#2-8「お前、あとで弁償だからな」
「まぁ、ゆっくりしていってね!」とのんきに言って、再び仕事に出掛けていく
わたしたちは
気付けば太陽はすっかり西の方に傾いて、空は黒に衣替えをはじめている。
「……ねぇ? 百合っぺを仲間にするのってぇ、ちょーっと無理があるんじゃない?」
「まったくだな」
つられてわたしもため息を漏らし、親指の爪をぎりっと噛みしめた。
「もゆのー、新しい仲間ー♪」
なんか真面目な会話に歌声が混入されたような気がするけど、気にしない。
「それでも、せめてジャスミンの歌だけでも止めないと。次の被害者が出る、その前に」
「と言って、聞く耳を持つ相手か?」
「だよねぇ。すっかり
「
「……ちょっと待ってね。雪姫、薙子」
さっきからガブリコの手を取ってくるくる回っているもゆの肩を、わたしはがっしりと押さえる。
「どうしたのです、ほのり先輩? もゆの溢れ出る神の力は、その程度では抑えられないのですよ? ふっふっふ。やったねもゆちゃん、仲間が増えるのですよ!!」
「やかましいわ! 浮かれすぎなのよ、あんたは!!」
声を張って注意するが、目を一本線にして頬を緩ませているもゆは、どこ吹く風。
もうこいつの中では、茉莉百合紗が仲間になるのは既定路線と言わんばかりだ。
「ったく。百合紗ちゃんが仲間になってくれるかなんて、まだ分かんないってのに。はしゃいじゃって、この子は」
「だけど、彼女を仲間にする以外の選択肢なんてないがぶよ?」
「はぁ? どういうことよ、それ。百合紗ちゃんが駄目なら、新しい適任者を探せばいいでしょうが。あんたの第六感とやらで」
「ちっちっち。甘い。甘いにょろよ、ほのーり!」
首をかしげるわたしに対して、ニョロンがなぜかドヤ顔で答える。
「妖精の第六感は絶対にょろ。一度ビビビッと来たら、もうその子以外にはビビビッと来ないにょろよ。つまり、ゆりーさを仲間にできなければ……」
「殲滅魔天ディアブルアンジェは、一生揃わない。そうなれば当然、引き継ぎもできないがぶから……魔法少女キューティクルチャームは、生涯現役ってことになるがぶね」
「はぁ!? 何よそのクソ設定!! だったらもうちょっと、魔法少女に向いてそうな奴を選べよ! なんであんな引きこもりの人間嫌いにしたのよ!! 説得失敗で詰むじゃない!!」
「別に僕ちゃんが恣意的に選んだわけじゃないがぶ。ビビビッと来ちゃうのは生理現象がぶから、勘弁してほしいがぶ」
「さぁ事情が分かったら、さっさとゆりーさを仲間にする方法を考えるにょろよ。まぁミーは別に、ほのーりたちが一生現役でも特に困らないにょろが」
ちくしょう、どうしてこいつらはいっつも無茶な要求ばっかりしてくるんだ!
わたしはがくりと膝をつき、頭を抱える。
「ま、まぁまだ仲間にならないって決まったわけじゃないしさ? 元気出して、ほのりん」
「最悪、ぶん殴れば仲間になるだろ。多分」
暴力行為をさらっとほのめかして、薙子は脚を組み直した。
「それにしても、ジャスミンだったか? 実際は引きこもりの人間嫌いのくせに、ネットでは人気者とか……あたしには、理解できない世界だな」
――――?
――――ジャスミンを、理解できない?
「薙子。あんた、ミーチューブでジャスミンの曲、聴いたことないの……?」
「あるわけないだろ。だって、興味ないし」
「……なんで」
なんだろう、この気持ち。
胸の中からふつふつと沸き立ってくる、マグマのような感情の渦。
これは――怒り?
違う。
そんな一言で言い表せるような、単純な感情なんかじゃない。
ただ、わたしの頭は真っ白になって。血液が煮えたぎるように熱くって。
「なんで……なんでジャスミンの歌を聴いてないのよッ!!」
わたしは感情に任せて、拳を叩き降ろした。
茉莉家のテーブルが、文字通り粉々に砕け散る。
「ちょ……ほのりんっ!?」
「お前、あとで弁償だからな」
冷静に応答する薙子にますます腹が立って。
ジャスミンのことで頭がいっぱいになって。
「――キューティクル勾玉エナジー……」
わたしはピンク色の趣味の悪い勾玉を、正面に構えた。
「ほのり先輩! 何をやっているのですか!?」
「ちょっと、ほのりん落ち着いて!?」
みんなが何やらワーワーと騒いでいるが、そんなの関係ない。
今、わたしは――ジャスミンを侮辱したこの仏頂面サボり魔を、ぶちのめしたくて仕方ないんだから。
「チャーム――アップッ!!」
恥ずかしい変身モーションを終えて、わたしはブレザーを模したマントを翻した。
そして両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレーを引き抜くと……止まりきらないテンションに任せて、激しく頭を前後に揺らす。
「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」
ああ、ヘッドバンギング楽しい……ジャスミン最高。
「ベイビーカモーン……」
まるで誰かに操られているかのように、口をついて出るその言葉。
「なるほどな。お前も、敵の手のうちってわけか」
おろおろする二人と二匹を尻目に、薙子はクロップドパンツのポケットに両手を突っ込んで、わたしの方へと一歩踏み出した。
見るもの全てを切り裂くような、鋭利な眼光。
「あたしと、殺りあう気か? チャームサーモン」
「ファッキュー!!」
なんだか色々言いたいこともあるような気がするけど、うまく言葉にできない。
そんなわたしを見据えて、薙子はネックレスから剣のアクセサリーを引きちぎると、そのまま正面に構える。
「キューティクルソードエナジー! チャームアップ!!」
現れた擦りガラスにシルエットを映しながら、薙子は手早く着物を身に纏う。
そして巨大化した剣で擦りガラスを器用に細工すると、片足だけのガラスの靴を完成させた。
そのまま割れたガラスの隙間から歩み出ると、薙子は魔法の鉄パイプ『
そして、『巌流武蔵』を数回転させて、右手に構えると。
「ガラスの靴を叩いて壊す! チャームゥゥゥ……番長!!」
オレンジ色のロングヘア。淡い黄色の着物は肩と胸元を大きく露出させており、太ももの大部分を白いサイハイソックスが覆っている。
そして、背中には鉄パイプ。
「来るなら、来い。あたしは、仲間だろうと遠慮はしないぞ」
花魁のような魅惑の魔法少女――チャーム番長は、底冷えするような声で言い捨てた。
わたしはヘッドバンギングするのをやめ、番長をまっすぐ睨みつける。
「本当にジャスミンの歌を聴いてないのね、番長?」
「ああ。何度でも言う。興味ない」
「なら……ここでくたばれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そして、わたしは絶叫とともに番長の胸倉を掴むと――――。
そのまま窓ガラスを突き破り、二人揃って中空を舞った。
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