第3話 レリーズ☆別れは突然に

#3-1「サーモン。許して、死ね」

 ガラスの破片を伴いながら、わたしと番長は茉莉まつり家の庭へと躍り出た。


 すっかり日の落ちた暗い庭先。遠くの方でパトカーのサイレンが聞こえる。



「ベイビーカモーン……」

「…………」



 番長は無言のまま、背中から魔法の鉄パイプを抜き取った。


 わたしもまた、両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレーを引き抜く。


 鉄パイプと、洗剤スプレー。


 互いの武器を正面に構えたまま、わたしたちはしばし膠着する。



「……行くぞ、サーモン」


 先に動いたのは、番長だった。


 番長は鉄パイプを片手に握り直したかと思うと、目にも留まらぬスピードで走り出す。


 その向かう先は、まっすぐ――わたし。


「『マジック☆凛々』――火炎放射ぁ!!」


 その攻撃を退けようと、わたしは両手の洗剤スプレーから火球弾を発射する。



「――――ふん」



 しかし着弾の直前、番長は地を蹴って空中へと跳ね上がった。


 目標を外した火球弾は地面を抉り取り、爆音とともに火柱を吹き上げる。


 その炎を背にしながら、番長は鉄パイプを振り下ろす。


「くっ……!」


 わたしは『マジック☆凛々』をクロスさせ、鉄パイプの一撃を受け止めた。


 飛び散る火花。


 歯を食いしばり押し返そうとするわたしだが、番長は鉄パイプに篭めた力を緩めない。


「このっ!!」


 右脚を振り上げて、わたしは番長のお腹を蹴り上げる。


 無防備な腹部に一撃を喰らった番長は、勢いよく地面を転がっていき――数メートル先で中腰に姿勢を立て直した。



 そして――そのままの体勢から、一閃。


 空裂の一撃が、わたしの髪の毛を掠めて背後の塀に直撃した。


 なんの罪もない茉莉邸の塀が、粉々に打ち砕かれる。



「次は、当てるぞ」


 言葉とともに、番長は神速の勢いで一気に距離を詰める。


 そしてそのまま、魔法の鉄パイプを全力で振り下ろし――。



「だめぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」



 可愛らしい絶叫と獣の怒声が、茉莉家の庭に響き渡った。


 同時に、鉄パイプごと番長を押し返すのは――魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』。


「だめだよっ! 魔法少女同士で、本気の戦いなんてっ!!」


 そんな『しずねちゃん』の後ろから姿を現して――魔法少女チャームパウダースノウは、雪色のツインテールを振り乱し、涙目で声を上げた。


「そうなのです! 魔法少女は仲良し、喧嘩はよくないのです!!」


 その隣から髪の毛おばけことノワールアンジェもまた、必死の抗議をしてくる。



「――ちょっとちょっとぉ! うるさいすっよおたくら!? 近所迷惑っすよ!!」


 そんな緊迫した魔法少女同士の睨み合いの最中、二階の窓が乱暴に開かれた。



「ああ、庭がぐちゃぐちゃに……塀だって壊れちゃって……なんてことするんすか、落ち目の魔法少女集団! 損害賠償請求するっすよ!?」


「大丈夫。わらわが時間逆行タイムリバースを使えば、全ては元に戻るのです」


「そういう問題じゃねぇっす!!」



 窓から顔を覗かせた青髪の引きこもり――茉莉百合紗ゆりさちゃんが絶叫するように言う。


 その姿を見た、わたしは。



「ああ……ジャスミン」


「はい?」


「ジャスミンふぅぅぅぅぅぅぅ!!」


「ひぃっ!?」



 ジャスミンは最高! ジャスミンこそがこの世の女神!!


 興奮したわたしはテンションに任せて、激しく頭をシェイクする。


 ヘッドバンギングすると余計な思考が吹っ飛んで、自分のやるべきことが見えてくる。



 そう、わたしのやるべきこと。


 それはジャスミンを愚弄した――番長を倒すことだ。



「『マジック☆凛々』――水流噴射ぁ!!」


 わたしは容赦なく、魔法の洗剤スプレーの引き金を引いた。


 放射される二筋の水流は、岩石すらも真っ二つに切り裂く鋭利な斬撃。


 狙うは一直線に――チャーム番長。


「――させるか」


 番長は鉄パイプを回転させると、水流を四方八方へと受け流した。


 目標から外れた水撃は茉莉家の植木を、壁面を、窓ガラスを、ガリガリと削り取る。


「ぎゃああああ!? 自分の家がぁ!?」


「ジャスミンふぅぅぅぅ!!」


「うっさい! ふぅぅ、じゃよねぇっすよコスプレ女!! 引きこもりにとって、家は何よりも大切な財産なんすよ!? 家があるからぬくぬくと、外にも出ず生活できるんす!!」



 うわぁ、人として駄目な発言だなぁ。


 でも、そんなところも魅力的だよジャスミン☆




「――天誅一撃、覚悟を決めな」



 そうしてジャスミンにデレデレしていると。


 番長が修羅の形相で、鉄パイプに強大な魔力を注ぎ込みはじめる。


 膨大な魔力を含んだ鉄パイプは、まるで巨大な布団叩きのごとき形状へと変化した。


 同時に、わたしの足元にはガラス製の畳が広がっていく。



「サーモン。許して、死ね」



 捨てゼリフのように吐き捨てて、番長は『巌流武蔵がんりゅうむさし』を両手で掴むと、わたしの頭上へと飛び上がった。


 そして。



「番長・シンデレラブレイクエンド!!」



 ――鉄パイプは。


 わたしの足先を掠めて、地面に広がったガラスだけを木っ端微塵に粉砕した。



「……どうして直撃させなかったの、番長?」


「……できるか、馬鹿」



 番長は歯を食いしばり、鉄パイプを持った手を震わせていた。



「サーモン! もうやめてよっ!!」


「そうなのです! サーモン先輩は粗暴で野蛮ですが、このようなことをする人ではないはずなのです!!」


「もう帰ってくださいよ! うるさくって曲作りもできないっすよ!!」


 みんなが思い思いに叫ぶけど、そんなのわたしには関係ない。



 だって、わたしはジャスミンを愚弄したこいつを、許すわけにはいかないんだから。



 ――――ジャスミン?



「あれ? わたし……なんでジャスミンのことなんかで、こんなにマジになって……?」


「……やっと正気に戻ったか。バカが」



 振りすぎた首がマジで痛い。むち打ちになってたらどうしよう。


 っていうかなんでわたし、ヘッドバンギングしながら「ベイビーカモーン」とか、たわ言をのたまってたんだろ?


 思い出すと恥ずかしくて死にたくなるんですけど。


 なんだか頭がボーッとして、さっきまでの気持ちとかそういうのが思い出せない。



『くっくっくっくっく……』



 そうして呆然と立ち尽くしていると、わたしの頭上から忍び笑いが聞こえてきた。



 辺りはすっかり夜の闇。茉莉家の部屋の灯りだけが、庭を照らし出している。


 そんな暗闇によく似合う、黒一色の服装でもって。



「あんたは……黒墨くろすみ影夜かげや!!」



 八十七番目のわたしたちの敵は――ぷかぷかと上空に浮かんでいた。

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