#2-7「……で? っていう」
「あら、いらっしゃい!」
その日の放課後。昨日に引き続き
宮殿のような廊下を通り、その先にあるこれまた広大なリビングに案内される。
そこには二人の人間と、一匹の獣が、当たり前のようにソファに腰掛けていた。
「遅かったな。ほのり、雪」
「遅かった、じゃないわよ。人様の家でどんだけくつろいでんのよ、あんたは」
「呼び付けたのはお前だろ。来てやっただけ、ありがたいと思え」
居丈高な態度でそう言うと、
そのそばではもゆが、お茶をすすりながら恍惚とした表情で頬に手を当てる。
「はぅ……エメラルドグリーンの霊水が、もゆの喉を熱く潤す。生命を司る水のエレメントよ、疲れたもゆの身体にどうぞ神のご加護のあらんことを」
「相変わらずお前さんの言ってることは、わけが分からんがぶね。もゆ」
「ばっかもーん! 自分の相棒たる魔法少女の気持ちが分からないなどと、どの口がぬかしたにょろかガブリコ!! ユーは妖精としての自覚が足りないにょろよ!!」
わたしはノーモーションで飛び上がると、ニョロンにドロップキックをぶち込んだ。
妖怪蛇男は「ぐほぉ!?」と呻き声を漏らして、ピカピカの白壁に激突した。
だって、一番わたしの気持ちを分かってない奴が偉そうに語ってるんですよ?
そりゃあ一発蹴り入れてやりたくなるじゃないですかぁ。
以上、少女Aの証言。
「あらあら、賑やかでいいわねぇ」
能天気にそんなことを言いつつ、茉莉さんのお母さんはお茶菓子と、一台のノートパソコンを運んできてくれた。
――ん? パソコン?
「先に、話は通しておいた。茉莉
「それはありがと……でも、なんでパソコン?」
首を捻るわたしを見て、茉莉さんのお母さんが気恥ずかしそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね。あの子、面と向かって会話するのが苦手で……私と話すのも、いっつもこの『
『Seape』って、確かインターネット電話のことよね。
家庭内ですらインターネット電話でしか話さないとか。
本当に筋金入りの引きこもりだな、茉莉百合紗。
「ビデオ通話になるよう設定してあるから、ゆっくり百合紗と話してあげてね。私は席を外してるわ」
「はい、ありがとうございます」
お母さんが席を立ったところで、わたしたちは『Seape』を操作して茉莉さんとの通信を試みる。
二、三度コール音がなったところで、パッと画面が切り替わる。
「なんすか、お母さん? 今、腹筋の途中なんすけど」
画面には、まさに筋トレ中の茉莉百合紗が映し出された。
白いTシャツに、デニムのショートパンツ。
相変わらずの軽装な上、汗で服が肌に張り付いてるもんだから、発育の良い胸元が強調されていて、なんとも目のやり場に困る。
青いショートヘアの前髪はちょんまげみたいに結われていて、眠たげな目が露出されている。
「……ん? ああっ!? あなたたち、昨日の!!」
話し相手が母親でないと気付いた茉莉さんは、慌てて通話を切ろうとする。
「待って! 話を聞いて!!」
ここで切られるわけにはいかないっての。
「……なんなんすか、しつこいっすね。なんと言われても、自分は音楽一筋。外に出たら負けだと思ってるっす。太陽光に当たったら死んでしまうっす」
「凄まじい駄目人間発言だけど、取りあえず聞き流してあげるわ。それよりも大事な話があるのよ……茉莉さん。いいえ、ジャスミン」
キーボードから手を離して逡巡したのち――茉莉さんは深々とため息をついた。
「仕方ないっすね。で、なんの話っすか?」
「ありがとう。それじゃあ単刀直入に……ジャスミン。今すぐミーチューブへの投稿を、一時休止して」
「はぁ? 嫌っすよ、そんなの! 毎日新曲をお届けするのがジャスミンのポリシーだってのに。それを理由もなく休止なんて、ファンの皆さんに申し訳が立たないっす。それにプロデューサーだって、そんなこと許さな――」
「茉莉さん。そのプロデューサーって、一体何者?」
「へ?」
怪訝な表情を浮かべつつ、茉莉さんは自身のちょんまげヘアを指で弾いた。
「『電脳ライブハウス』って名前の会社? の、偉い人って聞いてるっす。ミーチューブの歌い手を、より人気者にするためのプロデュースが仕事らしいっすよ。直接会ったことがないんで、顔は知らないっすけど……」
「そいつの名前は?」
「
――ビンゴ。
やはりこの事件の裏では、黒墨が暗躍していやがる。
そう確信したわたしは、茉莉さんに懸命の説明を試みる。
黒墨のこと。女子高生連続ヘッドバンギング事件のこと。
そしてそれらの事件に、ジャスミンの歌が利用されている可能性が高いことも。
話を聞き終えた茉莉さんは、神妙な面持ちで唸り声を上げる。
「……それが事実だとすれば、確かにあなたたちの主張も、分からんでもないっす」
「ふふーん♪
「でも、それって今のところ憶測にしか過ぎないっすよね? 冤罪の可能性だってあるはずっす。実際、黒墨プロデューサーは親切で紳士的な人ですし、悪い人とは思えないっすよ」
「血と血で繋がるー♪ 仲間の誕生ー♪」
「……すいません。ちょっと後ろのおちびちゃんが、うるさいんすけど」
眉をひそめた茉莉さんの反応を見て、雪姫と薙子が慌ててもゆの口を塞ぐ。
ったく、嬉しいからってハッスルしちゃって。ちょっとは落ち着きなさいよね。
「ねぇ。
「ま、茉莉さん。それはねぇ……」
「あぁ。百合紗でいいっすよ。自分の方が年下ですし」
「じゃあ百合っぺ★ それについては、このガブりんが説明しちゃうよっ!」
百合っぺて。一気に距離を詰めたなこの女装男子。
そんな雪姫に促され、ワニ妖精はこほんと重々しく咳払いなんかしつつ、マイクの前に移動した。
「昨日は言いかけで終わってしまったがぶが……今日こそは言わせてもらうがぶよ」
そしてガブリコは、その鋭い歯の生えた大きな口を開いて。
「――おめでとうがぶ! お前さんこそが、二人目の次世代魔法少女がぶよ!!」
ワーッと、ニョロンが歓声を上げた。
続いて雪姫も、パチパチと拍手を送る。
もゆに至っては小躍りなんかはじめちゃって、もうお祭り状態だ。
わたしは嘆息しながら、百合紗ちゃんの方に視線を動かした。
「……で? っていう」
うわぁ、予想通りの冷めた反応。
百合紗ちゃんは、ふわぁとあくびなんて漏らしながら、机に頬杖をついた。
夏祭りさながらに盛り上がっていたリビングが、一斉に静まり返る。
「次世代魔法少女ぉ? 嫌っすよ。自分は音楽活動に忙しいんす。そんな時間、あるわけないじゃないっすか」
前髪を撫でながら、百合紗ちゃんはきっぱりと言う。
「大体、常識的に考えてくださいよ。自分みたいな引きこもりが、ひらひらのコスチュームできゃっきゃうふふできると思うんすか? それに……百歩譲って、TKY23たいなアイドル魔法少女が勧誘してくるなら、まだ分かるっすよ? けど、おたくら落ち目の歌いも踊りもしない南関東魔法少女でしょ? そんなの、自分にとってメリットなんか何ひとつないじゃないっすか」
ぐうの音も出ない正論だが、お前に言われるとなんかムカつくぞ引きこもり。
「大丈夫なのです、ユリーシャ」
どこから取り出したか水晶玉を片手に持った中二病患者が、ふんわりと柔和な笑みを浮かべてマイクを奪い取った。
「もゆにはユリーシャ、ユリーシャにはもゆ。互いを補い合う仲間がいるのです。だからどんな辛いことだって、きっと乗り越えられるはずなのです。そう、もゆたち二人は、殲滅魔天ディアブルアンジェなのですから!」
「うーん……殲滅魔天ってネーミングは格好いいんすけどねぇ」
いいんだ、殲滅魔天。結構ダサいよ?
なんて、センスの違いに絶望するわたしを尻目に、百合紗ちゃんはビシッともゆのことを指差した。
「まぁ外に出るのが嫌とか、人前に出たくないとかは、いったん置いときましょう。そんなことより、一番無理なのはぶっちゃけ、あなたと組むことなんすよ。おちびちゃん」
「もゆ、ですか?」
もゆは水晶玉を手にしたまま、きょとんと目を丸くする。
「仲間が子どもて。自分、子どもは苦手なんすよ。話は合わなそうだし、足を引っ張られそうだし。それに高尚な自分の音楽を、子どもに理解できるとは到底思えないっす」
「割と、波長は合いそうだけどな」
薙子がぼそりと呟く。
「ってなわけで、魔法少女はやりたくないし、子どもとも組みたくない。確証がない以上、ファンやプロデューサーを裏切って投稿を打ち切るのもNG。それが、自分の答えっす」
「ちょっと待って、百合紗ちゃん! せめて歌の投稿だけでも……」
「ユリーシャ、前世でもゆと交わした血の盟約を思い出して! あの丘の上で契った、二人だけの秘密の約束を!!」
「交わしてないっす、そんなの。っていうか、ユリーシャってのやめてほしいっすよ恥ずかしい……とにかく、なんと言われようと自分の気持ちは変わらない。自分の命は、音楽のためだけに捧げる。じゃ、そういうことで」
淡々とそれだけ述べると、百合紗ちゃんはポチッと通話終了ボタンを押した。プツンと音がして、画面が暗転する。
わたしは慌てて、再度の通信再開を試みる。しかしログアウトしてしまったらしい百合紗ちゃんには、『Seape』を使っても通信することができない。
――かくして。
わたしたち魔法少女の必死の説得は、大失敗に終わったってわけだ。
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