#4-5「……っざけんなよ」
道行く人たちがニョロンとガブリコの姿を見るたびに、「ねぇ、生臭くない?」なんて呟く。わたしたちの顔を知ってる人たちは、「きゃ!? 魔法少女よ」「今日もコスプレするのかしら、ぷぷぷ」なんて陰口を叩く。
「……わたし、この組織を滅ぼしたら魔法少女辞めるわ。マジで」
――――まーた、ほのりんの辞めたい辞めたい病がはじまったぁ。
なんて、雪姫がいれば笑いながら言ってくるんだろうな。
だけど今、雪姫はわたしたちのそばにいない。
「……お。ほのりちゃん! 何してんのー?」
そんな感傷に浸っていたわたしの耳に、聞き覚えのある可愛らしい声が響いた。
そばかすが特徴的な、小柄で快活な女の子。
高校生になって初の一般人な友達――
その後ろには、てぃろ姉さん・みきさやさん・あんこさん・ぽむぽむさんの四人が、いつのものように仲良く控えている。
「ねぇねぇ。これから学校に行くんだけど、ほのりちゃんも一緒に行かない?」
「学校に?」
わたしは嫌な予感しか覚えないそのフレーズに、眉をひそめる。
「そう――私たち女子高生の新たなアイドル・
ひゅーひゅーわーわーと、後ろの四人が喝采を送ってくる。
ああ……やっぱり。
「まりかちゃんたち、この間までジャスミンが最高とか言ってなかったっけ?」
「ぷっ! ジャスミン!!」
「あんな下賎な歌い手、もうどうでもいいですよ」
「ジャスミンって、ほんと下手」
「っていうか、よくあれで投稿とかできるよなぁ。アタシなら恥ずかしくて首吊るぜ」
「ぽむ」
「きえええええええええええ!!」
奇声とともにまりかちゃんたちに掴み掛かろうとした
百合紗ちゃんはバタバタと脚を動かしながら、血走った目で叫ぶ。
「後生です、離してくださいっす! 自分は、こいつらを、許せねぇっす!!」
「落ち着いてくださいなのです、ユリーシャ」
「もともと洗脳されてただけで、こいつらお前のファンでもなんでもないからな」
「ちょっとちょっとぉ。ほのりちゃん、その人たち誰?」
まりかちゃんが騒がしい三人を見て、怪訝な顔をする。
そして、そのそばに立つ二体の妖精怪人たちを見つけると。
「……あー。ひょっとしてまだ、魔法少女活動とかやってんのぉ?」
まりかちゃんは両手を大きく開いて、やれやれといったリアクションを取る。
「困るよ、ほのりちゃん。前にも言ったでしょ? 私たちのグループにいる以上は、魔法少女なんて恥ずかしいもの辞めてもらわないとって。私たちまで恥ずかしい人みたいに見られちゃうじゃん」
「う、うん……ごめん。なるべく早く、辞めるから」
「なんて言い様にょろか、このそばかす女! 魔法少女は絶対無敵、可憐でおしゃま。むしろユーたちの方こそ、『魔法少女になりたいな』と懇願してくるのが基本――」
「ニョロン。ニョロン」
わたしは力説しはじめたクソ妖精の肩をぽんと叩くと、そのまま尻尾を掴んで薙子の方にぶん投げた。
当然のように発狂した薙子は、ニョロンよりも高く跳躍。そのまま全体重を乗せて蛇妖怪の腹部を踏みつける!
「ぐえ」という断末魔の声を上げて、ニョロンは泡を吹いて昏倒した。
「ほのりぃ! お前、あたしを爬虫類処分係にするの、いい加減にやめろ!!」
「えー。なんのことか分からないなぁ」
わたしはコツンと軽く頭を叩き、舌を出してごまかす。
薙子にゃ悪いけど、まりかちゃんたちの前で蛇をボコボコにするわけにはいかないしね。
そんなことしたら、せっかく掴んだ普通の女子高生ライフが駆け足で逃げちゃう。
そう。まりかちゃんたちは、わたしにとって初めてできた、魔法少女以外の友達。
何よりも大切で。絶対に失うわけにはいかない存在なんだ。
「あ。そういえば今日は、
まりかちゃんが、何気なくあいつの名前を口にする。
「どうしたの、彼? 魔法少女っていったら誰よりも張り切って活動してるくせに」
「うん……雪姫は、今ちょっとね」
そうか。まりかちゃんたちは、昨日の公園での騒ぎに巻き込まれてなかったんだな。
だから雪姫=黒后だってことも知らなくって……。
「でもまぁ、一緒にいないのはいいことだ。雪姫くんなんかとつるまない方がいいよ。ほのりちゃん」
…………。
……………………?
「男子からの人気は知らないけどさぁ。女子から見たら、女装して毎日毎日あんなバカ騒ぎ起こして、取り巻き連中にちやほやされて。あんまいい気分しないよねぇ?」
「そうですね。見ていて痛々しいというか」
「雪姫くんって、ほんと引く」
「大体『雪姫トイレ』ってなんだよ。どんだけ女装に命掛けてんだっつーの」
「ぽむ」
雪姫のことを悪し様に言う、四人+ぽむぽむさん。
その姿を黙って見ている、わたし。
「いっそこの機会にさ、雪姫くんなんかと縁を切っちゃいなよ。ほのりちゃん」
まりかちゃんが満面の笑みで、わたしの肩を叩いた。
「そしたらさ、私たちと一緒に毎日いられるよ? ほのりちゃんが普通の女子高生に戻れるよう、精一杯プロデュースしてあげるからさっ!!」
――――ほーのりんっ!
「……っざけんなよ」
「へ?」
わたしは肩に伸びたまりかちゃんの手を、パシンと払いのけた。
そして。
「ふざけんなって……言ってんだよ!!」
おとなしい優等生の仮面をひっペがして、わたしは怒声を張り上げた。
「ほ、ほのりちゃん?」
「あんたたちが雪姫の何を知ってるっていうのよ……あいつの上っ面だけを見て、陰口叩いてるあんたたちなんかに! あいつの何が分かるってのよ!!」
――わたしのそばには、いつも雪姫がいた。
小学校時代からの腐れ縁で。
いつの間にか男の子から男の
「魔法少女だから一緒にいたんじゃない! わたしにとって、雪姫は……雪姫は!」
迷惑掛けられることもたくさんあったけど。
鬱陶しいときも山ほどあったけど。
わたしが辛いとき、悲しいとき……あいつはいつだって、わたしの味方でいてくれた。
そんな、あいつは――。
「雪姫はかけがえのない、大事な大事な友達なんだよ!!」
わたしの剣幕にたじろぐまりかちゃん。
けれどわたしは、遠慮することなく続ける。
「そりゃあ、うざいときもあるよ! 魔法少女嫌なのに、あいつがノリノリで調子に乗るもんだから、世間様からさらに引かれちゃったりしてさ。いいとこより迷惑なとこの方が、むしろ多いかもしんない」
少しずつ、わたしの目に涙が滲んでいくのを感じる。
「けど……あいつはどんなときだって、わたしのそばにいてくれた。どんなどん底のときだって、わたしのことを支えてくれた!! 女装してる変態だけど、目立ちたがり屋の困ったちゃんだけど――ほんとに、ほんっとーにいい奴なんだよ雪姫は!!」
――――だから。
「そんな大事な親友を捨てなきゃいけないって言うんだったら……わたしは、普通の女子高生になんてなりたくない!!」
まりかちゃんたち五人が、ぽかんとした表情でわたしのことを見ている。
うん。ドン引いたよね。知ってる。
でも、もういいよ。
今の言葉が、わたしの正真正銘の……本心だから。
「
そんなわたしの肩に手を置いて。
薙子が一歩前に出る。
「八年経っても辞められない。交通費は自腹。いつ出動になるか分からない。ブラックもいいところだ。しかもお前たちの言うとおり、恥ずかしい。そんなことは、百も承知だ」
「ですが……とっても楽しいのですよ? 魔法少女で知り合ったお友達と、一緒に過ごす時間だって」
もゆが三つ編みおさげを揺らして、花のように微笑む。
「もゆには友達がいませんでした。ですが、今はほのり先輩たちがそばにいてくれます。こんな嬉しいことはないのです。魔法少女の友達、それ以外の友達……その間に、貴賎なんてあるのでしょうか?」
「そういうことだ。ほのりも、もゆも、雪も……あたしの、友達だ。それをバカにする奴らは、どんな理由があろうと容赦しない。鉄パイプでぶっ飛ばす。まっすぐ行って、ぶっ飛ばす」
「ひ……ひぃぃぃぃ!?」
薙子の猛獣のごとき眼光に睨まれて、まりかちゃんたちは慌てて逃げるように走り去っていった。
「……すまんな、ほのり。つい、熱くなってしまった」
「いいよ。わたしも薙子と同じ気持ちだったし。もゆも、ありがとね」
「えへへ……もゆの方こそ、ありがとうなのです。ほのり先輩たちが一緒にいてくれるから、もゆは毎日が楽しいのですよ?」
「感動したにょろ!
「僕ちゃん、感動で涙が出そうがぶよ……」
いや、あんたたち妖精を含めた覚えはないぞ。この悪魔の使者どもめ。
「友達、っすかぁ……」
そんなわたしたちのやり取りを、呆けた顔で見守っている百合紗ちゃん。
それに気付いたもゆが、にんまりと猫みたいな笑顔を浮かべて、手を差し伸べた。
「さぁ、共に参りましょう。血の盟友ユリーシャよ。暗き闇の使者を滅ぼし、雪姫先輩を救い出す旅路へと」
そうね。行くとしましょうか。
まりかちゃんたちと食べたお昼ご飯。一緒に出掛けたショッピング。
思い出がまだ、チクチク痛いけど……。
助けに行かなくっちゃね。
わたしたちの大切な大切な、友達を。
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