#3-3「あんな変質者の言葉を信じる気!?」

 シンと静まり返る茉莉まつり家の庭先。



「第八十七番目の敵組織、電脳ライブハウス……確固たる信念を持った恐ろしい敵だったね?」


「や、信念というより薄汚れた欲望って感じだったけど」


「しかし、恐ろしい敵なのは確かですよ? サーモン先輩だって敵の術中に落ちてしまったわけですし。とても激しく首を振っていたのです」


「ぐっ……それは言わないで」



 よりによってあんな変態の罠に嵌ってしまうとか、自分の浅はかな行動が恨めしくて仕方ない。


 しかし、後悔してもはじまらない。


 とにかく今は、これ以上被害が広がらないよう努めなければ。



 そのためには――。



百合紗ゆりさちゃん。これで分かったでしょ? 今すぐジャスミンの新曲配信を中止して、これまでにアップした動画も全て削除して」


 わたしは変身を解き、窓から身を乗り出したまま呆然としている百合紗ちゃんに対して、説得を試みる。



 今できる最善の策……それはジャスミンの歌を聴く人間を、少しでも減らすこと。



 聴かなくなったくらいで洗脳が解けるとは思えないけど、せめて効力が増すことだけでも防がないと。



 だけど。



「……それはできないっす」


 百合紗ちゃんは震える唇を噛み締めながら、申し訳なさそうに呟いた。



「何言ってんのよ!? さっきの黒墨の話を聞いてたでしょ? ジャスミンの歌には洗脳音波が混入されてるのよ。その音波の力があったから、あんたのクソ――それほど上手ではないけど頑張って作った歌は、神曲として扱われてただけなの。目を覚まして! このままじゃ、あんたの人生はあいつのせいで――」


「……自分が下手くそなことくらい、知ってたっすよ」



 ちょんまげのように縛った前髪をおろして、百合紗ちゃんは目元を覆い隠した。



「最初から分かってたっす。自分には才能がないってこと。ジャスミンがヒットしたのも、黒墨プロデューサーの力があってこそだってこと。まさか本当に、悪い人だったなんて思わなかったっすが」


「だったらなんで……!?」


「……だからこそ、っすよ」


 百合紗ちゃんは天を仰ぎ、独り言ちるように言葉を紡ぐ。



「自分は人生を、音楽に捧げた。他の全てを捨ててでも、一生懸命練習して……いつか本当に実力のある歌い手になるって、決めた。その勇気をくれたのも、こんな自分にチャンスをくれたのも――全ては黒墨プロデューサーっす。だから、黒墨プロデューサーが『信じて待っていろ』と言っている以上、自分はあの人を信じて待つしかない」


「あんな変質者の言葉を信じる気!?」


有絵田ありえださんたちにとっては、女子高生好きの変態かもしれないっすけど。自分にとっては――」



 そして、百合紗ちゃんは。


 口元に切なく、微笑みを浮かべて。



「大切な、プロデューサーさんっすから」



 窓が閉まる。


 紫色のカーテンがシャッと閉じて、百合紗ちゃんの部屋が見えなくなる。



 真っ暗な庭先に立ち尽くして、わたしは深くため息をついた。


「ほのーり……」

「ほのりさん……」



 戦いの間、木陰にひっそりと隠れていた役立たず妖精二匹が、心配そうな顔をして近づいてくる。雪姫ゆきひめともゆもまた、眉をひそめてこちらを見ている。



「……そんなに見なくたって、状況がやばいことくらい分かってるわよ」




 みんなの視線を一斉に浴びながら、わたしはぐしゃっと髪の毛を握り締めた。

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