も~っと! 1-2「魔法妊婦少女」

「おつかれさま、ほーのりんっ★」

「おつかれにょろ」


 地獄の進路指導室を出ると、廊下には雪姫ゆきひめと化け蛇が待っていた。


 雪姫はゆるふわパーマの金髪を揺らしながら、ニコニコとわたしの方に近づいてくる。



「進路指導どうだった? いい話し合いできたの?」

「話し合いというより、殺し合いだったわね」

「ああ……まぁ塔上とうじょう先生と麦月むつきママって、すっごく仲悪いもんねぇ」


「あら? 別に仲悪くなんかないわよ?」


 苦笑する雪姫に向かって、一緒に進路指導室から出てきたお母さんが、なんでもないことみたいに言う。



「どくちゃんって恥ずかしがり屋だからねぇ。本当は大好きなくせに、殴りかかってくるし、魔法少女のことを悪く言うし……いわゆるツンデレって奴?」


「よくそこまでポジティブに捉えられるわね……お母さんがそんなんだから、わたしがいっつも塔上先生から目の敵にされるのよ? もうちょっと反省してよね。あと、魔法少女が恥ずかしいってことも認識して!」


「あっはっはっは! ほのりもどくちゃんと一緒で、ツンデレさんだなぁ!!」



 ダメだこいつ。頭の中、かんっぜんにお花畑だ。

 こんな態度だから、塔上先生から毛嫌いされるんだよ。



 先代南関東魔法少女――魔法乙女隊エターナル∞トライアングルは、そりゃあもう強くて強くて有名だったけど、同時にチーム内の険悪さも抜群だった。


 最初からウマの合わない三人だったみたいなんだけど、特に仲が悪くなったきっかけは……お母さんが第二子を産むことになってから。



 魔法妊婦少女。



 妊娠中に魔法少女に選ばれたお母さんは、そんないかがわしい名前で呼ばれていた。

 そもそも、妊婦を魔法少女に選ぶなって話なんだけどね。聞いてるか、魔法連盟アルスマギカ



 そんなわけでお母さんは、就任僅か三ヶ月で、産休・育休を取った。


 魔法少女が産休・育休とか異例だと思うんだけど、とにかく約一年くらい、お母さんはわたしの弟――かぶとの子育てのために、魔法少女活動を休止したんだ。



 結果――最初から仲の悪かった二人は、ますますギスギスしていき。


 お母さんが帰ってくれば、二人は「色情魔」だの「色ボケ」だの非難をし。


 最後まで犬猿の仲のまま……わたしたち魔法少女キューティクルチャームに、その任を引き継いだってわけだ。



「麦月ママは、相変わらずすごいにょろね……あのどくーみさんと、まともにやり合うことができるにょろから」


 ちなみにニョロンは、進路指導の最中は廊下に立たされていた。

 少しでも邪魔をしたら、コンパスで鼻の穴の数を増やしてやるなんて脅されて。



「あっはっはっは! みんなどくちゃんのことを恐がりすぎなんだってば。あれでも結構、優しいところがあるんだよ? うーんとたとえば……うん、とにかくあるんだよ!」


 思いつかないんじゃねーか。

 優しい先生はコンパスを凶器に脅してきたりしないっての。



 ――と、そんなやり取りをしてるところに。



「うおおおおおおおおおおおお! 先代魔法少女と現役魔法少女のおおおおお、リーダー揃い踏みだぁぁぁぁ!!」



 唐突に奇声を発しながら乱入してきたかと思うと……我が学校の恥さらしこと、『キューティクルチャーム応援団』が、三組に分かれて応援をはじめた。



「ほのり! ほのり!! サーモンほのり! 普段は地味でも、やるときゃやるぞ!!」

「雪姫! 雪姫!! パウダースノウ! いつでもニコニコ、雪降る女神!!」

薙子なぎこ! 薙子!! 番長薙子! サボりがちなの、玉にきず!!」



 誰が普段は地味だぁ!? ぶっ殺すぞ、こいつら!


 わたしと薙子の応援だけ、なんかちゃんと応援してないっていうか、どっちかというと罵倒じゃねーか! 応援する気あんのかよ、この産業廃棄物集団め!!


 わたしが怒りに頭を沸騰させていると、そばにいたお母さんが「あっはっはっは!」と、いつもみたいに豪快な笑い声を上げた。


 そして何を血迷ったか、応援団の方へと近づいていく。



「麦月さんだ……」

「あの伝説の、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの……」

「なんて神々しい……女神のようだ……」



 応援団の中から、感嘆の声が漏れ聞こえてくる。


 そんな応援団から、三人の男どもが前に一歩、踏み出した。

 あいつら……このいかれた応援団の、各チームの団長じゃん。



「いっつもほのりたちを応援してくれてありがとね? エターナル∞トライアングルが現役だった頃から、応援団はあったけど……まだ続けてくれてるってのが、最っ高に嬉しいわ!」


「魔法少女あるところ、俺たちはどこへだって馳せ参じます!」



 そんな団長の中から、チャームサーモン応援団長の雉白きじしろくんが代表して発言する。


 そして、わたしに向かってウインク。

 うざい。



「私らの頃も、応援団がいっぱい応援してくれてたもんだけど。今でもそれを引き継いでやってくれてるなんて、嬉しいことよねぇ。ね、あんたたち、名前はなんて言うの?」


「雉白とも! チャームサーモンの応援をやってます!!」

「わしは猿輝さるきつとむ。パウダースノウに身も心も捧げとります!」

「じ、自分は犬黒いぬぐろまさる。番長様に踏んでいただきたいと、いつも思っております」



 そんな名前だったのか。まったく興味がないから、雉白くん以外知らなかったぞ。桃太郎にきびだんごでももらってそうなネーミング。


 脳の容量を無駄に使いたくないから、別に聞きたくなかったわ。マジで。



「雉白くんに、猿輝くんに、犬黒くんね。これからもキューティクルチャームを、そしてディアブルアンジェをよろしくね?」


「もちろんですとも!」



 坊主頭の雉白くんが、ドンッと胸を叩いて宣言した。


 そして後ろの団員たちに指示を出して、『CCキューティクルチャーム』と印字された巨大な旗を持ってこさせる。


 そして、すぅっと息を深く吸い込んで。



「キューティクルチャームのこれまでの功績とおおおおおおお! ますますの発展を願いいいいいいい!! また、ディアブルアンジェの今後の活躍を祈念してえええええええ!!」


「GOGOキューティクル! LOVELYチャーム!!」

「殲滅! ディアブル!! 魔天のアンジェ!!」



 雉白くんを中心にしながら、応援団の連中が旗を振り振り、大声を上げはじめる。


 やめろってんだよ、バカ!

 お母さんもしたり顔で頷いてるんじゃないよ!



 こんなことやってたら――。



「……魔法少女というものは、たとえるならばゴキブリホイホイのようなものだな。どんどんと害虫を自分のもとに呼び寄せてくる。いっそこの場に爆弾でもあれば、まとめて駆除してやれるんだがな」


 すぅっと進路指導室の扉が開いて。

 額に青筋を立てた塔上先生が、冷ややかな視線をこちらに向けてきた。



「おー、どくちゃん。見て見て、応援団。懐かしくない? 私らもこうやって、いっぱい応援してもらったじゃん」


「ああ。迷惑で仕方なかったから、何度も殺してやろうとした過去を思い出したよ色情魔。いっそあの頃、貴様ごとまとめて轢き殺しておけばよかった」



 これ、教育委員会にテープレコーダー提出したら、一発でクビだよね。


 相変わらずな塔上先生の毒舌に閉口していると、雪姫が「もぉ」と唇を尖らせ、一歩前に踏み出した。



「ちょっと塔上先生、そんな言い方したらダメですっ! 魔法少女にとって、応援っていうのは重要っ!! ライトを振られて応援されれば、なんだかどんな巨悪も倒せるようなパワーが沸いてくるものなんですからっ★」


「……雪姫」



 たしなめるように言ってくる雪姫に、塔上先生はグッと唇を噛み締める。


 ああ、そうなんだよね。

 塔上先生は、雪姫にだけは弱いんだ。


 なんたって雪姫は、この私立雪姫高等学園の理事長の孫。

 つまり雪姫のおじいちゃんは、塔上先生の雇用主になるってわけ。


 そんな雪姫にむやみに逆らって、自分のクビが危なくなるのを避けたいんでしょう。同じ魔法少女でも、当たりが厳しいのはいつもわたし。



 こういうの、なんていうか知ってます先生? 差別だよ、差別。



「……まぁ、騒がしいのはほどほどにしろよ。まだ進路面談の最中なんだからな。そして色情魔、貴様はとっとと帰れ」


「ほいほーい。夕食の支度もあるし、そろそろ帰りますよー。じゃあ、またね。どくちゃん?」


「……ふん」




 そんな挨拶を交わし合って。


 かつての魔法少女二人は、つかの間の邂逅を終えたのだった。

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