#2-8「お前、あとで弁償だからな」

「まぁ、ゆっくりしていってね!」とのんきに言って、再び仕事に出掛けていく百合紗ゆりさちゃんのお母さんを見送ってから。


 わたしたちは茉莉まつり家のリビングで、ぐったりとしていた。


 気付けば太陽はすっかり西の方に傾いて、空は黒に衣替えをはじめている。



「……ねぇ? 百合っぺを仲間にするのってぇ、ちょーっと無理があるんじゃない?」


 雪姫ゆきひめが頬に手を当てて、ぽつりと呟いた。


「まったくだな」


 薙子なぎこも首先にぶら下げた剣のペンダントを弄りながら、深々と嘆息する。

 つられてわたしもため息を漏らし、親指の爪をぎりっと噛みしめた。


「もゆのー、新しい仲間ー♪」


 なんか真面目な会話に歌声が混入されたような気がするけど、気にしない。



「それでも、せめてジャスミンの歌だけでも止めないと。次の被害者が出る、その前に」


「と言って、聞く耳を持つ相手か?」


「だよねぇ。すっかり黒墨くろすみプロデューサーに心酔しちゃってるみたいだし、一筋縄ではいかないかも」


殲滅魔天せんめつまてんがー、ついに二人にー♪」


「……ちょっと待ってね。雪姫、薙子」


 さっきからガブリコの手を取ってくるくる回っているもゆの肩を、わたしはがっしりと押さえる。



「どうしたのです、ほのり先輩? もゆの溢れ出る神の力は、その程度では抑えられないのですよ? ふっふっふ。やったねもゆちゃん、仲間が増えるのですよ!!」


「やかましいわ! 浮かれすぎなのよ、あんたは!!」



 声を張って注意するが、目を一本線にして頬を緩ませているもゆは、どこ吹く風。


 もうこいつの中では、茉莉百合紗が仲間になるのは既定路線と言わんばかりだ。



「ったく。百合紗ちゃんが仲間になってくれるかなんて、まだ分かんないってのに。はしゃいじゃって、この子は」


「だけど、彼女を仲間にする以外の選択肢なんてないがぶよ?」


「はぁ? どういうことよ、それ。百合紗ちゃんが駄目なら、新しい適任者を探せばいいでしょうが。あんたの第六感とやらで」


「ちっちっち。甘い。甘いにょろよ、ほのーり!」



 首をかしげるわたしに対して、ニョロンがなぜかドヤ顔で答える。



「妖精の第六感は絶対にょろ。一度ビビビッと来たら、もうその子以外にはビビビッと来ないにょろよ。つまり、ゆりーさを仲間にできなければ……」


「殲滅魔天ディアブルアンジェは、一生揃わない。そうなれば当然、引き継ぎもできないがぶから……魔法少女キューティクルチャームは、生涯現役ってことになるがぶね」


「はぁ!? 何よそのクソ設定!! だったらもうちょっと、魔法少女に向いてそうな奴を選べよ! なんであんな引きこもりの人間嫌いにしたのよ!! 説得失敗で詰むじゃない!!」


「別に僕ちゃんが恣意的に選んだわけじゃないがぶ。ビビビッと来ちゃうのは生理現象がぶから、勘弁してほしいがぶ」


「さぁ事情が分かったら、さっさとゆりーさを仲間にする方法を考えるにょろよ。まぁミーは別に、ほのーりたちが一生現役でも特に困らないにょろが」



 ちくしょう、どうしてこいつらはいっつも無茶な要求ばっかりしてくるんだ!


 わたしはがくりと膝をつき、頭を抱える。



「ま、まぁまだ仲間にならないって決まったわけじゃないしさ? 元気出して、ほのりん」


「最悪、ぶん殴れば仲間になるだろ。多分」


 暴力行為をさらっとほのめかして、薙子は脚を組み直した。



「それにしても、ジャスミンだったか? 実際は引きこもりの人間嫌いのくせに、ネットでは人気者とか……あたしには、理解できない世界だな」



 ――――?


 ――――ジャスミンを、理解できない?



「薙子。あんた、ミーチューブでジャスミンの曲、聴いたことないの……?」


「あるわけないだろ。だって、興味ないし」


「……なんで」



 なんだろう、この気持ち。


 胸の中からふつふつと沸き立ってくる、マグマのような感情の渦。



 これは――怒り?


 違う。


 そんな一言で言い表せるような、単純な感情なんかじゃない。



 ただ、わたしの頭は真っ白になって。血液が煮えたぎるように熱くって。



「なんで……なんでジャスミンの歌を聴いてないのよッ!!」



 わたしは感情に任せて、拳を叩き降ろした。


 茉莉家のテーブルが、文字通り粉々に砕け散る。



「ちょ……ほのりんっ!?」


「お前、あとで弁償だからな」



 冷静に応答する薙子にますます腹が立って。


 ジャスミンのことで頭がいっぱいになって。



「――キューティクル勾玉エナジー……」



 わたしはピンク色の趣味の悪い勾玉を、正面に構えた。


「ほのり先輩! 何をやっているのですか!?」


「ちょっと、ほのりん落ち着いて!?」


 みんなが何やらワーワーと騒いでいるが、そんなの関係ない。



 今、わたしは――ジャスミンを侮辱したこの仏頂面サボり魔を、ぶちのめしたくて仕方ないんだから。




「チャーム――アップッ!!」



 恥ずかしい変身モーションを終えて、わたしはブレザーを模したマントを翻した。


 そして両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレーを引き抜くと……止まりきらないテンションに任せて、激しく頭を前後に揺らす。



「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」



 ああ、ヘッドバンギング楽しい……ジャスミン最高。


「ベイビーカモーン……」


 まるで誰かに操られているかのように、口をついて出るその言葉。


「なるほどな。お前も、敵の手のうちってわけか」


 おろおろする二人と二匹を尻目に、薙子はクロップドパンツのポケットに両手を突っ込んで、わたしの方へと一歩踏み出した。


 見るもの全てを切り裂くような、鋭利な眼光。



「あたしと、殺りあう気か? チャームサーモン」


「ファッキュー!!」



 なんだか色々言いたいこともあるような気がするけど、うまく言葉にできない。


 そんなわたしを見据えて、薙子はネックレスから剣のアクセサリーを引きちぎると、そのまま正面に構える。




「キューティクルソードエナジー! チャームアップ!!」



 現れた擦りガラスにシルエットを映しながら、薙子は手早く着物を身に纏う。


 そして巨大化した剣で擦りガラスを器用に細工すると、片足だけのガラスの靴を完成させた。


 そのまま割れたガラスの隙間から歩み出ると、薙子は魔法の鉄パイプ『巌流武蔵がんりゅうむさし』を引き抜いて、造りたてのガラスの靴を木っ端微塵に粉砕。


 そして、『巌流武蔵』を数回転させて、右手に構えると。



「ガラスの靴を叩いて壊す! チャームゥゥゥ……番長!!」



 オレンジ色のロングヘア。淡い黄色の着物は肩と胸元を大きく露出させており、太ももの大部分を白いサイハイソックスが覆っている。


 そして、背中には鉄パイプ。



「来るなら、来い。あたしは、仲間だろうと遠慮はしないぞ」



 花魁のような魅惑の魔法少女――チャーム番長は、底冷えするような声で言い捨てた。


 わたしはヘッドバンギングするのをやめ、番長をまっすぐ睨みつける。



「本当にジャスミンの歌を聴いてないのね、番長?」


「ああ。何度でも言う。興味ない」


「なら……ここでくたばれぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 そして、わたしは絶叫とともに番長の胸倉を掴むと――――。



 そのまま窓ガラスを突き破り、二人揃って中空を舞った。

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