#4-4「女子高生よ……震撼せよ!!」
「ん……」
重いまぶたを持ち上げると、視界にはうさぎやらペンギンやらのぬいぐるみが大量に飾られた、やたらファンシーな部屋が映し出される。
ああ……そういえばわたしたち、昨日は
布団も敷かずに寝落ちたせいか、微妙に背中が痛い。
わたしは上体を起こし、テーブルの上に置かれた眼鏡を掛けた。
「……よお。ほのり」
「深き深淵の眠りより目覚めましたね、先輩」
「おはようっす。
薙子・もゆ・
あぁ……どうやら寝過ぎちゃったみたいだな、わたし。
「ごめんね、みんな。あれ、ニョロンとガブリコは?」
「寝ぼけて薙子先輩の顔の上にのし掛かったので、窓から放り投げられました」
「当然の、報いだ」
「……魔法少女って、思ってた以上にバイオレンスっすよね」
わたしたちのやり取りを見て、百合紗ちゃんが頬を引きつらせる。
あーあ、また百合紗ちゃんに引かれちゃったよ。
もはや後継者になってもらうのは絶望的な気がしてきたわ……。
「ほのり。これを見ろ」
頭を抱えるわたしに向かって、薙子が妙に神妙な面持ちで自分の携帯を見せてくる。
『ジャスミンに変わる新たな歌姫・
私立
ただし参加者は女子高生限定。ドレスコードは学校指定の制服とする。
女子高生よ……震撼せよ!!
電脳ライブハウス代表・
「何よこれ……ライブって」
「自分のときには、こんな企画考えてくれなかったのに……不公平っすよね」
「いや、あんたライブとか絶対無理でしょ。外に出られないんだから。昨日だって公園から家まで帰る力もないって言うから、仕方なくここに運んできたのよ?」
「そういう現実的な話はいいんです! 自分は雪姫さんが優遇されてるのが気に入らないんす!! ちくしょう、やっぱりセーラー服か。セーラー服なのか!!」
「意外と負けず嫌いだな、
「そんなところも、ユリーシャの魅力なのですよ」
「――って。そんなことはどうでもいいのよ!」
わたしはバンッと机を叩いて、立ち上がる。
「ミーチューブを通してじゃなく、ライブを開くことで直に雪姫の歌を聴かせる……昨日の公園での様子を見る限り、生歌を使った方が洗脳音波の威力は増してた。つまり今日のライブで、黒墨は女子高生の洗脳を確固たるものにしようって魂胆なのよ!」
雪姫――黒后の生歌で、女子高生たちを完全に我がものとする。
そして、女子高生軍団を利用して、いよいよ黒墨は世界征服を……。
「世界征服、するかなぁ? あの変質者」
「正直、女子高生ハーレムができた時点で、満足しそうな気がするな」
はぁ。なんでこう、南関東の敵は中途半端なバカが多いんだ。
いや、世界征服とか起こらない方が、世のため人のためなのは、もちろん分かってんだけどさ。
もうちょっと魔法少女の敵らしい悪党が相手じゃないと、モチベーションが上がんないんだよね。
変質者の取り締まりは警察にお願いしたい、マジで。
「とはいえ、女子高生連続ヘッドバンギング事件を、放置しておくわけにはいきませんよ? ここで食い止めなければ、女子高生は一生首を振り続けることになる……いわば、これがもゆたちと電脳ライブハウスとの、最終決戦になるのです」
紺色のワンピースに漆黒のケープ。魔法使いみたいな私服をはためかせ、もゆが立ち上がった。
「……ま。ぶっちゃけ、あたしはサボりたいんだが。敵が気持ち悪いし」
ぼやくようにそう言って。
パーカーの上に茶色いジャケットを羽織った薙子もまた、チャームポイントのポニーテールを揺らしつつ、重い腰を上げる。
「雪を放って遊んでいられるほど、人でなしでもないんでな。不本意だが……今日は、本気出す」
「もゆ……薙子……」
決意を固めた二人の姿を見て、わたしはそっと目を瞑る。
――そうだ。
魔法少女なんて今すぐ辞めたいけど。
しょっぱい敵の相手なんかしたくないけど。
魔力を持った相手に対抗できるのは、同じく魔力を使える魔法少女しかいないんだから。
わたしたちがやらなきゃ、誰がやるってんだ。
「……そうね。女子高生の貞操の危機は、わたしたち魔法少女が護ってみせる」
眼鏡の位置を直し。
白いカーディガンと薄紅色のフレアースカートを整えると。
わたし――
「行くわよ、薙子、もゆ! 変態ロリコン野郎をぶっ飛ばして、第八十七番目の敵組織――電脳ライブハウスを、跡形もなくぶっ潰してやるんだから!! 百合紗ちゃんは申し訳ないけど、自力でおうちまで帰ってちょうだい。もう、ライブ開始まで時間がないか――」
「自分も行くっす」
わたしの言葉を遮って。
白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好の少女が、おもむろに腰を上げた。
引きこもりの思いがけない行動に、わたしは思わず目を丸くする。
「百合紗ちゃん? 無理しないで。グラウンドは照り返しもあるから、日光によるダメージも倍増よ?」
「伊達に部屋の中で鍛えてないっすよ。陽の光だって、根性で堪えてみせるっす」
そう言って、百合紗ちゃんは青髪のちょんまげヘアをぴこぴこ揺らす。
「自分が行っても足手まといかもしんないっすけど……自分には、やっぱり見届ける義務があると思うんす。元はといえば、自分の歌がこの事件の原因なんすから」
「百合紗ちゃん……」
そうか。この子はこの子なりに、自分の責任を感じているんだ。
変態プロデューサーに騙されて、全国の女子高生に洗脳音波を振り撒いてしまい。
挙句には「制服を着ていない」というわけの分からない理由でポイ捨てされてしまった、哀れで下手くそな歌い手。
「……分かったわ。その代わり、戦ってるときはきちんと後ろに隠れてなさいよね」
「はいっす」
かくして。
魔法少女三人と元・カリスマ歌い手は、最後の戦いへと赴くべく、部屋の扉を開けた。
「こらー、なぎー!! 可愛い妖精を窓から突き落とすとは、どういう了見にょろか!!」
「いくら鱗があるからって、二階から落ちたらそれなりに痛いがぶよ!!」
うわ、忘れてた。蛇怪人とワニ怪人。
……そんなわけで。
四人と二匹というへんてこチーム編成で、わたしたちは最終決戦の地――雪姫高等学園へと向かう。
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