#2-4「おまえのかあちゃん、まほーにんぷしょーじょー」
「やーい。おまえのかあちゃん、まほーにんぷしょーじょー」
わたしが魔法少女になる以前。
確か、小学校低学年の頃だったかな?
「ひっく、ひっく……やめてよぉ」
「ないてんじゃねーよ。くやしかったら、おまえもまほーつかってみろよー」
「めがねビームとかな! ぎゃはははははは!!」
当時のわたしは今ほど引っ込み思案じゃなく、女子の友達とかはそこそこいた。
だけど男子からは、悪目立ちする現役魔法少女が母親ということで、何かとからかわれることが多かったもんだ。
今でも男子が苦手なのって、この頃のトラウマが原因なんだろうなぁ。
まぁ――それはともかくとして。
男子たちのからかいを受けて、わたしは公園の片隅にしゃがみ込んで、涙をぽろぽろ流していたわけさ。
「――やめろよ」
そんなわたしの前に立ちはだかり、庇うように手を広げる一人の男の子。
「ほのちゃんをいじめるやつは、ぼくがゆるさない!」
「あん? なんだよ、ゆきひめ。やんのか?」
「か、かかってこいよ! そのかわり、もうほのちゃんをいじめるな!!」
脚はがくがくと震えて。
声だって上擦っているけれど。
それでも、わたしの幼なじみ――
喧嘩なんて、からっきしなくせに。
「じょーとーじゃねーか。おい、みんな! ゆきひめのやつ、ボコすぞ!!」
「おっしゃ! じゃあまずはおれから!!」
そう言って、男子の一人が雪姫の胸倉を掴んだ。
そして、容赦なく顔面目掛けてパンチを繰り出そうとしたところで――。
「あー。たのしそうだな、お前ら」
ガンッと。公園の砂地を叩く鈍い音が、周囲に響き渡った。
その場にいた全員が、一斉に視線をそちらへ向ける。
「あたしも、あそびたいなぁ。あたらしいバットで」
独り言ちながらブンブンと金属バットの素振りをするのは、二学年上の
その鋭い眼光は、射るように男子グループを見据えている。
「くっ……なんだよ、おぼえてろよ!!」
「ばーか!」
薙子に恐れをなした男子たちは、捨てゼリフを残してそそくさと逃げ去っていく。
あとに残されたのは、金属バットを持った薙子。
地面にしゃがみ込んでいるわたし。
そして――力が抜けたようにその場にへたり込んだ雪姫。
「だいじょうぶか、お前ら?」
「うん。ありがとう、なぎちゃん」
わたしは頼れる姉貴分な幼なじみに、にっこりと笑顔で答える。
「みっちゃんも、かばってくれてありがとうね?」
「……ぼくは、なにもできなかったけどね」
「そんなことないよ!!」
自嘲気味に笑う雪姫に向かって、わたしは声を張り気味に言った。
「みっちゃん、かっこよかったもん。ピンチのわたしを、たすけてくれたもん。みっちゃん、だいすき!」
そんなわたしを見て、雪姫もまた穏やかに微笑む。
「……うん。ぼくも、ほのちゃんのこと……すきだよ」
あの頃の雪姫は、そりゃあ強くはなかったけど、本当に格好良かったんだ。
格好良かったのに、ねぇ……。
どうして今は、あんなに変わっちゃったんだか。はぁ。
● ● ●
商店街から歩くこと、十分ちょっと。
わたしたちは雪姫に案内されるままに、『ジャスミン』がミーチューブの投稿を行っていると思われる一軒家へとたどり着いた。
そこで――。
「あ」
「げ」
思いがけず、一人のサボり魔と遭遇した。
フード付きパーカーの上に、薄手の茶色いジャケット。くるぶし丈のクロップドパンツ。
短剣のついたネックレスが、首元を飾っている。
「まさかこんなところで会えるとはね、薙子」
「……ナギコジャナイアルヨ?」
黒光りするさらさらのポニーテールを揺らしながら、魔法少女・新寺薙子は一オクターブ高い声で外国人を演じてみせた。
「そんなひどい演技でごまかせると思ってんの? この酔っ払い甘え上戸が」
「……その話は、やめておけ。でなければ、お前の頭を鉄パイプで打ち砕く」
「なぎちゃん、よくわかんないにゃあ……ぷぷ」
「よーし、殺す。キューティクルソードエナジー――」
「ちょっと薙ちゃんストップ! ほのりんもからかわないのっ!! 薙ちゃんにだって、誰かに甘えたい日くらいあるよ。普段強がってる人ほど、好きな人には甘えるものなんだから★ きっと昨日の比じゃないくらい、べったべたにいくと思うよっ! そう、たとえば赤ちゃん語で『なぎちゃん、よくわかんないでしゅ……』とか――」
「お前も死にたいらしいな、雪」
そんな殺気バリバリな目で睨んでも、顔が真っ赤だから怖くないっすよ薙子さん。
これに懲りて、もうお酒は控えていただけるとありがたいんだけどね。
まぁ、それはそれとして。
「しっかしあんた、こんなとこで何してんのよ?」
「それはこっちのセリフだ。あたしは夕食の買い物を済ませて、普通に帰ってるだけだ」
「そっか。ま、ちょうどいいわ。これから大事な用事があるから、ちょっと付き合いなさいよ」
「やだよ、面倒くさい」
なんか聞こえた気がするけど華麗に無視して、わたしは眼前の建物を見上げた。
それは西洋の城を思わせるような、豪奢な二階建ての一軒家。
真っ白な壁面は清掃が行き届いているのか、わずかな汚れすら見当たらない。
わたしの身長の倍はありそうな門扉の向こう側には、小さな家ならすっぽり入ってしまいそうなほどの庭が広がっている。
わたしはごくりと生唾を飲み込むと、『
「はーい。どなたかしらー?」
明るい声色で返事が聞こえたかと思うと、ガチャリと茉莉邸の玄関が開かれた。
顔を覗かせたのは、化粧をばっちりきめたスーツ姿の女性。
見た感じ、うちのお母さんと同じくらいの年代な気がする。
女性は靴を履いてスーツの襟を整えると、門扉を開けにこちらまで来てくれた。
「あ、こんにちは。えっと、わたしたちは……」
「神に選ばれし『ジャスミン』の血の盟友、もゆ。前世よりお世話になっているのです。そして、共に来世まで生きてゆく。その絆は家族よりも濃く、恋人よりも重く……」
ノーモーションで、わたしは赤毛のバカ娘をはたいた。
「……痛いのです、ほのり先輩」
「あほか! 自己紹介は日本語でしろ!! 怪しい勧誘だと思われたらどうすんだ!!」
「じゃあ、なんと名乗ればいいのです?」
……う。確かに。
考えてみれば、わたしたちは『ジャスミン』というハンドルネームを知っているだけで、彼女の顔どころか本名すら知らない。
勢いでここまで来ちゃったけど、果たしてなんと説明したらいいのやら……。
「……あ! その制服、雪姫高等学園の制服よね? ひょっとして、
言葉に詰まるわたしたちの前で、女性は手を叩いて朗らかに笑った。
「そうです★ ゆっきーたちはぁ、百合紗さんに用事があってぇ、来たんですっ!!」
これ幸いとばかりに、ぶりっ子全開で適当な言葉を並べる雪姫。
すげーな女装少年。普段から恥を捨てて生きてるだけあって、肝が座っていやがる。
「ああ、やっぱり! 先生に頼まれて来たのかしら? ごめんなさいね、うちの子ってば休んでばっかりだから気を使わせちゃって」
どうやらお母さんの話しぶりからみるに、茉莉百合紗さんって子はわたしたちと同じ学校みたいね。
でも、休んでばっかりって、どういうことなんだろう?
ひょっとして体の弱い子だったりするのかも。
大丈夫かなぁ、魔法少女って精神的にも肉体的にも疲弊するもんなんだけどなぁ。
「ただ、申し訳ないんだけど私、またすぐに仕事へ出掛けなくっちゃなのよ。だから、百合紗と話すの、お願いしちゃってもいいかしら? あの子なら二階の部屋にいるからさ」
「え、あの……」
「予備の鍵、そこの植木鉢の下にあるから。帰るときは閉めておいてね! あ、うちはペット入室可だから、その蛇とワニも入れちゃって平気よ。じゃ、そういうことで!!」
てきぱきとそれだけ言うと、百合紗さんとやらのお母さんは小走りに出掛けていった。
なんというか……適当なお母さんだったなぁ。
後に残されたのは、開けっ放しになっている茉莉さんちの門と玄関。
「……どうしよう、雪姫?」
「どうもこうも、こうなったら行くしかないよっ! 虎穴に入らずんば魔法少女を得ずってね★」
「でもさぁ、知らない人の家だし……よくよく考えたら、薙子が捕まったんだからいつもの四人で戦えばいいような気もするし」
「なんの話か知らんが、魔法少女ならやらないぞ?」
いや、そんなドヤ顔でサボり宣言すんなよ。本当に最悪だな、こいつは。
「まったく、ほのりんは人見知りなんだからぁ。ほら、次世代魔法少女に引き継ぎしないと、ほのりんは一生魔法少女なんだよ? まぁ、ゆっきーは魔法少女大好きだし? ほのりんとずっと一緒に活動できるんなら、別にそれでもかまわないけどぉ」
「いや、それは死んでも嫌だけど。でも……」
「優柔不断も大概にするのです!」
さっきから中に入りたくてそわそわしていたもゆが、わたしの裾を引っ張る。
「ほのり先輩は、年増魔法少女を辞めたい。もゆは、フレッシュ魔法少女をやりたい。それならば、歩むべき道はひとつしかないはずなのです。そりゃあ、もゆはまだまだ未熟者ではありますが、せっかく仲間が見つかるかもしれないこのチャンス、逃すなんて嫌なのです!!」
「言ってることは正論だけど、誰が年増だこのバカ娘!!」
わたしは怒りに任せて、もゆの頬をびよーんと伸ばす。
もゆは「ごひぇんなひゃいなのれすー」とかなんとか言ってるが、ムカつくのでしばらくこうしててやる。
「……はぁ。そうね、分かったわよ。大切なことを忘れてたわ」
わたし――
そして、まりかちゃんたちとめくるめく普通の女子高生ライフを満喫したい。
そのためには……ここで頑張らないと、だよね。
「よーし。それじゃあ『ジャスミン』のところに、アタックするわよ! みんな!!」
「おー!」
「ひゃい」
「にょろ!」
「がぶ!」
「……何がなんだかさっぱりなんだが。帰っちゃ駄目か?」
今にも逃げ出しそうな薙子の手を引いて、わたしは茉莉さんの家の門をくぐった。
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