#3-2「なんか生理的にやだ」

「『ブラックエボニーダークネス王国』の漆黒暗黒三十四士が一人・一本槍の黒墨くろすみ影夜かげやめっ! やっぱり君の仕業だったんだねっ!!」


 パウダースノウがビシッと黒墨を指差して、ほっぺたを膨らませた。



「黒墨影夜って……え? ひょっとして、おたくが黒墨プロデューサーっすか?」


 二階の窓から顔を覗かせたまま、百合紗ゆりさちゃんが目を丸くする。


 そんなわたしたちをぐるりと見渡し、黒墨は再び忍び笑いを漏らした。



『――『ブラックエボニーダークネス王国』は滅びた。黒王こくおう陛下はもう、シャバにはいない。ゆえに俺はもはや、漆黒暗黒三十四士ではない』


 そして黒墨は百合紗ちゃんの方に、ゆっくりと視線を向けて。



『今の俺は、新たな組織「電脳ライブハウス」の代表――あなたのプロデューサーだよ。ジャスミン』


「黒墨プロデューサー……いつもお世話になってるっす!!」


 百合紗ちゃんが頬を朱に染めて、破顔する。



「電脳……ライブハウス」


「ついに全貌を現したんだねっ、第八十七番目の敵組織!!」


「ぶん殴り甲斐のありそうな相手だ。今回は、腹痛が起きずに済みそうだ」


「くっ……左目が疼く! 溢れ出る魔界の瘴気が、魔天の波動と呼応しているのです!!」



 思い思いの言葉を口にして、わたしたち魔法少女は戦闘態勢に入る。


 そんなわたしたちを一瞥して、黒墨は冷たく微笑んだ。



『俺を倒せるつもりか? チャームサーモンすら、既に俺の術中にあるのだが?』



 わたしはゾッとして、震える自分の身体を抱きすくめた。



 そうだ。


 さっきわたしは、意識を乗っ取られたみたいに、番長とガチでやりあった。


 今は正気に戻ってるけど……いつまたヘッドバンギングをはじめるか分からない。



 どうしよう、魔法少女かつヘッドバンギングする女の子って。


 ……もう、普通がどうとかそういう次元じゃない気がするんですけど。



「魔法のオッドアイ『夜光虫』――」



 そうして、軽く絶望に苛まれているわたしのそばで。


 ノワールが一歩踏み出して、そのすだれのように長い黒髪を掻き揚げた。


 露わになるのは、右目とは違う色をした、金色の左目。



「ビ―――――ムッ!!」



 ノワールの左目から放射された光の怪光線が、夜の闇をパッと照らし出す。


 直線軌道で上空へと放たれたその一撃は、一寸のズレもなく黒墨を捉えると――眩いばかりの閃光を伴い、大爆発を起こした。


 吹き上げられた粉塵に、わたしは思わずコホコホッと咳をする。



「く、黒墨プロデューサーあああああああああああ!?」


「術を破るには術者を倒せばいい……魔法少女やヒーロー物の基本なのです。えっへん」


 再びオッドアイを隠したノワールが、自慢げに胸を張って口元を歪ませる。


 そんなノワールの頭を、わたしは思いっきりはたいた。



「痛っ! ……何するのですか、サーモン先輩。いくらわらわが成長して先輩を凌ぐ活躍の片鱗を見せはじめたからと言って、嫉妬による暴力はよくないのです」


「バカッ! 作戦としては間違っちゃいないけど、あんなマジの一撃ぶち込んだら、黒墨が死んじゃうじゃない!! 日本の司法じゃ、いくら悪の組織の変態ロリコン野郎だからって、殺したら殺人罪に問われるのよ!?」


 人ならざる敵なら消滅させてもなんら問題ないが、人であれば途端に過剰防衛扱いされてしまう。哀しきかな日本の司法の限界。


 ああ、今度こそわたしたちお縄についちゃう! 前科者になって『変態男フェチのコスプレ女』から『魔法殺人少女』にランクアップしちゃう!!


 どうするほのり? どうする、ほのり!?



「ったく、相変わらずわらわのことを信用してないですね、先輩は……安心してください。相手の魔力だけに反応して、人体には影響を及ぼさない――そのようにビームの出力を調整しましたから。もっとも、出力調整に失敗したら怪我をする可能性があるので、一般人相手には使えませんが……」


「いつものことながら、すごい魔法使うよねノワールって」


「便利設定だな」



 パウダースノウと番長が、感心するように唸っている。



 ってことは何か?


 今の一撃で――勝ったッ! 第八十七の敵編、完! ってことか?



『くっくっくっくっく……』



 思わずガッツポーズをするわたしの耳に、聞き覚えのある忍び笑いが響き渡った。


 爆煙が晴れていく。


 その向こうに浮かんでいるのは……傷ひとつ負っていない、黒墨影夜。



「魔力が消えていないにょろ!」


「そんなっ!? わらわの魔法は完璧だったのですよ? それなのにどうして……」


『確かに、直撃を受けていれば危なかっただろうな』


 そう言って笑う黒墨の姿が、まるでノイズでもかかったみたいに乱れて映る。


「ひょっとして……ホログラム?」


『さすがはサーモン。正確な読みだ。サバゲーならいい線を行きそうだな』


 いや、そんな逐一サバゲーで例えられても。



『俺も伊達にパソコン教室へ通っていたわけではないからな。ホログラム作成、インターネットを介した洗脳音波の混入、なんでもお手のものだ』


 どんなパソコン教室だよ。もういっそ、そいつが黒幕なんじゃねーか。


 まぁ――それはこの際、置いておこう。



「洗脳音波の混入……ってことはやっぱり、ジャスミンの歌には何か細工が施してあったわけね。それが原因でわたしやまりかちゃんたちは、恥ずかしいヘッドバンギングを強いられた……」


『いかにも。ジャスミンの歌には、俺の作成した「黒き雑音エボニーノイズ」が組み込まれている。それにより、聴いた者が「ジャスミンの歌最高! ふぅぅ!!」と錯覚するようになる!』


「錯覚……じゃあ、まりかちゃんたちがドはまりしてたのも、あんたの洗脳音波が原因だったわけね。どうりでクソ歌だと思ったわ!」


「おいこら、誰の歌がクソ歌なんすか!!」


 百合紗ちゃんの怒鳴り声が聞こえるけど、わたしは決して振り返らない。



『「黒き雑音エボニーノイズ」はまだまだ試作段階でな……一度や二度ジャスミンの歌を聴いた程度では効力が現れない。それなのに先ほどヘッドバンギングをしていたところを見ると、存分にジャスミンの歌を堪能してくれたようだな? チャームサーモン』


「うっ……確かに普通の女子高生と話題を合わさなきゃって、泣きながら何回もリピートしたけど……まさかそれすらも作戦だったとは! なんて恐ろしいのよ、第八十七番目の敵組織・電脳ライブハウス!!」


「いや、それは途中でおかしいって気付こうよぉ。あんなへんてこりんな歌が流行るとか、常識的に有り得ないでしょ?」


「肝心なところで迂闊なのです、先輩は」


 なんで冷ややかな対応なんだよ! いつもは大した作戦じゃなくってもノリノリで過剰に反応してるでしょあんたたち!!


 まるでわたし一人が恥ずかしい人みたいな扱いを受けて、思わず髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟る。



 そんなわたしたちの反応を満足げに見やり、黒墨は両手を翼のように大きく広げた。



『私の計画はこんなものでは済まない。「黒き雑音エボニーノイズ」は最初こそ、ジャスミンをバカにされるとカッとなってヘッドバンギングするという効果しか発揮しないが……聴き続けていると洗脳が深まってゆき、やがては永続的なトランス状態に入る』


「な……!?」


『くっくっく……そして俺は、従順なる最強の軍団を手に入れるのだ! そう、女子高生たちによるプリティーな軍団をな!!』


「えっ?」


『あ、いや、女子高生以外がいてもいいんだけどね?』


「…………」


『じょ、女子中学生とか?』


「余計タチ悪いわ! もーいやだ。せっかくシリアスモードになりかけたってのに台無しだよ!! 何が悪の組織だ。なーにが最強の軍団だ! 結局はあんた、若い女の子を我がものにして好き勝手したいだけなんじゃないのさ。この変態ロリコン野郎!!」



 わたしはいたたまれない気持ちになって、絞り出すように叫ぶ。



 まぁ分かってたけどね。


 南関東魔法少女の敵は、いつだってこういう低次元な連中ばっかりだって。



「いたいけな女の子たちを我がものとし、『ブラックエボニーダークネス王国』が叶えたくても叶えられなかった世界征服を、今度こそ実現するつもりなんだねっ! 可愛い女の子たちに危害を加えるわけにはいかないから、魔法少女も手出しができない……なんて恐ろしい作戦なんだ、電脳ライブハウス!!」


「世界征服……? あ、ああ。そうだ」



 何を言いよどんでんだよ。


 あんたの仲間たちの悲願なんだろ、世界征服。初心忘れすぎだろ!!



「サーモン。あたし、帰るわ」


 黒墨を侮蔑的に一瞥して、番長が唐突に変身を解く。


「って、待て待て薙子なぎこ! なんであんた、戦闘中に変身解除してんのよ!? 今、新たな敵組織が自分たちの目的とか計画を語ってるところでしょうが!! あんた、今回はお腹痛くならずに済みそうってさっき言ってたじゃない!!」


「非常に残念だが、女子高生軍団のくだりから、やる気が萎えた」


『帰れ帰れ! 十八歳以上に価値などない。俺は貴様のようなババア魔法少女、断じて認めんぞ!!』


「何煽ってんだよこのロリコン野郎!? あんたの趣味なんか聞いてねーよ!!」


「……あたし、あいつ嫌い」



 そう言い残して、薙子は買い物袋を両手に持つと、そそくさと茉莉邸を去っていった。



 あ、あいつマジで帰りやがった……。


 呆然とするわたしのそばで、パウダースノウがこの世の終わりみたいな顔をする。



「チャーム番長を戦わずして戦意喪失させるとは……なんておぞましいんだ、電脳ライブハウス!!」


『そ、そうかな? あ、ありがとう……』


「何パウダースノウ相手にデレデレしてんだよ、この変態! 相手は男だぞ!?」


『いや、可愛いは正義だから性別は別に……』


「もう死ねよ。死ねよ」



 なんか生理的にやだ、こいつ。



 段々と、黒墨が汚物に見えてきたわたしのそばで。


 百合紗ちゃんががっくりと膝をついた。



「黒墨プロデューサー……自分のこと、利用してただけなんすか? 世界一の歌い手にしてやるって言ったのも、女子高生を集めるための口実だったんすか?」


『……ジャスミン。心配するな』


 黒墨は百合紗ちゃんをまっすぐに見つめて、その漆黒のマントを翻した。


『いずれ、全てが分かるときがくる。そのときまで……信じて、待っていてくれ』




 最後の言葉と同時に画像が乱れたかと思うと……黒墨のホログラムは、揺らぎながら消えていった。

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