#2-6「シェイク、シェイク。不気味な胸騒ぎ」
「ねぇねぇ、昨日のジャスミンの新曲『焼肉パラダイス』聴いた?」
「あ、うん……すごく、お肉だった」
お昼休み。まりかちゃんグループと食事をしながら、わたしは適当に話を合わせる。
家に帰ってから何度も何度もリピートさせて、必死に普通の女子高生の感覚を取り戻そうとしたけど――『焼肉パラダイス』の良さもまったく理解できなかった。
でもなぁ。まりかちゃんたちはドはまりしてるわけだし。
やっぱり
そんな悩みを抱きつつも、わたしはまりかちゃんたちと談笑に耽ける。
そして食事を終えて、弁当箱をしまいはじめた頃。
「やっほー、ほのりん★」
ガラリと教室の前扉を開けて、一人の美少女もどきが教室に入ってきた。
「どうしたの、
「えっへへー。ほのりんの顔が見たくなって★」
人差し指を頬に当て、雪姫がはにかむように笑う。
自分より女子力の高い男の
「おおおおお、雪姫さんだ!」
「ひゅー! 魔法少女が二人も揃ったぜえええええええええ!!」
キューティクルチャーム応援団の連中が、水を得た魚のように一斉に沸き立つ。
ったく、お昼休みくらい静かに過ごさせてほしいんだけど。
――って、今日は午後の授業の準備だかなんかで、お昼休みは不在にしてるんだっけ。
なんでこういうときに限って……。
「みんなぁ、応援ありがとうっ★ そんな声援に答えてぇ……今日こそ『ゆっきーマーチ』を歌っちゃおっかな? ジャスミンに負けてられないしっ」
歓声を受けて、いつも以上に張り切る雪姫。
昨日、茉莉さんと直接会ったのが刺激にでもなったのか。なんにせよ、迷惑な話だ。
「いっえーい★ れでぃーすえーんどじぇんとるめーんっ! ゆっきーのライブ、はっじまっるよー!! ギター、ニョロちゃーん!!」
「にょろーん」
どこから取り出したのか再びギターを片手に抱いて、ニョロンが教室の前へと得意げに出てきやがる。
だからその短い手じゃ、弾けないんだって! 自分の限界くらい理解しろよ!!
「コーラスぅ――ほのりんー!!」
「あんたが作った曲なんて知らないって言ってるじゃないの! わたしを巻き込むな!!」
「では今日こそ派手に行っくよー……『ゆっきーマーチ』」
「――やめてよ、雪姫くん!!」
そんなバカ騒ぎに対抗するように。
「いい加減にしなよって、一昨日も言ったよね? 教室でこんな頭のおかしなパフォーマンスして、許されるとでも思ってるの!?」
「許されてるよっ? ほらほら、理事長の許可証★」
また許可したのかよ。ザルすぎるだろ、雪姫高等学園。
「許可があってもなくても、どうだっていい! 私たちが迷惑だって言ってんの!!」
「俺たちにとってはご褒美だぜ!!」
お願いだから
「大体、雪姫くんはいつだって迷惑なのよ! 昨日だって放課後、魔法少女活動にほのりちゃんを付き合わせたんでしょ!? 可哀想じゃない、やめてあげてよ!!」
「ほのりんは可哀想なんかじゃないよ?」
ボルテージの上がったまりかちゃんとは正反対に、雪姫はアイドルスマイルを崩さず冷静に言葉を返す。
「昨日だって、ほのりんが招集かけたんだよ? 次の敵への対策会議だって言ってね。ゆっきーたちを引っ張ってくれるのは、いつだってほのりん。言いだしっぺは大体ほのりん。なんたってほのりんは、キューティクルチャームのリーダーなんだからっ★」
「あんた、わざとだろ。絶対」
誤解を招くような言い方しやがって。
確かに昨日カフェに集合って言ったのはわたしだけど、そんな言い方したらさぁ……。
「
「マジかよ。引くんだけど」
「ほんと、バカ」
「ぽむ」
ほらな。
まずい。まずいぞ、ほのり。
このままでは、せっかくできた普通の友達が離れていってしまう……。
ああ、体育の時間に「二人組作ってー」とか言われたとき、わたしはこれからどうしたらいいの?
「適当なこと言わないで! ほのりちゃんは魔法少女なんて嫌々やってるんだから!! そんな先頭に立って活動してるなんて、あるわけない!」
ごめんなさい、先頭に立ってます。
リーダーだからやらなきゃいけないんです、義務なんです。
「嫌々なのは間違いないけど、ほのりんは真面目だからねっ★ ゆっきーたちの誰よりも本気で、魔法少女に取り組んでるんだよっ!」
事実だけど、いい加減に黙れよ雪姫。
そんな、普通の友達VS魔法少女仲間の間に挟まれて、わたしはどうしたらいいか分からずおろおろとする。
やめて、わたしのために喧嘩をしないで!!
「……ね、ほのりちゃん? 雪姫くんたちと無理に付き合ってても、いいことなんかないよ? そんなことより、私たちと遊びに行こーよ。明日さ、五人でショッピングに行く予定なんだ。ほのりちゃんもおいでよ」
「ちょっとぉ。ほのりんは新たな敵が暗躍している今、忙しいんだよ? そんな時間なんてあるわけないよっ」
「ほのりちゃんは普通の女子高生なんだよ!? 土曜日にちょっとしたお出掛けもできないなんて、そんなの絶対おかしいよ!!」
――普通の女子高生。
その甘美な響きが、わたしの胸の中で反響する。
そうだよ。
……普通に遊んじゃいけないなんて決まりは、ないもんね。
「うん……行く。行きたい!」
「ほのりちゃん……っ!!」
ごめんね、雪姫。
だからお願い。この延々と続く魔法少女地獄に、ほんのちょびっとでいいから普通の時間という名の刺激をちょうだい。
「……ぶー」
そんなわたしの願いを知ってか知らずか、雪姫はジト目でこちらを睨みながら、ぷっくりと頬を膨らませた。
「ショッピングだったらゆっきーだって付き合ってあげるのにぃ……」
「だってあんた、変な店ばっかり連れて行くじゃない。この間だって怪しいランジェリーショップに連れていかれて、酷い目に遭ったわけだし」
「……ふんだ。別にいいけどさっ。ほのりんが誰と仲良くしたって。勝手にショッピングでもなんでも行って、ジャスミンの話でもしてればっ? ジャスミンより、ゆっきーの方がぜーったいにうまいと思うけどっ」
「――――ジャスミンより……うまい?」
そのときだった。
まるで拳銃の撃鉄が引かれたかのごとく。
まりかちゃんと、後ろにいた四人の持つ空気が、ガラリと変わった。
「ジャスミン……ジャスミンふぅぅぅぅぅ!!」
そして、絶叫とともに。
まりかちゃんたちは頭が取れて落ちちゃうんじゃないかっていうほど、激しくヘッドバンギングをしはじめた。
シェイク、シェイク。不気味な胸騒ぎ。
脳味噌に影響がありそうなほどの勢いで頭を振るその狂気の光景に、わたしたちは思わず息を呑む。
「――ベイビーカモーン」
「うわっ、何をする円、やめっ……!?」
そんなまりかちゃんたちは、机や椅子を蹴倒して雉白くんのもとまで移動すると、昨日と同様に彼の周りをぐるぐると回りはじめる。
「ジャスミンふぅぅぅぅぅ!!」
そんなまりかちゃんたちに同調したように、クラスの女子の一部が同様にヘッドバンギングを開始した。
それはさながらロックミュージシャンのライブ会場のような様相を呈している。行ったことないけど。
「ファッキュー!!」
怯える雉白くんに向かって吼えたかと思うと、少女たちは一昨日と同じように、ヘッドバンギングの勢いでもって無慈悲な頭突きを繰り出しはじめる。
「げほっ!? ぐふっ!? なんで俺ばっか……」
日頃の行いが悪いからじゃないかな、多分。
「ほのりんっ、どうして遠い目をしながら微笑みを湛えてるのさ!? 落ち着いて見てる場合じゃないでしょ!!」
「そうにょろよ! やっぱり頭をぶんぶん振ってる女子たちからは、微弱な魔力が流れ出てるにょろ。八十七番目の悪の組織の仕業に違いないにょろよ!!」
魔力。その忌々しい言葉の響きに、わたしは思わず舌打ちする。
校内で突如暴れだす女子高生たち。
本来なら救急車でも呼んで、お医者さんに看てもらった方がいいと思うんだけど……魔力が絡んでるとなると、そうもいかない。
魔力を消し去ることができるのは、魔力だけ。
そう、つまり――魔力で戦う正義の戦士・恥と絶望の魔法少女の力が必要なのだ。
「ったく一昨日といい今日といい、さっぱり意味が分かんない。こんな集団催眠みたいなことして、一体なんだって――」
――――ん?
集団、催眠?
「雪姫。一昨日あんたのクラスでヘッドバンギングはじめた女子たち、直前までなんの話してたか分かる?」
「ふえ? んっとね、ジャスミンが最高だとかなんとか言ってて、それをバカにした男子に対して暴行を……あ」
雪姫が口元に手を当てて、目を丸くする。
どうやら気付いたみたいね、雪姫も。
「そう。このロクでもない事件には、必ずジャスミンが絡んでる。ヘッドバンギングしてるのは全員ジャスミンの信者だし、暴れだすのは決まってジャスミンをバカにされたとき。多分だけど
「――――あれ?」
そうこうしているうちに、まりかちゃんたちはハッと目を見開いた。
それに続いて他の子たちも正気を取り戻したようで、首筋を押さえてきょろきょろと辺りを見渡している。
「ほのりちゃん。私たち今、何してた?」
「……別に何もなかったよ?」
わたしは努めて平静を装って、まりかちゃんに微笑みかけた。
まりかちゃんたちは不思議そうに首をかしげながらも、まぁいっかと納得して、倒れた椅子や机を元に戻しはじめる。
無論、ボロボロになって気を失っている雉白くんは放置の方向だ。
「ほのりん……」
「……取りあえず、もう一回行ってみるしかなさそうね」
歯噛みして、わたしは西洋の城に似たあの大豪邸を思い浮かべる。
そしてその一室で布団に包まっている、引きこもりの少女。
「茉莉
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