄コックを、わたしは睨んで制する。

 と、そこへ……。



「キューティクルチャーム&ディアブルアンジェ、魔法少女が勢揃いだぁぁぁぁぁぁ!!」


 爆発音みたいな歓声が、背後から沸き上がった。



「GOGOキューティクル! LOVELYチャーム!!」

「殲滅! ディアブル!! 魔天のアンジェ!!」



 黙れよ、ぶん殴るぞ。


 ご近所が引っ越しを検討するほど騒がしいこいつらは、学校公認部活動『魔法少女キューティクルチャーム応援団』。最近はディアブルアンジェも一緒に応援してる。


 ちなみにサーモン推しのリーダーは、坊主頭のクラスメート・雉白きじしろくん。

 彼はわたしを推してるけど、わたしは彼を押したい。屋上の上から。



 魔法少女が五人と、妖精という名の妖怪が二匹。

 それに地獄コックと、賑やかしの応援団ども。


 ちょっとした地獄絵図のような千葉の片田舎を見て……わたしは頭を抱えた。



 ああ、辞めたい。

 今すぐに、可及的速やかに。


 だけど魔法少女の引き継ぎには、後継者が三人揃ってないといけないという、魔法連盟アルスマギカルールがある。


 今のところ、見つかってるわたしたちの後継者は、ノワールとPCだけ。

 つまり、辞めたくても辞められないってわけだ。



 はぁ――魔法少女になってから、九年目の夏。



 このまま季節が巡って、大学生魔法少女になっちゃうのかなぁ、わたし?


 そもそもこんなことばっかりやってて、受験勉強とかまともにできるかも分からない。


 あっはっは! わたしの人生、おっしっまいだぁ!!



「あのー。すみません」


 変な笑いが止まらないわたしに、なんだか知らない声で誰かが話し掛けてきた。


 わたしは表情を正して、その声のした方に視線を向ける。



 そこにいたのは――一人の少女。


 カチューシャでおでこを露出した、セミロングの茶髪。くせっ毛なのか、毛先は外側にはねている。


 小柄な体型だけど、出るところはきっちりと出ていて、わたしなんかよりプロポーションがいい。うらやましい。


 見たところ、中学二・三年生くらいの子かな?



「何か用? 見てのとおり、今は戦いの最中だから、できれば後にして避難してほしいんだけど」


「そうだよぉ。怪我しちゃったら危ないしねっ★」


「大丈夫ですって。なんたってうちは、魔法少女になる存在なんですから!」



 …………ん?

 今、「魔法少女になる」って言ったか?



「うちの名前は緒浦おうら雛舞ひなむ! 殲滅魔天ディアブルアンジェに入って、華麗に活躍したいと思ってます!! オーディションはどこでやってるんですか?」


「おい、君! 今は俺と、魔法少女たちの戦いのまっただ中だぞ!? 邪魔をするというのなら、お前からカレーを食べさせて――」


「邪魔なのは、お前だ」



 わたしの言葉を代弁するように。

 番長が鉄パイプを振るって、地獄コックをぶん殴った!


 バイ○ンマンよろしく、大空高く吹き飛んでいく地獄コック。


 応援団の連中が、すさまじい拍手喝采を送ってくる。



 でも、そんなことはすべて、どうでもよくって。



「え、えっと。今、殲滅魔天に入りたいって言った?」


「はい! オーディションとかありますよね、多分? まぁ、他に候補者がいたって、うちは絶対負けない自信がありますけどね!!」



 マ、マジかよ……物好きな子もいたもんだ。


 そんなにやる気があるんなら、二つ返事でお願いしたいところなんだけど……。


 あいにくと、魔法少女選定はオーディション形式なんかじゃない。



 次世代魔法少女の資質を持った相手に出会うと、妖精は「ビビビッと来る」らしい。

 その第六感によってしか、魔法少女を選ぶことはできない。相変わらずクソルールだよね、魔法少女。


 だから、すっごいやる気なのに申し訳ないんだけど、ここはお断りするしか……。



「ビビビッと来たがぶ!!」



 絶望的な気持ちでお祈りメッセージを伝えようとしていたところ、わたしのそばでワニ妖精のガブリコが、なんか大きな声を上げた。


 その言葉の意味が呑み込めず、わたしは思わず首をかしげる。



「……はい?」

「だから、ビビビッと来たがぶってば!」



 ガブリコが興奮気味に叫ぶ。

 興奮すんなよ。獰猛な牙が光って、怖いから。


 ――――ん?


 ビビビッと、来た?



「サ、サーモン先輩! 今、ガブリエルが『ビビビッ』って……!!」

「こ、これってまさかの、まさかの……!?」



 ノワールとパウダースノウが、揃って声を上げる。

 番長も固唾を呑んで、状況を見守っている。



「……ビビビッと来るって、なんの話っすか?」

「えっと……オーディションは?」



 そんな中、事情を呑み込めていないPCと緒浦雛舞さんだけは、怪訝な顔をして立ち尽くしていた。




 かくして。


 ついに最後の殲滅魔天ディアブルアンジェのメンバーが、見つかったのだった。




 …………って、え? マジで?

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